カベワタリの物語ーリキとアヤラセー(森蘭丸の弟、異世界に渡る 第二部)

天知 カナイ

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「え、アヤラセも来るのか?」
退異師会館に向かうため準備をしていたリキは驚いて振り向いた。見ればアヤラセは準礼装を身にまとっている。美しい飾り紐を胸の前に下げ、きりりとした黄色の上下を身につけたアヤラセはどこからどう見ても凛々しく美しかった。
いつも通りの簡素な上下を身につけているリキは内心焦った。‥自分もきちんとした格好をしなければならないのだろうか。しかし、リキには今一つこの国での「きちんとした格好」がわかっていなかった。

アヤラセは飾り紐の端を綺麗に留めながら笑って言った。
「ん、退異師会でみんなに言うんだ、伴侶誓言式を挙げるって」
「え?どうしてだ?」
目を丸くしてきょとんとした顔をしているリキを、アヤラセは軽く抱き寄せ、その頭に口づけた。
「お前が、もう俺のものだって知らしめないとならないからな」
「‥‥?何でだ?俺はアヤラセからもらったピアスを身につけているし、外したことはないからみんな知ってると思うぞ」
そう言いながら耳に孔をあけられた時のことを思い出して、リキはちょっと眉根を寄せた。アヤラセはそんなリキの顔を見て少し笑いながら、もう一度耳の横に口づけた。耳が弱いリキは「ひゃっ」と声を上げて顔を赤くし、アヤラセを睨んだ。
「アヤラセっ」
「あはは、ごめん、かわいかったから」

そう言ってようやくリキの身体を離してやる。リキは耳まで赤くしたまま、弓を取って背中に負った。
「‥耳はいやだって、いつも言ってるのに‥」
ぶつぶつと小さい声で文句を言っているリキがかわいらしい。ふふっと笑いながらも、こんなリキだから心配なのだ、とアヤラセは思った。恋人がいる者がつけるピアスがあろうが気にせずリキにまとわりついている輩がいることは、リイアとライナからの情報で知っている。
だいたい退異師というやつは自分の力を恃む者が多いから、ちょっとやそっとのことではこうと決めたことを諦めないものなのだ。その気質を知っているだけに、式を挙げると決めたなら一番わかりやすい方法で知らしめようとアヤラセは画策していた。
午後からの出勤だというリキについて、二人で退異師会館へ向かった。


このところ雨が多かったが今日は雲のない快晴だった。こういった日にはあまり異生物は発生しない。アヤラセは多分今日のリキの出勤は無しになる可能性が高いだろうな、と思っていた。自分が退異師だったときも、こういった天気の時は非番になることが多かったものだった。
アヤラセが「リキ」と名を呼んで手を差し出した。リキはそれが何を意味するものか分からず、首をかしげた。幼い時であっても、リキは親兄弟と手を繋いで移動などしたことはなかったのだ。それは武士でないものやおなごのすることだ、という思い込みがあった。
「手、繋いでいこう」
「えっ」
言われて驚いたが、アヤラセが笑顔のまま手を差し出して待っているので、仕方なくリキはおずおずと自分の手を差し出した。
アヤラセは力強くその手を握って歩き出した。リキは気恥ずかしくてなかなか顔をあげられなかったが、握られたアヤラセの掌の温かさを感じて俯きながらも笑顔を浮かべていた。

銀の髪を布におさめ、俯いていてさえリキは美しい気がした。おそらく人々がリキを見ているのは髪を見せない異装ゆえなのだが、伴侶になれる嬉しさで頭の中が沸いているアヤラセには、みんながリキに見とれているようにしか思えなかった。そんな中でリキの手を握って歩いていることが誇らしく、見せびらかしたい気持ちでいっぱいだったのだ。
しかし、道行く人々はどちらかと言えば俯きがちではっきり顔の見えないリキよりも、しっかりと前を向いて意気揚々と歩いているアヤラセの端整な顔立ちや姿に見とれていたのだったが。
準礼装に身を包んだアヤラセの姿は凛々しく端正で、人目を引くには充分であった。結局、アヤラセ自身も自分の要望にはあまり頓着していないのだ。

上機嫌のまましばらく歩き、乗り合い機工車を乗り継いで退異師会館に着いた。快晴のせいか、いつもよりはヒトが少ないように思える。それでも建物の中に入れば、結構な数の退異師がおり、中のホールはざわついていた。
その中から「リキ!」と声がかかる。今日はたまたま会館にいたらしい、リイアとライナの上下子きょうだいだった。
「リキ、今日は午後の待機だったでしょ?なくなったからもう休みだよ」
「予測されてた異生物の出現がなかったんだよね。昼前から急に晴れてきたからさあ」
リイアとライナが代わる代わる口々に説明しながら近づいてきたのだが、アヤラセに気づいて足を止めた。

「アヤラセ。様‥?」
「‥何、そのカッコ‥」
お喋りガラと異名をとる二人が、アヤラセの雰囲気にのまれて一瞬静かになった。アヤラセは少し得意げに顎を突き出して応えた。
「ちょうどよかった!二人に相談したいことがあったんだ」
いつになく上機嫌なアヤラセのようすに、リイアとライナは顔を見合わせ怪訝な表情をした。最近は滅多に会うことのなかったアヤラセの、この様子がどうにも解せない。不審に思って隣に立っているリキの顔を見れば、こちらも顔を赤くしたまま俯いて黙ったままだ。

「あ!」
リイアがハッと思いついて思わず声を上げた。そのまますすすとリキの傍まで寄ってきて、こそこそとリキの耳に口を寄せて呟いた。
「あのさ‥ひょっとして‥伴侶誓言式、挙げることになったとか‥?」
ズバリとそう言い当てられたリキは、赤かった顔をますます紅潮させてきゅっと唇を結んだまま、ゆっくりと頷いた。
「うわ!マジだ!」
「え、何?」
怪訝な顔のまま尋ねてきたライナに、またリイアはひそひそと囁き返す。驚いたライナは素っ頓狂な叫び声をあげた。

「リキとアヤラセ様が伴侶誓言式を挙げるって~~!?」

退異師会館の玄関ホールが、一瞬シン‥と静まり返り。
次の瞬間、ドォォッ!とホール全体がどよめいた。リキの方に駆け寄ってくる者、真偽を確認する者、隅の方で頽れている者、アヤラセに食って掛かっている者。そこにいたほとんどの退異師が動揺を隠さずに大声を上げて騒ぎまくった。
リキはいろんな人々に次々に声をかけられ、リイアとライナには首っ玉にまとわりつかれ、もみくちゃにされていた。アヤラセも大して変わらない。むしろアヤラセは色々な退異師から小突かれ引っ張られ、せっかくの準礼装が台無しになってしまっていた。

そんな大騒ぎに上の階から降りてきたヤルルアが、ホールにいる全員に向かってびりびりとする気合い声で一喝した。
「う る さ い!!」
再び、シン、となったホールに、今度はひそひそ声がざわざわと広がっていく。ヤルルアはじろりと辺りを睥睨しながらゆっくりとアヤラセに近づいてきた。
「珍しいなアヤラセ。何の用だ?そして何の騒ぎだ?」

アヤラセは飾り紐を引っ張ってきちんと直し、誇らしげに言い放った。
「ヤルルア!俺はリキと伴侶になる!伴侶誓言式を挙げたいんだ。今日はその相談に来た!」
うわぁぁとかぎゃああとか何とも表現しがたい声がまたホールに響き渡る。ヤルルアは呆れたように辺りを見回してからふうと息を吐き、リキの方に向き直った。
「リキはそれでいいのか?」
リキは少し恥ずかしそうに俯きながら頷いて答えた。
「‥‥こんな、俺でも‥アヤラセは、いいと言うてくれたから‥ヤルルアは俺の義理の親になる、よろしく頼む‥」

リキの囁くような声をじっと聞いていた観衆は、それを聞いてまたうおおお!と歓声を上げた。そしてそのままアヤラセを担ぎ上げると何度も上空へ放り投げ始めた。アヤラセも突然のことに驚いて「うわっ」とか「やめろ!」とか「落ちるって!」などといって騒いでいるのだが、その顔は終始笑顔だった。
茫然とそれを見ているリキの肩に、ヤルルアがポン、と手を置いた。
「こりゃあ、今日はよっぴいて宴会になるね。‥リキ、悪いな」
そう言ったヤルルアの横で、リイアとライナがにんまりと悪い顔をして笑っていた。



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