カベワタリの物語ーリキとアヤラセー(森蘭丸の弟、異世界に渡る 第二部)

天知 カナイ

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サイガに肩を支えられながら帰宅したリキを、珍しく先に帰っていたアヤラセが出迎え驚きの声を上げた。
「リキ!どうしたんだ!?」
「‥俺の不注意で、‥異生物にやられたんだ。大したことはない、二日も休んでいれば治ると治療師が言っていたから」
俯いたままそう説明するリキの横で、サイガが苦虫を噛み潰したような顔で黙っていた。サイガからリキを抱きとって、奥の寝台へ運び寝かせる。玄関に取って返すとまだサイガが立っていた。

「サイガ」
「アヤラセ様よ、リキはどうしちまったんだ‥?デヴィのことがあるにしても、最近の無謀な動きは目に余るぜ。‥死に急いでるやつみたいだ。二人は誓言式を挙げるんじゃなかったのか?とてもそんな幸せな時期のヒトにゃあ見えねえぞ」
アヤラセはサイガのその言葉を聞いて、唇を噛みしめた。
このところ、何かリキが懊悩していることはわかっている。時々、酷くうなされていることがあるからだ。はっきりとした言葉は出さないが、苦しそうに呻いているのを見かねて何度か起こしたやったこともあった。
何か嫌な夢でも見たのか?と尋ねるアヤラセに、リキは力なく笑って大丈夫だと答えるだけだった。

「何か苦しんでいることは間違いないんだが‥リキは自分のことはあまり口にしないからな‥」
「そうかもしれんが、そこを汲み取って聞いてやるのも伴侶の務めってもんだろう?アヤラセ様がしっかりしてくれねえと、リキは潰れちまうぞ。案外、こいつは脆いところがあるからな」
サイガはヤルルアに近い退異師だ。リキの身に起きたこともあらかた知っている。辛いことがあったと知っているのに、誤解を恐れずアヤラセに厳しく言ってくれるその実直さが、今のアヤラセにはありがたかった。
「‥サイガの言うとおりだ。‥明日から‥そうだな二、三日リキを休ませることは可能か?」

サイガがすうっと目を眇めてアヤラセを見つめた。そして封、と息を吐いて頭を掻き、くるりと背を向けた。
「怪我もしてるこったしな。明日から三日、リキは休みにしておく」
扉をガチャリと開けて出て行こうとしたサイガが振り返って付け加えた。
「頼んだぜ、アヤラセ様」
「わかった」
アヤラセがそうはっきりと答えると、サイガは後ろ手にひらひらと手を振って扉の向こうに消えた。

鍵を閉めて居間に戻る。リキは寝室から出てきていない。アヤラセは湯を沸かして焙煎茶を淹れた。リキも好んでいる茶葉だ。二つの茶器に焙煎茶を満たし、小さな茶菓を添えて盆にのせ、寝室へ運ぶ。
寝室の中は薄暗いままだった。リキは寝台の上に横になったまま、身動きしていないように見えた。
寝台横の小机に盆を置き、声をかける。
「リキ、お茶を淹れたから飲まないか。少し温かいものを飲んだ方がいい」
そう言いながら寝台に腰かけ、そっとリキの身体に触れた。

ぴくりと小さくリキの身体が震える。ゆっくりと顔をこちらに向けた。
顔色は悪い。このところ食欲も落ちていたからだろうが、やつれて見える。そんな蒼白い顔に手を当て、頬を撫でてやる。
「ほら、少し飲めよ。起き上がれるか?」
「‥すまない」
リキは素直に声掛けに応じ、ゆっくりと体を起こした。アヤラセが渡してくる茶器を受け取り、口に含む。
萎えた身体に温もりが腹から広がってくるのが感じられ、リキは思わず深く息をついた。そのリキの頭をアヤラセは優しく撫でた。

「サイガが心配してる」
アヤラセの言葉に、リキは肩を震わせた。そのまま茶器を盆の上に戻す。アヤラセの顔を見たくなくて、膝の上に顔を伏せた。
「‥リキ」
「‥‥心配をかけて、すまないと思ってる。だが‥大丈夫だから‥」
「そうは見えないからサイガは心配してるんだ。俺だって‥心配してる。リキ、最近夜あんまり眠れていないだろ?」
アヤラセはそう言いながらゆっくりとリキの滑らかな銀髪を撫でた。異生物の発生現場という厳しい環境で日々過ごしているのに、リキの銀髪は絹糸のように滑らかで美しかった。指先でするするとその銀髪を弄ぶ。
リキは顔をあげない。

「リキ」
「‥‥アヤラセ、申し訳ない‥こんな‥こんな俺で‥アヤラセをこの先、幸せにできるかわからない」
「リキ、言ったはずだ。リキのすべてを愛するって。‥ユウビのことやなんか色々気にしてるんだったら」
「そんな、そんなことできない!」
リキはいきなり声を荒げた。アヤラセは少し驚きはしたが、黙ってリキの様子を見続けた。リキは顔を伏せたまま、くぐもった声で続ける。

「怖いんだ。ユウビが目覚めたとき俺が何を思うのか。‥この国でムリキシャでもなくなってしまった俺に何ができるのか。そもそも、俺はこの国で生きていていいのか‥考え出すと止まらなくなって」
「リキ」
アヤラセは膝を抱えたリキの身体に腕を回し、そっと抱きしめた。リキはわずかに身体を震わせている。
「なぜ‥なぜ、生国しょうごくから全く違うこの国に来なければならなかったのか‥信長様や兄上たちは、あの後どうなったのか‥吾がおらぬことで何か悪いことでも起きてはおらぬかと」
「リキ」
言葉が昔に戻っているリキに対し、たまらない気持ちになってアヤラセはぎゅうっと腕に力を込めた。リキの言葉は終わらない。

「神や仏が吾をここに遣わしたというのなら、吾にはなんぞ役割でもあるのやも知れぬ。安穏と日々を過ごすばかりでおのれの幸せを享受する日々でよいのかと」
「いいんだよ、リキ」
アヤラセはそう言ってリキの頭に口づけた。そのまま耳にも、組まれた指先にも唇を何度も落とす。
「幸せになっていいんだよ、リキ。何度もそう言ってるだろ?リキが幸せになってくれたら俺だって幸せだ。ヒトは、生まれたからには幸せになっていいんだ。そのために生まれてきてるんだから」
リキは何も答えない。ただ、そっと手を伸ばしてアヤラセの手に重ねてきた。アヤラセはその手を握ってリキの耳殻を優しく噛んでやった。





ゴリキ統主統治国に呼びかけによって緊急に計画された四か国会議は、ランムイがその開催を呼びかけてから僅か四十日後には開催されていた。それだけ各国の強制性交幻覚剤パルーリア及び症状緩和剤パロクシアに対する危機感が高いものであったともいえる。各国は警戒からその被害者数を明らかにはしていないが、どの国もその被害に悩まされていることでは変わりはなかった。
「製造元を断つか、製造している裏稼業の者たちを一網打尽にするか。それくらいしか今のところ対策は立てようがない。いくら厳しく規制しても、細かいところまで目が行き届くわけではないだろうからな」
そう言うのは開催国であり、議長を務める聖タイカ合国の合国主ツイ・ランだ。ツイ・ランは七十歳のヨーリキシャで、解析にかけてはなかなかの腕をもつと言われている。しかし家が代々上院士を務めていたため、解析よりも政治の世界に入ってからの方が長い。実際家で明晰な人物だと言われている。

「ですが、そもそもの製造元や製作者の居場所もつかめていない状況なのでしょう?それとも近々何か情報がつかめそうなのですか?」
そう柔らかい声で厳しいことを言っているのはジャイラ島主国の大島主ムルファだ。現在108歳になるシンリキシャで、精神干渉の治療にかけてはリンクウ大陸で随一だと言われている。
「そもそも、製作者はゴリキ統主統治国の出身だと聞いている。ゴリキでは何か情報を掴んではいないのか?」
そう低い声で切り出したのはトレルーナ公国の大公ラニエリだ。五十三歳のシンリキシャで代々大公職についている家系である。いつもはもっとはつらつとした物言いの人物なのだが、どうも今日は口調が重い。

ラニエリの言葉を受けて肩をすくめながら返事をしたのは、ゴリキ統主統治国の神力シンリキ統主とうしゅであるランムイ。四十八歳のシンリキシャだ。
「確かに強制性交幻覚剤パルーリアなんていう厄介なものを生み出したのは我が不肖の子、ライセンですけどね‥二年ほど前に聖タイカに逃亡してしまったんですよ。当時随分聖タイカにも協力を要請したんですけどねえ‥はかばかしい協力が得られず、結局行方知れずのままです」
優しい物言いながらも含んだ棘を隠そうともしていないランムイに、合国主ツイ・ランはぎろりと鋭い視線を向けた。

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