48 / 120
48 離れる
しおりを挟む
控えめなノックの音に、マヒロはハッとしてハルタカの胸を押しのけた。どのくらい、ここで抱きしめあっていたのだろうか。自分としてはそんなに時間が経った気はしていなかったが、待っている人が焦れてしまうほどには過ぎてしまっていたのかもしれない。
そう思って「はい!」と返事をした。声が上ずってしまったかもしれない。ハルタカは横で嫌そうな顔をしている。‥なんで?
扉を開けてにこにこ顔のルウェンと表情があまり変わらないままのアーセルが入って来た。ルウェンがマヒロたちの向かいに座り、すぐに話を始める。
「さて、龍人様とのお別れはお済みですか?よろしければマヒロ様が住まわれる予定の屋敷にお連れしたいのですが。それからマヒロ様のための生活用品なども買いに行きたいですね!いや~忙しくなるぞ~。あっ、しっかり俺が付き添いますからご安心ください!」
ルウェンの言葉に、マヒロはうん?と首をかしげた。
「え、すぐに行くんですか?‥あの、荷物とか取ってきたりしたいし‥一度戻りたいんですけど」
ハルタカも鋭い視線をルウェンにぶつけながら言う。
「お別れとは聞き捨てならない。私はマヒロと別れるつもりはない。マヒロのために、しばらくの間我慢することにしただけだ。マヒロが番いであることには変わりはない。‥ヒトよ、それをしっかりと心に刻んでおくがいい」
ルウェンは「さようでしたか~」と言いながら心の中で舌を出した。そんなことは知ったことではない。この『カベワタリ』はアーセルのために、そしてカルカロア王国のために必要なのだ。龍人とはいえ、そこは譲れない。
とにかく、『カベワタリ』と龍人を引き離すことが先決だ。そのためには絶対に龍人の住処に戻らせてはならない。戻ったが最後いつ降りてくるかわかったものではない。
ルウェンは最上級に人懐っこい笑顔を繰り出した。
「マヒロ様、‥龍人の住処に戻られてしまうと私たちはいつおいでになるか気が気ではなくなってしまいます。申し訳ありませんがこのままここに滞在していただけませんでしょうか?生活に入用なものはこちらで全てご用意致しますので‥どうか、お願い申し上げます」
そう言って座ったまま深々と頭を下げる。マヒロはルウェンのその様子を見て慌ててそれを制止した。
「ルウェンさん、そんな、顔を上げてください!‥あの、わかりました‥でもお願いがあります」
ルウェンは顔を伏せたまま、眉をぴくりと上げた。『カベワタリ』は何を言おうとしているのだろうか。
「あの、ツェラさんとレース編みの仕事をするようにお話をしてて‥それは続けたいです。それから、あの、ハルタカと定期的に連絡を取りたい、んですけど‥」
何だそんなことか、とルウェンが思っていると、ハルタカがまたぎゅうっとマヒロを抱きしめた。アーセルの眉間に深いしわが刻まれる。
「マヒロ、その腕輪で一日少しの時間なら通話ができる。それで話せる。‥私も様子を見に時々降りてくる」
「ありがと、ハルタカ‥」
二人の間に何やら甘い空気が流れそうになっているのを感じ取ったルウェンは、ことさら明るい声を張り上げた。
「よかったですね!マヒロ様!‥龍人様、あまりヒトの世に関わってはならない、という龍人の定めがあると聞きますが‥大丈夫ですか?マヒロ様の身柄は私どもがしっかりと守りますので、ご無理をなさらずとも大丈夫ですよ』
ハルタカは明るい笑顔を崩さないルウェンの顔を厳しい表情で睨みつけた。このヒトは理由をつけて自分をマヒロから引き離そうとしている。油断はできない。許される全ての力を使ってでもマヒロから目を離さないようにしなければ。
ハルタカは心の中でそう決意すると、ルウェンに向かっては冷ややかな声で応えた。
「心配してもらわずとも、定めはおのれでよく理解している。マヒロと私を引き離そうなどと考えぬ方がよいぞ、ヒトよ」
ルウェンは畏まった様子を見せながら頭を下げた。心の中では考えるに決まってんだろと毒づいていた。
その後、マヒロはハルタカと一緒にアツレンの街で食事をとってから別れた。ハルタカは離れがたい様子を見せたが、マヒロが「ごめんね‥」と少ししょげた様子を見せると一度強くマヒロを抱きしめてからテンセイに跨り、空へ登って行った。
その姿を見て、マヒロは何とも言えない寂しさ、喪失感に襲われていた。攫われていた時以来の感触だ。ハルタカがいないと寂しくて何か足りない、そんな感覚になってしまう自分に驚く。
これはいい機会だったのかもしれない、とマヒロは考えた。異世界に来てしまってからずっとハルタカと一緒でほとんどハルタカとしか触れあってこなかった。少し離れてみて、自分の気持ちやこの世界でどうやって生きていくかを考える方がいいのかもしれない。
ハルタカは優しすぎる。その優しさに甘えているだけではだめだ。
マヒロはそう考えていた。
新しい生活が始まった。
主に生活するのは、アツレンにあるアーセルの屋敷だ。部屋数は十ほどもあり、割と大きな屋敷だった。フェンドラというアーセルの領地の中ではアツレンは二番目に大きい街らしく、そのため大きめの屋敷も構えているようだ。本宅はフェンドラの領都フェルンにあって、そちらはもっと大きな屋敷らしい。
アツレンの屋敷には、料理人が二人、メイドが二人、家令が一人使用人として仕えていた。使用人がいる生活など、勿論したことのないマヒロは最初驚いて固まってしまった。メイドに着替えやお風呂などの世話をされそうになって、あわあわしながら何とか断るのがやっとで、始めは上手く話すことができなかった。
だが、屋敷の使用人たちはみな人柄のいい者たちばかりで、緊張しているマヒロにも優しく接してくれたので、少しずつ打ち解けて話ができるようになっていった。
ルウェンから事情を聞いている家令は、アーセルに伴侶を持つ気持ちが生まれたらしい、ということが嬉しく、絶対にマヒロを逃すまいと心に決め細心の注意を払ってマヒロに仕えていた。
ツェラとのレースの仕事も少しずつ進めていた。分けてもらったレース編みの道具を使って少しずつ編んでいく。メイドにも意見を聞いたりして色々な図案を編んでみた。サイズは小さくていいということだったので、割合に早くできたそれをツェラは満足そうに買い取ってくれた。
この世界に来て初めて自分で稼いだお金に、マヒロは純粋に嬉しさを感じた。そしてこのお金で何かハルタカに贈りたいな、と思った。
そう思って「はい!」と返事をした。声が上ずってしまったかもしれない。ハルタカは横で嫌そうな顔をしている。‥なんで?
扉を開けてにこにこ顔のルウェンと表情があまり変わらないままのアーセルが入って来た。ルウェンがマヒロたちの向かいに座り、すぐに話を始める。
「さて、龍人様とのお別れはお済みですか?よろしければマヒロ様が住まわれる予定の屋敷にお連れしたいのですが。それからマヒロ様のための生活用品なども買いに行きたいですね!いや~忙しくなるぞ~。あっ、しっかり俺が付き添いますからご安心ください!」
ルウェンの言葉に、マヒロはうん?と首をかしげた。
「え、すぐに行くんですか?‥あの、荷物とか取ってきたりしたいし‥一度戻りたいんですけど」
ハルタカも鋭い視線をルウェンにぶつけながら言う。
「お別れとは聞き捨てならない。私はマヒロと別れるつもりはない。マヒロのために、しばらくの間我慢することにしただけだ。マヒロが番いであることには変わりはない。‥ヒトよ、それをしっかりと心に刻んでおくがいい」
ルウェンは「さようでしたか~」と言いながら心の中で舌を出した。そんなことは知ったことではない。この『カベワタリ』はアーセルのために、そしてカルカロア王国のために必要なのだ。龍人とはいえ、そこは譲れない。
とにかく、『カベワタリ』と龍人を引き離すことが先決だ。そのためには絶対に龍人の住処に戻らせてはならない。戻ったが最後いつ降りてくるかわかったものではない。
ルウェンは最上級に人懐っこい笑顔を繰り出した。
「マヒロ様、‥龍人の住処に戻られてしまうと私たちはいつおいでになるか気が気ではなくなってしまいます。申し訳ありませんがこのままここに滞在していただけませんでしょうか?生活に入用なものはこちらで全てご用意致しますので‥どうか、お願い申し上げます」
そう言って座ったまま深々と頭を下げる。マヒロはルウェンのその様子を見て慌ててそれを制止した。
「ルウェンさん、そんな、顔を上げてください!‥あの、わかりました‥でもお願いがあります」
ルウェンは顔を伏せたまま、眉をぴくりと上げた。『カベワタリ』は何を言おうとしているのだろうか。
「あの、ツェラさんとレース編みの仕事をするようにお話をしてて‥それは続けたいです。それから、あの、ハルタカと定期的に連絡を取りたい、んですけど‥」
何だそんなことか、とルウェンが思っていると、ハルタカがまたぎゅうっとマヒロを抱きしめた。アーセルの眉間に深いしわが刻まれる。
「マヒロ、その腕輪で一日少しの時間なら通話ができる。それで話せる。‥私も様子を見に時々降りてくる」
「ありがと、ハルタカ‥」
二人の間に何やら甘い空気が流れそうになっているのを感じ取ったルウェンは、ことさら明るい声を張り上げた。
「よかったですね!マヒロ様!‥龍人様、あまりヒトの世に関わってはならない、という龍人の定めがあると聞きますが‥大丈夫ですか?マヒロ様の身柄は私どもがしっかりと守りますので、ご無理をなさらずとも大丈夫ですよ』
ハルタカは明るい笑顔を崩さないルウェンの顔を厳しい表情で睨みつけた。このヒトは理由をつけて自分をマヒロから引き離そうとしている。油断はできない。許される全ての力を使ってでもマヒロから目を離さないようにしなければ。
ハルタカは心の中でそう決意すると、ルウェンに向かっては冷ややかな声で応えた。
「心配してもらわずとも、定めはおのれでよく理解している。マヒロと私を引き離そうなどと考えぬ方がよいぞ、ヒトよ」
ルウェンは畏まった様子を見せながら頭を下げた。心の中では考えるに決まってんだろと毒づいていた。
その後、マヒロはハルタカと一緒にアツレンの街で食事をとってから別れた。ハルタカは離れがたい様子を見せたが、マヒロが「ごめんね‥」と少ししょげた様子を見せると一度強くマヒロを抱きしめてからテンセイに跨り、空へ登って行った。
その姿を見て、マヒロは何とも言えない寂しさ、喪失感に襲われていた。攫われていた時以来の感触だ。ハルタカがいないと寂しくて何か足りない、そんな感覚になってしまう自分に驚く。
これはいい機会だったのかもしれない、とマヒロは考えた。異世界に来てしまってからずっとハルタカと一緒でほとんどハルタカとしか触れあってこなかった。少し離れてみて、自分の気持ちやこの世界でどうやって生きていくかを考える方がいいのかもしれない。
ハルタカは優しすぎる。その優しさに甘えているだけではだめだ。
マヒロはそう考えていた。
新しい生活が始まった。
主に生活するのは、アツレンにあるアーセルの屋敷だ。部屋数は十ほどもあり、割と大きな屋敷だった。フェンドラというアーセルの領地の中ではアツレンは二番目に大きい街らしく、そのため大きめの屋敷も構えているようだ。本宅はフェンドラの領都フェルンにあって、そちらはもっと大きな屋敷らしい。
アツレンの屋敷には、料理人が二人、メイドが二人、家令が一人使用人として仕えていた。使用人がいる生活など、勿論したことのないマヒロは最初驚いて固まってしまった。メイドに着替えやお風呂などの世話をされそうになって、あわあわしながら何とか断るのがやっとで、始めは上手く話すことができなかった。
だが、屋敷の使用人たちはみな人柄のいい者たちばかりで、緊張しているマヒロにも優しく接してくれたので、少しずつ打ち解けて話ができるようになっていった。
ルウェンから事情を聞いている家令は、アーセルに伴侶を持つ気持ちが生まれたらしい、ということが嬉しく、絶対にマヒロを逃すまいと心に決め細心の注意を払ってマヒロに仕えていた。
ツェラとのレースの仕事も少しずつ進めていた。分けてもらったレース編みの道具を使って少しずつ編んでいく。メイドにも意見を聞いたりして色々な図案を編んでみた。サイズは小さくていいということだったので、割合に早くできたそれをツェラは満足そうに買い取ってくれた。
この世界に来て初めて自分で稼いだお金に、マヒロは純粋に嬉しさを感じた。そしてこのお金で何かハルタカに贈りたいな、と思った。
12
あなたにおすすめの小説
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。
和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。
黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。
私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと!
薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。
そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。
目指すは平和で平凡なハッピーライフ!
連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。
この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。
*他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる