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しおりを挟む目を覚まして身動きしようとしたとき、ずきりと腰が痛んで思わず呻き声をあげた。するとすぐにアヤラセの太い腕が力の身体を優しく抱きしめてくれた。
そして優しい口づけがやってくる。半分目を閉じながらそれを受けると、とろとろとぬるい水が口の中に流し込まれてきた。
「ん‥」
こくこくと傷んだ喉に嬉しいそれを飲み下すと、アヤラセは唇を離してぎゅうっとリキの身体を強く抱きしめた。そして頭をリキの肩にのせてぼそりと呟いた。
「‥リキ、ごめんな。昨夜いっぱい無理させて‥」
リキはふふっと喉奥で笑った。喉にはまだ痛みがあるが、全く気にならなかった。息を吐くような声で、アヤラセの耳元に囁く。
「おれは‥うれしかった、から、へいき」
「リキ‥!」
その返事を聞いたアヤラセは、またリキの身体を抱きしめて、耳の後ろに口づけた。アヤラセが眠りについたのはもうすぐ空が白むような時刻で、何と都合五回もリキの中に精を放ったのだった。ぐったりしているリキの身体を、夢中になって貪った覚えはある。気を失ってしまったリキの身体を清めているとき、いくら清めてもリキの後孔からどろりと溢れてくる自分の精を見て、アヤラセは随分と反省したのだった。
「身体、だるくさせちまってごめん。仕事大丈夫か?」
リキは微笑んで頷いた。
「今日は午後からの予定だし、それも控えの出勤だから‥」
「そか、よかった。何か食べるか?昨夜のスープまだ残ってるから温めるか?」
「あ、そうだな‥あと、昨日買ってきたパルトも棚に入ってると思う。アヤラセも食べて」
「わかった」
アヤラセは軽く額に口づけてからリキをまた横たわらせて台所に戻っていった。「起きなくていい、俺が持ってくるから」と言い置いて、台所でごそごそ何かやっている。正直、リキも身体全体にだるさがあったので、助かった、と思いながら待っていた。
アヤラセはスープを温め直しているその間に、お茶を淹れてパルトを軽くあぶった。乳酪と砂糖をパルトに塗って、それらすべてを盆に入れて寝室へ持ってきてくれた。
リキは頬を染めながら「お大尽のようだな」と言って嬉しそうにそれらを口にした。その可愛らしさにまたアヤラセは悶絶していた。
帰宅する前に会ったヤルルアの
「リキ、退異師にモテまくってるぞ。お前大丈夫か?あいつ最近本当に綺麗になってきてるし、気立てはいいし働き者だし、狙ってるやつら増えてんぞ?」
という言葉がアヤラセの耳から離れなかった。
確かにこのところのリキは、花が開いたかのように美しくなってきている。それに加えて真面目で何事にも真剣に取り組み、礼儀正しいリキの性格も周囲に好ましく受け止められていた。リキを知っている人々は、忌避するどころかどうにかしてリキと親しくなりたいと思っている者ばかりだった。
有り体に言ってリキは、退異師会の中で今相当に人気があり、尊敬され、愛されている人物であったのだ。
それをヤルルアに指摘されて、アヤラセはどうするのが一番いいかと考えながら帰宅したのだった。
そんなことを思いながら帰宅すれば、艶めかしい姿で無防備に出迎えてくれたリキの姿があった。リキは自分の姿や魅力に関して無頓着すぎる。夢中になってリキの身体を貪りつくしながら、アヤラセは夜じゅうそのことを考えていた。
名実ともに、リキを自分だけのものにしたい。
誰にも奪われたくない。
ライセンの襲撃、誘拐によってリキが凌辱され、「ウツロ」になったことは、いまだアヤラセの心の中に深い傷となって残っていた。守れなかった、惨い目に遭わせてしまったという後悔はいつまでもアヤラセの胸の内に、じくじくとした膿をもって居座り続けている。
「リキ」
遅めの朝食を食べ終えて盆に向かい、小さくお辞儀をしているリキにアヤラセは呼びかけた。
「ん?」
リキが無邪気な顔をしてこちらを見上げてくる。
その頬に手を滑らせながら、アヤラセは言った。
「伴侶誓言式をしよう。‥ちゃんと、伴侶になろう。‥‥なってくれるか?」
アヤラセの手の中で、リキの目が大きく見開かれた。美しい翠色の目がアヤラセの姿を捉えている。だが、その瞳は見る見るうちに潤んできた。
「リキ?‥嫌なのか‥?」
「違う!‥‥そうでは、なく‥」
自分の頬に当てられたアヤラセの手に、リキはそっと自分の手を重ねた。そしてそこに頬を擦りつけるようにして目をつぶった。
「俺は‥この身を辱められ、アヤラセのことを忘れた。‥そのことを、アヤラセは気にしなくていいと言うてくれるが‥どうしても、忘れることはできない」
「‥うん」
「それに‥アヤラセのことを忘れている間、俺はユウビと何度も肌を合わせた。俺の、意志で、そうしていた。‥そのことをアヤラセに申し訳ないという気持ちはあるが‥」
「リキ、」
ぽたり、ぽたりと大きな涙の粒がリキの目から零れ落ちていく。
「‥ユウビに対する気持ちが、どういうものなのか‥おのれでも、うまく言えない。だが、ユウビを‥愛しいと思う気持ち、が、どうしても‥‥消えない‥‥」
ぐっと喉奥を引き絞るようにして、リキはしゃくりあげた。声を出すまいとしているのがわかる。そんな姿が愛おしく思えて、アヤラセはぎゅっとリキを抱きしめた。
「アヤラセ‥」
「どんなリキでも俺は愛してるし、大事だ。リキがユウビのことを忘れられないと言うなら‥ユウビごとリキを愛するよ。とにかく、俺はリキが好きだし、大事で誰にも奪われたくないんだ。だから‥伴侶に、なりたい。リキは‥どうだ?」
リキは涙によごれた顔を上げてアヤラセの顔を見た。端整な顔を不安げに歪ませてこちらをじっと見つめているアヤラセが、愛おしくてたまらなかった。
ひくっと一度しゃくりあげてごくんと喉を鳴らしてから、リキはアヤラセに言った。
「‥狡い、と思うが‥アヤラセが許してくれるなら‥俺はアヤラセの、伴侶になりたい‥」
つっかえながらそう言ってくれたリキをもう一度ぎゅっと抱きしめ、深く口づけた。咥内を蹂躙するアヤラセの厚い舌を、リキは陶然としながら受け止めた。
ちゅっと音を立てて唇を離すと、アヤラセはじっとリキの翠の目を見つめた。
「リキ。もし、ユウビが目覚めても心配しなくていい。俺はユウビごとお前を愛するから。何も心配いらない。俺の傍にいてくれれば、それでいいんだ」
「‥アヤラセ‥‥」
リキの目にまたじわりと涙が滲んでくる。リキの不安を、少しでも取り除こうとするアヤラセの気持ちが、今はどうしようもなく愛しかった。
「ありがとう、アヤラセ‥」
未だ、ツトマの子果清殿の繭の中に眠るユウビ。ユウビが眠りについてから一年近くの時が経とうとしている。このままユウビが目覚めないのか、そしてリキの子果樹はもう役目を果たさないのか。リキにはわからないことばかりだ。ただ、このままユウビが目覚めないとはリキにはどうしても思えなかった。子果樹との繋がりは断たれたが、心のどこかにユウビの場所があってそこにずっとユウビが眠っているような気がするのだ。
命を懸けて自分を守ってくれたユウビ。
リキの望みを何でも叶えようと懸命だったユウビ。
ユウビのことを忘れ去ることは、リキにはどうしてもできなかった。
————————
ムリキシャは産まれる時に手の中に「ハリ玉」と呼ばれる子果樹の種を持って生まれてきます。子果清殿に植えられた「ハリ玉」は子果樹となりますが、子果樹とムリキシャの間には一生切れない絆があり、それに基づいてムリキシャは子果樹の世話をします。ムリキシャが死ぬと子果樹は枯れ、銀色の砂となって他の子果樹を育てる土壌になります。
リキの子果樹は、そのつながりを断ち切ってユウビを囲む繭となりました。なので今リキは自分の子果樹とのつながりを感じることができないのです。これはムリキシャにとっては耐えられない苦痛だとされています。
リキは少し他のムリキシャとは違うので正気を保てている、という状態です。
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