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しおりを挟むジョーイはアヤラセのその言葉を聞いて、ふむ、と顎を撫でた。
「まあ、お前もいるしヤルルア様のいる退異師会館に今は所属してるってんなら、なかなか手は出しづらいだろうけどな」
アヤラセは黙って頷いた。そして心配な様子を隠そうともせずに呟く。
「‥‥このまま、みんなリキのことなんか忘れて放っておいてくれればいいのにな‥」
その呟きを聞いたジョーイは、ぐっとアヤラセの肩を掴んだ。顔を上げたアヤラセの目に、珍しく厳しい表情をしたジョーイの顔が映る。
「‥‥アヤラセ、それは無理だ。お前気づいていないのか?お前のマリキは、こうして相対しているだけで相手に圧迫感を与えるほどに増大してきてるんだぞ?」
アヤラセはそう言われて息をのんで俯いた。
自覚はあった。
リキの愛刀に溢れるほどのマリキを注入しても、身体に全く負担がかからない。今の仕事でマリキを使う場面も多々あるが、ちからの枯渇を感じたことがない。むしろいつもちからがみなぎっている感覚しかないのだ。
リキと同衾するまでは、治療などで大きくマリキを使った後は倦怠感に襲われることがままあったというのに。
この漲るマリキは、おそらくリキと性交することでどんどん補給、増強されているのだろうということはわかっていたし、この『カベワタリ』としての力があるからこそ、リキは狙われ続けるのだろうということも理解している。
だから、「放っておいてほしい」というアヤラセの願いは、叶うことはないのだ。
「‥‥わかってる」
そう、なんとか返事をしたアヤラセを、ジョーイは不思議な気持ちで眺めた。
退異師として知り合った時は、まだ子どもに毛の生えたような若者で、人を寄せ付けない冷たい雰囲気のマリキシャだったのに。
この何年かで、もっと言えばリキと出会ってからのアヤラセは、とても雰囲気が柔らかくなり親しみやすくなった。一方で何ともいえぬ強さをも感じさせるマリキシャになった。
ジョーイには『カベワタリ』についての詳しい知識はそれほどない。高能力者のちからが増えるらしい、というのもアヤラセの口から聞いて初めて知ったほどだ。
それを聞いた時には、そんな重要なことを自分を信じて打ち明けてくれたのだと思えば嬉しかった。
ほんの少し会っただけのリキのことを思い返す。礼儀正しく素直だが、どこか凛としたものを感じさせる若者だった。
アヤラセにも、リキにも、幸せになってほしい。
ジョーイはそう思いながら、アヤラセの背を軽く叩いてやった。
逗留している宿に戻ってきたラニエリを、思わぬ客人が待ち構えていた。憔悴しきっている主に気を遣いながらアツミが告げたのは、聖タイカ合国の上院士、コタ・シャの名前だった。
その名を聞いて、ラニエリは風呂場に向かい、冷たい水で何度も顔を洗った。洗面台に両腕をついて呼吸を整える。ぽたぽたと滴り落ちる水もそのままに今に戻ると、アツミが慌てて柔らかいタオルを持ってきてくれた。
「‥会おう。どこにいる」
軽く衣服を整えてから応接室に入ると、聖タイカ合国の実質二位の権力者であるコタ・シャは、まだ日も高いというのにのんびり酒杯を傾けていた。部屋に入ってきたラニエリを見ると、一度立ち上がってきちんと礼をした。
「お忙しいところに約定もなく押しかけて申し訳ない」
そう言うとすぐにまた腰掛けて酒杯を手に取った。ラニエリはさっぱりしたサヤ湯をアツミに頼んだ。すぐにアツミがそれを持ってくると、下がるように言いつけた。
部屋には二人きりだ。
「‥供周りの者もお連れにならず、こんなところにお越しになるということは、何やら難しいお話でもおありかな」
そう切り出したラニエリの言葉を聞いて、コタ・シャは酒杯をこつりと机に置いた。
「‥‥先日の会談の際には言及されなかったが、ゴリキがカベワタリを隠匿しているのはご存じですな』
『カベワタリ』と聞いてラニエリは身を硬くした。三年ほど前、トレルーナ、聖タイカ、ゴリキ三国の国境近くに出現したというカベワタリは、聖タイカ、トレルーナの再三の要求にもかかわらずゴリキが「我が国の領土に出現した」と言い張って隠匿を続けている。
『カベワタリ』の能力の伝承についてはそれぞれの国が厳重に秘匿しているため、情報の共有は行われていない。トレルーナ公国内では、幸運をもたらし個人の能力を上げ、繁栄につながるという何ともふんわりとした情報が伝承されていた。実際トレルーナ公国内でカベワタリが報告されているのは、公国という形になる前の時代のことなので疑わしい、とされているが、他国が欲しがるものならこちらも手に入れることを諦めるものではないだろう、というのが公会議院での見解だった。
三年も経って事態が膠着化してきている今、聖タイカがそれを切り出す理由とは何なのか。
ラニエリは脳内の情報を総動員しながら、返事をした。
「隠匿というよりは、どの国にも引き渡さない、という態度で一貫しているように思いますが」
ラニエリの返事を聞いて、コタ・シャは頬を歪めた。実際的で研究科肌の合国主、ツイ・ランに比べ、コタ・シャは即断苛烈、愛国家であることにおいても知られている。何よりも国益を一番とする人物である。
コタ・シャは小さく息を吐いて、笑ってみせた。
「そうですね‥しかし、我が国は今すぐに、『カベワタリ』が欲しいのです」
ラニエリは、コタ・シャの直截な物言いに眉を顰めた。この人物がここまであけすけに要望を口にすることはほとんどない。何が狙いなのか。
コタ・シャは背筋をぴんと伸ばし正面からラニエリの瞳をじっと見つめてきた。
「大公、お子様のことでライセンに脅しを受けていること、私は把握しています」
ラニエリの目がくっと見開かれる。知らず、椅子のひじ掛けに置いていた手に力が入った。‥‥まさかに、あの外道と共謀していたのか‥?
そのラニエリの心中を読み取ったのか、コタ・シャはくくっと含み笑いを漏らした。
「いえ、あの下衆とは特に共謀してはいませんよ。ただここは聖タイカの聖都、聖カ・ジュ。黙っていても私の耳には色々な情報が入ってくるようになっています」
コタ・シャはそう言うと、また酒杯を手に取って一口、酒を飲んだ。そして唇を舐めるようにしてから酒杯を卓に戻す。
「‥あなたは、次代の魔力統主候補、アヤラセの身柄が欲しい。‥‥我々は、そのアヤラセの恋人である『カベワタリ』が欲しい。どうでしょう、手を組む価値があるとは思いませんか?」
ラニエリは、黄色い目でこちらを射抜いてくるレイリキシャを眺めた。‥もし、断ればこの後このヒトがどのような行動に出てくるかわからない。しかもここは相手にとって有利な自国だ、
まだ会談はいくつか残っている。もう少しこの聖カ・ジュに滞在しなければならないこの状態で、コタ・シャの申し出を頭から断るというのはどう考えても悪手だった。
「‥‥具体的には、どのような点で共闘が可能なのか、お聞かせ願えますか?」
ラニエリの言葉を聞いたコタ・シャは、再び酒杯を手に取ってにやりと笑った。
「まずは、ともに杯を干しましょう。大公もぜひ、御酒を召し上がってください」
ヤルルアはランムイからの連絡を待たずどんどん裏社会に斬り込んでいき、そこで売買されていた強制性交幻覚剤を押収していった。ただ、同じくらい、むしろもっと流通しているはずの症状緩和剤が、全く流通していない。品そのものがないのだ。売人と思しきチンピラを何人か締め上げてみたが、「この何日かで供給が止まっている」という以上の情報は取れなかった。
実際、強制性交幻覚剤の中毒患者たちは、症状緩和剤が入手できないことでバタバタと命を落としていっていた。ヤルルアが聖カ・ジュに来てから把握しているだけでも、百人に近いヒトが命を落としている。今はどんなに金を積んでも症状緩和剤が入手できない、というのは裏社会でも話題になっていて、裏の様々な組織でもそれぞれ、その情勢が取り沙汰されているようだった。
これだけ強硬手段に出ているのに、ライセンのしっぽは掴めない。なんならライセン、という名前すらも出てこないし、強制性交幻覚剤を供給している人物や組織がどういうものなのかも非常に巧妙に隠されていて、なかなか芯の組織には辿りつけない。
ヤルルアの機嫌は史上最悪に悪かった。一歩裏通りに入れば、あちこちで強制性交幻覚剤重度中毒者の呻き声が聞こえる。その数はゴリキの比ではない。なぜ、聖タイカはこのような状況を放っておくのか。そう考えるだけでヤルルアの胸のうちにむかむかしたものが凝っていった。
聖タイカは、強制性交幻覚剤の蔓延よりも喫緊の問題がある、のか‥?これだけ市民が害されているというのに、ゴリキが四か国会談を持ちかけるまで、何の対策もしてこなかったように見えるのはなぜか‥。
ヤルルアは爪を噛むのをやめてだらりと身体の横に腕を投げ出し、目を閉じた。何かを見落としている。何を見落としているのか。
聖タイカの抱える問題とは。‥三年前、確かに聖タイカはリキの身柄を狙っていた。リキを手に入れてやりたいこととは何だろう。高能力者のちからを増大させること‥?いや、個人のちからの増大にそこまで国家ぐるみで躍起になるとも思えない。
だとすれば、『カベワタリ』にはまだ我々の知らない何かがあるのか?
未だ眠っている、ユウビとも何か関連があるのか‥。
ヤルルアは両手でぐしゃぐしゃと頭を掻いて髪を乱した。
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