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78 特務隊、戻る
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なんで。
どうして。
部屋に戻ったティルンは鏡の前でじっと自分の顔を見つめていた。
美しいと、かわいいと何度も言われ慣れてきた顔だ。だから自分でもそう思っていたし、手入れも怠りなくしてきたつもりだった。勉強だってたくさんして、領主であるアーセルの隣に並び立てるように努力してきたのだ。
だが、アーセルの視線の先にはいつもあの忌々しい『カベワタリ』がいて、自分など視界にも入れてもらえていない。
その上、ヨーリキを使ったのか『カベワタリ』の力を使ったのか、あいつのお陰でアーセルはこのひと月余りぐんぐんと成績を上げているのだと使用人たちが喜んでいた。
全然、美しくもかわいくもない、少し変わった顔立ちしかしていないのに。
自分の美しさなんてアーセルには何の役にも立たなかった。自分の薄いシンリキも何の役にも立たない。
ぽろ、と涙がこぼれ、一粒転がり出たら次々に溢れて止まらなくなった。
このままでは、アーセルに『国王選抜』が終わるまでに自分を好きになってもらうことはできない。
だが、アーセルを諦めることはできない。
どんな手を使ってもいい、アーセルが欲しい。
ティルンはこれまで、欲しいと思ったものが手に入らないということはなかった。何でも願えば周りがお膳立てしてくれたし、誰かにダメと言われたものでもほかの誰かに願えば手に入れてくれた。
今まで生きてきた中で、アーセルほどティルンが欲しいと思ったものはなかった。
あのたくましい身体に抱かれたい。伴侶となって子果を授かり、あのヒトの子どもに恵まれたい。
それはティルンの希望であり夢であり、またティルンの中では確定した未来だった。
その未来のために邪魔なものは、あの『カベワタリ』と、『カベワタリ』に対するアーセルの愛情だ。
それをなくしてしまえば、きっと自分の手に入る。
そのためには何を、どうすればいいか。
ティルンは涙に濡れた鏡の中の自分の顔を、じっと見つめながら考え続けていた。
もうすぐルウェンたちが帰ってくるという知らせを受けて、屋敷では特務隊をねぎらおうと宴会の準備が進められていた。
明日にも戻る、という最新の速信鳥が届いて、カッケンをはじめとした使用人たちが気合を入れて料理に励んでいる。特務隊は十人ほどいる上、ダルゴ達も屋敷に呼んで宴会をしようということになっていた。そうなると迎える人数が多いので、アツレンの食堂から何人か呼んで手伝いを頼むことになった。
その時に、マヒロの口利きでピルカ売りのタムとナシュも呼ばれることになった。
久しぶりに会うナシュは、少し背が伸びたようだったが相変わらず子どもらしいまばゆい笑顔を浮かべていた。
「マヒロ!久しぶりだなあ、元気だったか?」
「ナシュ!マヒロ様とお呼びしなさい!」
早速タㇺに怒られてちょっとしょぼくれてしまったナシュの姿に、マヒロは笑いをかみ殺しながら応えた。
「いいよタム、とりあえずナシュは私の友達ってことで!呼び捨て有にしてもらえると嬉しい」
「‥ですが他の方もいらっしゃるのに‥」
「いいから!とりあえずこの屋敷内でそんなにうるさい人はいないしさ」
「‥ナシュ、よその人がいる時にあまり図々しい言葉をおかけしないようにな」
「‥‥はーい」
不承不承ながらそう答えるナシュを、元気づけつつ屋敷の中を案内して回り、ジャックやカッケン、家令などに紹介する。
タムは、立ち居振る舞いもきれいで言葉遣いなども荒くないので、家令が驚いて「このまま棟屋敷で働いてほしいくらいですなあ」と感心していた。タムは恐れ多いとすぐに断っていたが。
こうやって屋敷内がにぎやかになり、人々が準備にあれこれ走り回っていてもティルンはほとんど姿を見せなかった。
翌日、昼前にルウェンをはじめとした特務隊のメンバーと人質になっていた子どもと伴侶が戻ってきた。待ち構えていたダルゴ達とイルサは、それぞれ子どもと伴侶に会えて泣き崩れた。子どもは攫われた時五歳だったものが背も伸びて八歳に成長しており、成長を見たかったとダルゴがぼろぼろと泣いていた。
イルサの伴侶、ラーレはかなり衰弱していたらしく瘦せ細っていたが、イルサの顔を見るなり駆け出してその胸に飛び込んでいった。
二組の家族の三年ぶりの再会に、その場にいたものすべてが胸を熱くして涙した。
ルウェンは左肩を少し痛めたようで包帯を巻いていたが元気そうだった。一人重傷の隊員がいたのだが、その者は転移で大きな医療施設に移されているらしい。みな小さなけがなどはあるが命に別状なく戻ってこれたようでマヒロはほっとしていた。
「ルウェン、ダンゾには会ったか」
固い顔でアーセルは尋ねる。喜びの声でわいている一同を横目で見ながら、ルウェンは小声で返した。
「会ってはいない。‥だが、俺たちの動きは知ってるようだ。ニュエレンから出るのにずいぶん苦労した。‥あいつを帯同していなかったら難しかったかもしれないな」
今回の特務隊を結成する際、マヒロの誘拐犯の一人だったジータの協力があったのだ。はじめは少しニュエレン領内の情報を引き出せれば、としか考えていなかったのだが、思いのほかジータは協力的だった。
「まあ、ダンゾのやり口にはそろそろ嫌気がさしてたんだ」
というジータは、特務隊がニュエレンに入ってからは様々な情報を提供してくれた。
アーセルは軽く頷いた。
「今はどうしてるんだ?」
「本人が戻ると言ってきかねえから、牢に戻してるよ。少しマシなところにはしてるけどね」
ジータはアツレンに戻るなり、自分を縛って牢に入れろと言ってきて特務隊全員を呆れさせた。これだけ一緒に戦った仲間なんだからもういいだろうという隊員の言葉も聞かず「けじめはいるからな」と言って頑固に牢の中にいるらしい。
アーセルはそれを聞いて複雑な顔をした。役に立ってくれたのは間違いないが、確かにこのまま無罪放免にするわけにはいかない。ジータの扱いは今後慎重に考える必要があるだろう。
「今日は酒や料理を差し入れてやれ」
「ああ。その手配はすんでる」
そう答えたルウェンに、アーセルはふっと笑った。ルウェンはいつでも、アーセルが望むような差配をしてくれる。いつも隣にいて、アーセルを支えてくれるこの友がいるからこそ自分は領主として歩んでいけているのだ、と改めてアーセルは思った。
「ルウェン、ご苦労だったな。ゆっくりしてくれ」
「ああ。美味いもの一杯食うぞ~!」
友の無邪気な言い草にまたアーセルは破願した。
どうして。
部屋に戻ったティルンは鏡の前でじっと自分の顔を見つめていた。
美しいと、かわいいと何度も言われ慣れてきた顔だ。だから自分でもそう思っていたし、手入れも怠りなくしてきたつもりだった。勉強だってたくさんして、領主であるアーセルの隣に並び立てるように努力してきたのだ。
だが、アーセルの視線の先にはいつもあの忌々しい『カベワタリ』がいて、自分など視界にも入れてもらえていない。
その上、ヨーリキを使ったのか『カベワタリ』の力を使ったのか、あいつのお陰でアーセルはこのひと月余りぐんぐんと成績を上げているのだと使用人たちが喜んでいた。
全然、美しくもかわいくもない、少し変わった顔立ちしかしていないのに。
自分の美しさなんてアーセルには何の役にも立たなかった。自分の薄いシンリキも何の役にも立たない。
ぽろ、と涙がこぼれ、一粒転がり出たら次々に溢れて止まらなくなった。
このままでは、アーセルに『国王選抜』が終わるまでに自分を好きになってもらうことはできない。
だが、アーセルを諦めることはできない。
どんな手を使ってもいい、アーセルが欲しい。
ティルンはこれまで、欲しいと思ったものが手に入らないということはなかった。何でも願えば周りがお膳立てしてくれたし、誰かにダメと言われたものでもほかの誰かに願えば手に入れてくれた。
今まで生きてきた中で、アーセルほどティルンが欲しいと思ったものはなかった。
あのたくましい身体に抱かれたい。伴侶となって子果を授かり、あのヒトの子どもに恵まれたい。
それはティルンの希望であり夢であり、またティルンの中では確定した未来だった。
その未来のために邪魔なものは、あの『カベワタリ』と、『カベワタリ』に対するアーセルの愛情だ。
それをなくしてしまえば、きっと自分の手に入る。
そのためには何を、どうすればいいか。
ティルンは涙に濡れた鏡の中の自分の顔を、じっと見つめながら考え続けていた。
もうすぐルウェンたちが帰ってくるという知らせを受けて、屋敷では特務隊をねぎらおうと宴会の準備が進められていた。
明日にも戻る、という最新の速信鳥が届いて、カッケンをはじめとした使用人たちが気合を入れて料理に励んでいる。特務隊は十人ほどいる上、ダルゴ達も屋敷に呼んで宴会をしようということになっていた。そうなると迎える人数が多いので、アツレンの食堂から何人か呼んで手伝いを頼むことになった。
その時に、マヒロの口利きでピルカ売りのタムとナシュも呼ばれることになった。
久しぶりに会うナシュは、少し背が伸びたようだったが相変わらず子どもらしいまばゆい笑顔を浮かべていた。
「マヒロ!久しぶりだなあ、元気だったか?」
「ナシュ!マヒロ様とお呼びしなさい!」
早速タㇺに怒られてちょっとしょぼくれてしまったナシュの姿に、マヒロは笑いをかみ殺しながら応えた。
「いいよタム、とりあえずナシュは私の友達ってことで!呼び捨て有にしてもらえると嬉しい」
「‥ですが他の方もいらっしゃるのに‥」
「いいから!とりあえずこの屋敷内でそんなにうるさい人はいないしさ」
「‥ナシュ、よその人がいる時にあまり図々しい言葉をおかけしないようにな」
「‥‥はーい」
不承不承ながらそう答えるナシュを、元気づけつつ屋敷の中を案内して回り、ジャックやカッケン、家令などに紹介する。
タムは、立ち居振る舞いもきれいで言葉遣いなども荒くないので、家令が驚いて「このまま棟屋敷で働いてほしいくらいですなあ」と感心していた。タムは恐れ多いとすぐに断っていたが。
こうやって屋敷内がにぎやかになり、人々が準備にあれこれ走り回っていてもティルンはほとんど姿を見せなかった。
翌日、昼前にルウェンをはじめとした特務隊のメンバーと人質になっていた子どもと伴侶が戻ってきた。待ち構えていたダルゴ達とイルサは、それぞれ子どもと伴侶に会えて泣き崩れた。子どもは攫われた時五歳だったものが背も伸びて八歳に成長しており、成長を見たかったとダルゴがぼろぼろと泣いていた。
イルサの伴侶、ラーレはかなり衰弱していたらしく瘦せ細っていたが、イルサの顔を見るなり駆け出してその胸に飛び込んでいった。
二組の家族の三年ぶりの再会に、その場にいたものすべてが胸を熱くして涙した。
ルウェンは左肩を少し痛めたようで包帯を巻いていたが元気そうだった。一人重傷の隊員がいたのだが、その者は転移で大きな医療施設に移されているらしい。みな小さなけがなどはあるが命に別状なく戻ってこれたようでマヒロはほっとしていた。
「ルウェン、ダンゾには会ったか」
固い顔でアーセルは尋ねる。喜びの声でわいている一同を横目で見ながら、ルウェンは小声で返した。
「会ってはいない。‥だが、俺たちの動きは知ってるようだ。ニュエレンから出るのにずいぶん苦労した。‥あいつを帯同していなかったら難しかったかもしれないな」
今回の特務隊を結成する際、マヒロの誘拐犯の一人だったジータの協力があったのだ。はじめは少しニュエレン領内の情報を引き出せれば、としか考えていなかったのだが、思いのほかジータは協力的だった。
「まあ、ダンゾのやり口にはそろそろ嫌気がさしてたんだ」
というジータは、特務隊がニュエレンに入ってからは様々な情報を提供してくれた。
アーセルは軽く頷いた。
「今はどうしてるんだ?」
「本人が戻ると言ってきかねえから、牢に戻してるよ。少しマシなところにはしてるけどね」
ジータはアツレンに戻るなり、自分を縛って牢に入れろと言ってきて特務隊全員を呆れさせた。これだけ一緒に戦った仲間なんだからもういいだろうという隊員の言葉も聞かず「けじめはいるからな」と言って頑固に牢の中にいるらしい。
アーセルはそれを聞いて複雑な顔をした。役に立ってくれたのは間違いないが、確かにこのまま無罪放免にするわけにはいかない。ジータの扱いは今後慎重に考える必要があるだろう。
「今日は酒や料理を差し入れてやれ」
「ああ。その手配はすんでる」
そう答えたルウェンに、アーセルはふっと笑った。ルウェンはいつでも、アーセルが望むような差配をしてくれる。いつも隣にいて、アーセルを支えてくれるこの友がいるからこそ自分は領主として歩んでいけているのだ、と改めてアーセルは思った。
「ルウェン、ご苦労だったな。ゆっくりしてくれ」
「ああ。美味いもの一杯食うぞ~!」
友の無邪気な言い草にまたアーセルは破願した。
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