47 / 58
悪徳弁護士
しおりを挟む茉莉花の父は、祥太を仏間に案内した。
「介護って大変ですよね。うちも祖母が要介護ですので、ご苦労はお察しします」
「介護だなんて。うちはそこまでではありませんよ。ちゃんと自分で歩いて家事もしているようですし」
「おや、そうですか。今、リハビリに行ってるようですが」
「年を取れば病院に行くことなんて珍しいことじゃないでしょ」
茉莉花の父はそう言って鼻で笑う。
なるほど、認識が全くずれているようだ。
当事者意識がまるで無い。
「ところで、茉莉花さんや亮子さんとは一緒に住んでいないのですか?お仕事の関係とか?」
「いえ、違いますよ」
そう言ったきり、茉莉花の父は何も言わない。何も話す気が無さそうだ。
「ところで、話というのは?」
茉莉花の父が、少し苛ついているように催促する。
祥太は笑顔を崩さない。
「いえ、私は全然詳しくないんですがね。茉莉花さんに、友人として相談を受けまして」
詳しくない。友人として。
大事な前置きなので強調しておく。
「茉莉花さんがこの家のバリアフリー工事の為にバイトを増やしていると聞きまして。補助金やら何やらについて調べてたんですよ。お金のことですので、一度お父様にもご相談なさったらと言ったのですが……」
「いや、確かに茉莉花が前にそんな事を言っていた気がするが……。あれ、本気だったのか?」
少し茉莉花の父は驚いたように言う。
「あれ、ご存知なかったんですか?」
「いや、聞いてはいたが。別にまたそんなの不要でしょう。見たでしょう。まだまだうちの母は元気ですから」
茉莉花の父は少しバツが悪そうに、しかしはっきりと言い切る。
その言葉を待っていたかのように、祥太は口を開いた。
「全くですね。とてもお元気で羨ましい。しかし、実際に転倒事故が発生して入院する羽目になっていますし。その前にも風邪をこじらせて入院されていますよね?全部茉莉花さんがお世話をしているようですが。これは介護には入らないんですかね?いや、私は全く詳しくないんですが……」
畳み掛けるように続ける。
「子供や孫に、祖父母の介護義務があるのはご存知ですか。例え不仲の親子でも法律上は拒否できないらしくて、結構問題にもなってるみたいですね。いや、私はこの分野は全然詳しくないんですがね。だだ、これはチラッと聞いたことがある話なんですが、親の介護を放棄すると、保護責任者遺棄致罪よ該当する可能性もあるとか無いとか……。いや、今回は何とも無くて良かったですが、前のように転倒していて、それを無視していたら……どうなってましたかね?いや、私はあくまでも茉莉花さんの友人として、心配でして」
「……それは……」
茉莉花の話によれば、茉莉花の父はちゃんとお金は出しているらしいので、こんな事で保護責任者遺棄致罪に当たるなんて到底無理な話だろう。
こんな事、仕事として弁護士として言っていたら事務所のボスに大目玉を食らう。あくまで、友人として、詳しくはわからないけど、と言うことでいい通しているが、さっき渡した弁護士の名刺が効いて相手は動揺するはずだ。まあ、弁護士倫理には多少引っ掛かりそうだが……。
「ですから、一度ちゃんとバリアフリーの話は検討した方がいいと思うんですよ。転倒防止の対策をすれば、放棄なんて見なされないと思いますし、何より亮子さんの為にも茉莉花さんの為にもなります。あ、料金なんですが、私の知り合いの工務店の見積もりでよろしければこちらに……」
「こらっ!悪徳弁護士!!」
これから本番、というところで、とつぜん後ろから小突かれた。
茉莉花が立っていて、怖い顔をしている。
「何うちの親脅してくれてんの?」
「いや、脅しては……」
「介護義務は、金銭援助だけで十分果たせるし、保護責任者遺棄致っていうのは、一人で何も出来ない人にご飯食べさせなかったりとかそんなレベルでしょ。知っててわざと変な事言ってるでしょ」
思ったよりも詳しい茉莉花に、祥太はぽかんとした。
茉莉花は不貞腐れた顔で言う。
「何よ、法律調べるのは弁護士の特権じゃないでしょ。私も調べたことあるの。……同じようにしてお父さん脅そうかと思って」
「茉莉花、脅すって……」
茉莉花の父は、困惑した顔を向けた。
「ちゃんと話してくればいいじゃないか。工事の件だって、本気だとは思ってなかったぞ」
「それだよ!!」
茉莉花は叫ぶ。
「だってお父さん、おばあちゃんの事になると、聞きたくないってこと丸出しで、全然まともに取り合ってくれないじゃん!私は、おばあちゃんウザいけど、たまに嫌になるけど、別にお父さんみたいに出ていきたい程じゃない。でも!お父さんに……家族に何も相談出来ないのは辛いの!!ずっと辛かった!!」
「別に、聞きたくないなんて……」
「今日だって!別に四六時中おばあちゃんを見てあげてなんて言ってないじゃん。何かあったら念の為確認してって言ってるだけじゃん。それなのに電話一本すら入れてくれないの?
他人のはずの智紀くんがタクシー使ってまで帰るように言ってくれるのに。何も無かったら自分もタクシー代出すから帰れって言ってくれるのに……」
「他人だからこそ心配するって時もある。智紀と比べることで、お父さんを責めないであげて下さい」
祥太は口を挟むように、茉莉花に優しく言った。
そして今度は、茉莉花の父に向き合った。
「罪悪感の問題だと思います」
「罪悪感?」
茉莉花の父は険しい顔をした。
「申し訳ありません、余計な口出しを。ただ、おそらくお父様は、亮子さんと茉莉花さんの生活費として十分にお金を出しているのでしょう。それで、保護責任としての責任は十分果たしている。でも自分は亮子さんが苦手で家を出ていった一方で、孫の茉莉花さんは一人残って亮子さんの世話をしている。まるで、茉莉花さんに世話を押しつけて自分は逃げたようだ。そんな罪悪感から目をそらすように、亮子さんの件での相談をまともに聞きかくなかったのでは」
「関係ない人は黙っていてくれないか」
茉莉花の父は、そう言って祥太を睨む。
しかし祥太は続けた。
「すみません、これで最後です。私は、お父様に、別にこの家に戻るべきだとか、亮子さんと仲良くしてほしいなんて言うつもりはありません。人には人の事情がありますので。ただ、茉莉花さんと、ちゃんと話し合ってほしいと思っています」
そう言い切ると、祥太は深々と頭を下げた。
「友人として、私は茉莉花さんが楽しく笑っているのが好きなのです。何卒、よろしくお願いします」
祥太は頭を上げると、仏間を出ていった。
残った二人で有意義な話し合いをしてくれれば、お金のみで解決しなくて済むのであれば一番いい。
祥太はそう思いながら、今度は亮子のいる居間に向かった。
14
あなたにおすすめの小説
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜
みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。
自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。
残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。
この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる――
そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。
亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、
それでも生きてしまうΩの物語。
痛くて、残酷なラブストーリー。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる