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111 ルウェンとアーセル 1
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ルウェンは、何とも言えない顔をしてマヒロとハルタカの顔を交互に見た。マヒロは、何も含むところのない顔で真っ直ぐ見てくるし。ハルタカはと言えば、これ以上ないくらいの仏頂面で硬く口を噤んでいる。
自分のしたことは、そんなに簡単に済ませられることではないのだが、と考えながらルウェンは口を開いた。
「‥‥マヒロ様、それは詭弁です。マヒロ様を誘拐したダンゾがやろうとしたことを俺もやろうとしていたんです。その為に、真実をアーセルにもマヒロ様にも隠して、パルーリアまで準備をしていた」
「でもやんなかったじゃん」
マヒロはルウェンの言葉をバッサリと切り捨てた。そしてまた真っ直ぐにルウェンを見てくる。ああ、この目はアーセルに似ているな、とルウェンは思った。無垢でヒトを悪く思うことをしない、善意を信じているものの目。
「私にとってはそれが一番大事なことだよ。そして、ルウェンが私のためにしてくれた色々なことに対して私が感謝していることだって大事」
マヒロはそう言って、ちらりと後ろを見た。ぶすくれた表情のハルタカを認めると、少し意地悪そうな顔をして小さく笑った。ハルタカはむっとした顔をするが、何も言わない。
「だから、もう私に対して悪いことした、とか償わなきゃ、とか思わないでほしい。どうしてもそう思うなら‥‥そう思わないようにする、ってのを償いにしてよ」
マヒロはそう言ってにやっとルウェンに笑いかけた。
この、異界から来た若者は、そうしてそんなふうに自分を許せるのだろうか。
ルウェンは、不覚にも胸の奥が熱くなり、目がしらに涙が浮かぶのを禁じえなかった。こんなことで涙を浮かべるとは。随分自分の鎧も剥がれてしまったものだ、とルウェンは思った。
マヒロは一度お茶を飲んでのどを潤している。冷めたお茶はごくりと飲むのにちょうどよかったようだ。
「ルウェン、ここから本題なんだけど」
マヒロはずい、と膝を乗り出した。
「アーセルと、ちゃんと話をしよう?」
まさかそんな直球で来られるとは思っていなかった。音でアーセル、という言葉を聞くだけでびくりと背中が震える気がする。
結局、アーセルが話せるようになってからはまともに会話をしていない。そもそもアーセルが酷く忙しいということもあるが、そんな中でもアーセルは時間を作りわざわざ騎士団詰所にまで来てくれた。そしてルウェンに何か言おうとするのだが、ルウェンは全力でそれを避けていた。
何か、心の中に作っていた厚い壁が壊れてしまったようだった。いつもならその壁の中からアーセルに接して、自分の気持ちなどその壁の中に押し込んで知らんぷりをしてしまえた。だが、今はとてもではないがそうはできない。
マヒロとハルタカの今までの時間やこの雰囲気からして、もうこの二人は揺るがない仲になったのだろう。アーセルにはかわいそうだが、それは仕方がないことだ。
しかし、ルウェンはもうこれ以上、目の前でアーセルが誰かを好きになっていくのを見ていられる自信がなかった。
だから、次代の領主やその補佐などの仕事の打診が来ても、すべてきっぱりと断っていたのだ。ある程度落ち着いたら、こっそりフェンドラからもカルカロア王国からも出て、どこか知らない国を旅してみようかとさえ思っていた。幸い、退異騎士をしていたから無所属の退異師となって諸国を巡ることだってできる。
そう、思っていた筈なのに。
「ルウェン、ここでアーセルから逃げてしまったらきっとルウェンはこの後の人生で後悔するよ。ちゃんとアーセルと話して、それからフェンドラのことも話そう?私から見たってルウェンは、この領地のこともこの国のこともすごく考えてたヒトだったと思う。
それなのに、こんな変に中途半端な状態で‥もしどこかに行こうとかしてるんだったら、それは絶対ルウェンのためにならないと思う」
「マヒロ様‥」
マヒロの黒く輝く目に射抜かれて、ルウェンはうなだれた。
マヒロの指摘は、間違っていない。多分、そうだろう。結局ここから去るというのは逃げるということと同じことだ。
この先の長い人生を考えれば、きっと自分は後悔するだろう。
だがどうやってアーセルと向き合えばいいのか、それが全くわからないのだ。
その時、後ろから声がした。
「ルウェン」
目にも鮮やかな、深紅のマントを羽織ったアーセルが、ドアを開けて立っていた。
ルウェンは思わず立ち上がった。いつぶりだろう、こんなに近くで姿を見るのは。
次代国王を示す深紅のマントを羽織り立っているアーセルの姿は。凛々しくて眩しいほどだった。アーセルは急いでルウェンの横に来てその肩を掴んだ。
「ルウェン、やっと捕まえられた‥」
ほっとしたようにそう言うと振り返り、まだドアのところに立っているメイドに向かって「酒を持ってきてくれ」と頼んだ。
それからルウェンの肩を押して座らせると、自分もその隣に座った。
そしてようやくマヒロの姿を見た。
「マヒロ様、ご無事の姿を見て安心しました」
「ありがとう。それから改めて、アーセルおめでとう」
アーセルはマヒロの祝辞を聞いて柔らかく笑った。だがどこか、上の空のような、あまり心を感じない笑いだった。
マヒロが訝しく思っていると、アーセルがマヒロに向かって話しだした。
「もう、お身体は全く平気なのですか?それから、生活の拠点は‥ハルタカ様の住処になさるおつもりでしょうか?アツレンの屋敷でもカルロの屋敷でも、マヒロ様がお望みでしたらどこでも住んでいただいて構わないのですが‥」
早口にそう言うアーセルを、マヒロは手を上げて制した。
「ありがと、アーセル。‥住む場所のことはまだ決めてないけど、しばらくはアツレンに住もうかと思ってる。でも‥一人で住んでみてもいいかなって」
「マヒロ」
横から咎めるようなハルタカの声がした。横を見れば相変わらず仏頂面のハルタカだ。
「ハルタカ、いい加減その仏頂面やめてほしいんだけど・・喋りづらい」
「色々と心配なのは変わらぬから、せめてここの領主の屋敷にしてくれ。ヒトがたくさんいる方がいい」
アーセルはハルタカの方を見て目を見開いた。まさか、自分の手から離すようなことを、この龍人が言うとは思っていなかったのだ、
だがマヒロはめんどくさそうに首を振って返事をした。
「とりあえずその話はあと。先にしたい話があるから」
そう言って、並んで座るルウェンとアーセルに向き直る。
「アーセル、今の気持ちでいいから正直に言って。‥ルウェンの事、アーセルの考えだけでいうならどうしてほしいと思ってるの?」
自分のしたことは、そんなに簡単に済ませられることではないのだが、と考えながらルウェンは口を開いた。
「‥‥マヒロ様、それは詭弁です。マヒロ様を誘拐したダンゾがやろうとしたことを俺もやろうとしていたんです。その為に、真実をアーセルにもマヒロ様にも隠して、パルーリアまで準備をしていた」
「でもやんなかったじゃん」
マヒロはルウェンの言葉をバッサリと切り捨てた。そしてまた真っ直ぐにルウェンを見てくる。ああ、この目はアーセルに似ているな、とルウェンは思った。無垢でヒトを悪く思うことをしない、善意を信じているものの目。
「私にとってはそれが一番大事なことだよ。そして、ルウェンが私のためにしてくれた色々なことに対して私が感謝していることだって大事」
マヒロはそう言って、ちらりと後ろを見た。ぶすくれた表情のハルタカを認めると、少し意地悪そうな顔をして小さく笑った。ハルタカはむっとした顔をするが、何も言わない。
「だから、もう私に対して悪いことした、とか償わなきゃ、とか思わないでほしい。どうしてもそう思うなら‥‥そう思わないようにする、ってのを償いにしてよ」
マヒロはそう言ってにやっとルウェンに笑いかけた。
この、異界から来た若者は、そうしてそんなふうに自分を許せるのだろうか。
ルウェンは、不覚にも胸の奥が熱くなり、目がしらに涙が浮かぶのを禁じえなかった。こんなことで涙を浮かべるとは。随分自分の鎧も剥がれてしまったものだ、とルウェンは思った。
マヒロは一度お茶を飲んでのどを潤している。冷めたお茶はごくりと飲むのにちょうどよかったようだ。
「ルウェン、ここから本題なんだけど」
マヒロはずい、と膝を乗り出した。
「アーセルと、ちゃんと話をしよう?」
まさかそんな直球で来られるとは思っていなかった。音でアーセル、という言葉を聞くだけでびくりと背中が震える気がする。
結局、アーセルが話せるようになってからはまともに会話をしていない。そもそもアーセルが酷く忙しいということもあるが、そんな中でもアーセルは時間を作りわざわざ騎士団詰所にまで来てくれた。そしてルウェンに何か言おうとするのだが、ルウェンは全力でそれを避けていた。
何か、心の中に作っていた厚い壁が壊れてしまったようだった。いつもならその壁の中からアーセルに接して、自分の気持ちなどその壁の中に押し込んで知らんぷりをしてしまえた。だが、今はとてもではないがそうはできない。
マヒロとハルタカの今までの時間やこの雰囲気からして、もうこの二人は揺るがない仲になったのだろう。アーセルにはかわいそうだが、それは仕方がないことだ。
しかし、ルウェンはもうこれ以上、目の前でアーセルが誰かを好きになっていくのを見ていられる自信がなかった。
だから、次代の領主やその補佐などの仕事の打診が来ても、すべてきっぱりと断っていたのだ。ある程度落ち着いたら、こっそりフェンドラからもカルカロア王国からも出て、どこか知らない国を旅してみようかとさえ思っていた。幸い、退異騎士をしていたから無所属の退異師となって諸国を巡ることだってできる。
そう、思っていた筈なのに。
「ルウェン、ここでアーセルから逃げてしまったらきっとルウェンはこの後の人生で後悔するよ。ちゃんとアーセルと話して、それからフェンドラのことも話そう?私から見たってルウェンは、この領地のこともこの国のこともすごく考えてたヒトだったと思う。
それなのに、こんな変に中途半端な状態で‥もしどこかに行こうとかしてるんだったら、それは絶対ルウェンのためにならないと思う」
「マヒロ様‥」
マヒロの黒く輝く目に射抜かれて、ルウェンはうなだれた。
マヒロの指摘は、間違っていない。多分、そうだろう。結局ここから去るというのは逃げるということと同じことだ。
この先の長い人生を考えれば、きっと自分は後悔するだろう。
だがどうやってアーセルと向き合えばいいのか、それが全くわからないのだ。
その時、後ろから声がした。
「ルウェン」
目にも鮮やかな、深紅のマントを羽織ったアーセルが、ドアを開けて立っていた。
ルウェンは思わず立ち上がった。いつぶりだろう、こんなに近くで姿を見るのは。
次代国王を示す深紅のマントを羽織り立っているアーセルの姿は。凛々しくて眩しいほどだった。アーセルは急いでルウェンの横に来てその肩を掴んだ。
「ルウェン、やっと捕まえられた‥」
ほっとしたようにそう言うと振り返り、まだドアのところに立っているメイドに向かって「酒を持ってきてくれ」と頼んだ。
それからルウェンの肩を押して座らせると、自分もその隣に座った。
そしてようやくマヒロの姿を見た。
「マヒロ様、ご無事の姿を見て安心しました」
「ありがとう。それから改めて、アーセルおめでとう」
アーセルはマヒロの祝辞を聞いて柔らかく笑った。だがどこか、上の空のような、あまり心を感じない笑いだった。
マヒロが訝しく思っていると、アーセルがマヒロに向かって話しだした。
「もう、お身体は全く平気なのですか?それから、生活の拠点は‥ハルタカ様の住処になさるおつもりでしょうか?アツレンの屋敷でもカルロの屋敷でも、マヒロ様がお望みでしたらどこでも住んでいただいて構わないのですが‥」
早口にそう言うアーセルを、マヒロは手を上げて制した。
「ありがと、アーセル。‥住む場所のことはまだ決めてないけど、しばらくはアツレンに住もうかと思ってる。でも‥一人で住んでみてもいいかなって」
「マヒロ」
横から咎めるようなハルタカの声がした。横を見れば相変わらず仏頂面のハルタカだ。
「ハルタカ、いい加減その仏頂面やめてほしいんだけど・・喋りづらい」
「色々と心配なのは変わらぬから、せめてここの領主の屋敷にしてくれ。ヒトがたくさんいる方がいい」
アーセルはハルタカの方を見て目を見開いた。まさか、自分の手から離すようなことを、この龍人が言うとは思っていなかったのだ、
だがマヒロはめんどくさそうに首を振って返事をした。
「とりあえずその話はあと。先にしたい話があるから」
そう言って、並んで座るルウェンとアーセルに向き直る。
「アーセル、今の気持ちでいいから正直に言って。‥ルウェンの事、アーセルの考えだけでいうならどうしてほしいと思ってるの?」
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