【完結済】龍人に救われた女子高生が、前提条件の違う異世界で暮らしていくには

天知 カナイ

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71 アーセルのために

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アーセルに何と答えていいかわからず、食事も途中のままマヒロは自室に戻った。部屋を執心のために整えていたジャックが驚いて出迎えた。
「あれ?まだデザートも終わってない時間じゃないですか?どこか具合いでもお悪いんですか?」
「ううん、何か‥食欲なくてさ」
ジャックに力なく笑って見せて、そのままマヒロは寝台に倒れ込んだ。ジャックは心配そうな様子でマヒロを見ていたが、すぐに洗面所に行くと手桶とタオルなどをもってマヒロの傍にやってきた。
「じゃあお顔だけでも綺麗にしてからお休みくださいね。はい、横になって‥このジャックが全部して差し上げますから」
そう言ってジャックはぬるま湯で絞ったタオルをマヒロの顔を滑らせた。マヒロはされるがままに横たわっていたが、色々な事を考えているうちにじわりと涙が滲んできた。一度浮かんできたら止めることができずに、喉も詰まってきてしゃくりあげてしまった。
だがジャックは何もそれについて触れることはなく、ただ黙ってマヒロの顔を優しく拭って、何やらのクリームを塗りこみマッサージまでしてくれた。
「‥あり、がと、ジャック‥」
「いいえ。ゆっくりお休みになって下さい」
ジャックはとうとう最後まで何も訊かずに下がっていった。

マヒロはそのまま寝台の上で寝返りを打った。自分の腕を抱き込むようにして丸くなる。
このまま、ここにいることが本当にアーセルのためになるのだろうか。
自分がいない方がいいのではないか。
だが、アーセル自身はあのように言ってくれている。
マヒロはどうすればいいかわからなくなって、ぎゅっと身体を縮め腕で肩を抱き込んだ。その時、銀のブレスレットが肩に当たった。
「‥ハルタカ‥」
マヒロはブレスレットに触ってハルタカを呼び出した。

「ハルタカ‥聞こえる?」
「聞こえる。騎士との話は終わったのか」
「‥うん‥選抜が終わるまで側にいてほしいって‥私‥好きなのはハルタカだって、伝えたんだけど‥」
「それは私には嬉しい報告だな」
そう言われてマヒロははっとして顔を赤くした。
「いや、あの、番いのことは‥」
「わかっている。マヒロの気持ちがわかるのが嬉しいと言うだけだ」
ハルタカは優しくそう言ってくれた。
アーセルにしろハルタカにしろ、マヒロにはどこまでも甘く優しい。こんな風だと周りの人の優しさを受け取るだけで、自分は何もしていないような気になってくる。
「‥せめて、アーセルのために何か役に立って上げられたらいいんだけど‥」
「厳しい『国王選抜』を勝ち抜くためには、心のよりどころも必要だ。マヒロが傍にいるだけでもあの騎士にはよい効果があるのだと思うが」
マヒロはとてもではないが、平々凡々な自分にそれほどの価値を見いだせない。ティルンの言った言葉は、悪意から出たものかもしれないが決して的外れなことではなかった。すべて本当のことだ。そう思ったから、マヒロはいたたまれなくなったのだ。
「‥でも、何の役にも立ってないってやっぱり思っちゃうし、それは辛いな‥」
「では。私とともに龍人タツトの住処へ帰るか?」
ハルタカが平坦な声でそう尋ねる。
本当はその方がいいのかもしれない。この屋敷で暮らすのは、色々な刺激もあるし出会いもあってマヒロ自身はとても楽しかった。だが、屋敷の主人であるアーセルには何の恩恵もない状態だ。今の状態はただマヒロがお客様として、大した価値もないのに最上級のもてなしを受けた、というだけになってしまっている。
「帰るにしても、何か‥役に立ちたいんだよね‥」
するとハルタカが言った。
「では、マヒロはヨーリキシャなのだからその力を使ってみてはどうだ?領主騎士の剣や他の武器、防具などを見て、何かマヒロなりの工夫ができるかもしれぬぞ」
ヨーリキ。積極的に使おうとしたことがあまりない自分の能力だったが、そう言えば一応自分も何がしかの能力を持っているのだった。レース編みや料理の材料を知ることくらいにしか使っていない能力だが、自分でも何か役に立つことはあるのだろうか。
「‥私の能力でも、役に立つのかな?」
「いずれにせよやってみなくてはわからんだろう。退異剣の回路を見たり武器・防具の解析をしたりしてみることから始めてはどうだ?」
そう言ってくれるハルタカの声を聞きながら、マヒロはぐっと拳を握った。
「うん、できることから始めてみる。ありがとう、ハルタカ」
ハルタカがふっと笑ったのがこちらに伝わってくる。
「私としてはこのまま連れ帰れた方がよかったがな‥マヒロが納得してからでないと、いいようにならぬような気がするので我慢しておく」
「‥なんか、ごめんね‥ありがと‥」
マヒロはつるりとしたブレスレットを、そっと撫でた。
「いいんだ。私も自分を律する為に待つことを覚えねばならぬ。マヒロ、明日の朝には見送ってくれるか」
「うん、頑張って早起きするよ!」
「ありがとう。ではゆっくり休め」
「うん、ありがとう。おやすみハルタカ」
ブレスレットのぼんやりとした光が消えた。


ルウェンはティルンを客室まで送り届けた。そのまま引き返そうとするルウェンをティルンが引きとめた。
「待って!」
「何でしょうか」
ティルンは俯きながら扉の横で黙って立っている。ルウェンもそのままティルンの前に立って黙ったまま待っている。
「‥怒らないの?」
「何をでしょうか」
「‥僕が『カベワタリ』に酷いことを言ったこと」
「酷いことを言った、という意識はおありなんですね」
ルウェンの抑揚のない言葉に、ティルンは唇を噛んだ。ティルンはこのつかみどころのないマリキシャが苦手だった。いつも明るく振る舞っているかと思えば何物をも寄せ付けないような、昏く厳しい目をしていることが多いからだ。自分がアーセルの傍に行こうとするといつもそういう目で見てくるので、ルウェンがいないことを祈りながらアーセルを追いかけていた。
「‥でも、僕は本当のことを言っただけだ」
「そうですか。では既に十六におなりなのにまだ身の振り方がお決まりでない国王陛下のお子様が、『国王選抜』にことよせて伴侶を領主に迫っている、というのも本当のことですよね。他人がどう思うか俺は知りませんが」
自分の何十倍もの鋭く痛い言葉の棘を返されてティルンは息を呑んだ。身の振り方が決まっていない、ということはティルンにとっての泣き所だ。自分でもそうは思っているが、ティルンの周りにいる人々は遠慮をしているのかその事実をティルンに突き付けることはしなかった。シンシャである国王陛下とはこのところ忙しすぎて私的な会話を持てていない。もう一人のシンシャは、ティルンを産んですぐに病で儚くなっていた。
「‥アーセル様は、受け入れてくださってる」
「それはそうでしょう、アーセルは国王陛下を尊崇申し上げていますからね」
言外に断りたくても断れなかったのだ、と示されて、ティルンは羞恥と憤怒で体が熱くなるのを感じた。
「‥‥ルウェンも、『カベワタリ』の味方なんだね」
「私はアーセルの味方でしかありません。アーセルがマヒロ様を愛しているというならそれが成就するように協力するだけです」
「あいつには龍人タツトがいるじゃないか!」
激しく言い募るティルンに、ルウェンは眉の一筋も動かさず冷たく答えた。
「でも、まだ番いではありません。可能性がある以上、私はアーセルの望みを叶えるために動きます‥もう、よろしいですか?」
「‥下がっていいよ」
「では失礼致します。お休みなさいませ」
言葉だけはきっちり慇懃に挨拶をしてルウェンは扉を閉め、去っていった。
ティルンはぎりりと奥歯を噛んだ。ルウェンにも自分のシンリキは全く通じない。このままではあと五か月があっという間に過ぎてしまう。どうすればいいのか。
ティルンはいらいらしながら爪を噛んだ。
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