カベワタリの物語ーリキとアヤラセー(森蘭丸の弟、異世界に渡る 第二部)

天知 カナイ

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ギラナが、リキの休暇を快く認めてくれた上に復帰時期は厳密に決めなくていい、と言ってくれた。
「このところのリキ様の様子を拝見していると、少し気持ちの整理をする時間が必要かとも思いますしね。‥‥伴侶誓言式のこともありますし、ゆっくりと時間を過ごすのもいいでしょう。ツトマにも一年ほども行っていないのでしたら、そちらでゆっくりされてもいいでしょう」
そんな言葉を受けてアヤラセは「あまりリキがいない時間が多くなると、俺もつらいんだけどな‥」とぶつぶつ零してはいたが。

少し余裕を見て、四日で往復することになった。機工車の手配やツトマ子果清殿への連絡はそれぞれジョーイやアヤラセがしてくれたので、リキは本当に自分の支度だけをすればよかった。
「もし、仕事でツトマ近くに行くことになったら俺も行くから。その時にはナガエ様に通信を送るからな」
「わかった、でもあまり無理はしないでほしい」
そう言って見上げてくるリキを見ていると、アヤラセは胸のうちがきりりと痛むのを感じた。

未だ眠っているユウビ。ユウビはその命も人生もすべてリキのために用意されたような生き物だ。最後に会った時のユウビの様子を思い返せば、ユウビが何よりもリキを愛し、大事に思っていることは痛いほどにわかった。
その、ユウビのところへリキを送り出すことに、複雑な思いがないわけではない。何があってもリキを愛する、という固い決意とは別に、リキがユウビにだけその心を振り向けてしまったらどうすればいいのか、という思いがどうしても心の底から消えてくれない。

(リキが、そんなに簡単に俺のことを忘れるはずはない)

何度もそう自分に言い聞かせ、出発前のリキの身体をこれでもかとばかりに抱きしめる。確かにリキのしなやかな肢体がここにあるのに、何かのきっかけでふっと消えてしまいそうな気がしてならなかった。

結局、リキがツトマに行きたいと言い出してから三日後に出立することになった。アヤラセは出立の日、朝から北部へ行かねばならず見送りはできなかった。家を出る前に強くリキを抱きしめ、これでもかとばかりに唇を貪った。「‥アヤラセ、これ以上はだめ、だ‥」とリキが喘ぎと共にそう告げるまで、アヤラセは腕と唇を離すことができなかった。
名残を惜しみながらも出勤していったアヤラセを、リキは複雑な思いで見送った。

アヤラセが何を心配しているか、少しはわかっているつもりだった。
ユウビはいまだ眠りについたままだが、リキが行くことによって覚醒する可能性もなくはないのだ。アヤラセがいないところでユウビと二人、という場面になったら、リキはどうしていいかわからなくなるかもしれない、と考えていた。

自分のアヤラセに対する愛情に疑いは持っていない。誰一人知るヒトとていないこの世界トワに来てから、アヤラセはいつもリキを支え愛情を注いでくれた。そんなアヤラセを愛さずにはいられなかったし、今でも深く愛し、大事に想っていることに変わりはない。

ただ、ユウビが目覚めてしまったら。ユウビに対して自分がどう感じるのかがわからないのだ。
アヤラセのことを忘れてしまっているときに、何度もユウビと身体を繋げた。日々、蕩かすような愛情と愛撫を受け、満たされた日々を送っていたことは確かな事実だった。
ジャイラ島主国の島都アヌラの子果清殿で、アヤラセの記憶を取り戻したのとユウビが眠りに入ってしまったのはほぼ同時だった。

アヤラセとの記憶を取り戻してから、ユウビと対峙した時間はほとんどない。
目の前にアヤラセとユウビの二人が並んでいたら、自分はどのような感覚になるのか。
自分の中にある感情はどのように揺れるのだろうか。それが全く想像もできないことが、リキを苦しめた。

理屈の上で言えば、アヤラセを優先すべきだろうことはわかっているし、実際アヤラセのことはこれ以上ないほどに愛している。
しかし、ユウビに向かう自分の気持ちはそれにも劣らないものだということも、感覚でわかってしまう。
リキは深いため息をついて、旅用の重い鞄を手に取った。



大子果樹清殿。
聖カ・ジュの中でも小高い丘の上に建てられた荘厳な子果清殿は、この街の中でも特に目立つ建物だ。
建物自体は通常の子果清殿の形式とあまり変わらないが、その中央部は広く開口しており、そこから大きく天を衝いている大子果樹の梢がのぞいている。
大子果樹とは、今のところ聖タイカ合国でしか確認されていない子果樹だ。
通常、子果樹はムリキシャが生まれたときに手に握っているハリ玉を種として育ち、そのムリキシャにしか世話ができない。無論、自分の子果樹でないと子果を望む伴侶たちに授けることもできない。ムリキシャが死ねば、子果樹もその命を終え幹も枝も砕けて銀の砂となる。

ところが、五、六百年ほど前からあると言われるこの大子果樹は、ムリキシャでなくても世話ができ、子果もそれを望む伴侶たちだけの祈りで得られる、貴重な子果樹なのだ。
聖タイカ合国は、ムリキシャの数が他国に比べ少ないのに、他国と遜色のない出生率を維持しているのはひとえに、この大子果樹のお陰であるといっても過言ではない。
このような子果樹は、今のところ聖タイカ合国以外の場所では確認されていない。ムリキシャの数が少ないことは、どの国にとっても懸念されることだ。これまで、様々な国が、この大子果樹の秘密を探ろうとしてきたが、それが解き明かされることはなかった。そもそも、聖タイカ合国の中枢にいる人々さえ大子果樹の由来を知らないのだ。

だからこそ、大子果樹の存在は聖カ・ジュに住む人にとっても聖タイカ合国の民にとっても、非常に大切なものであり、心の中の支えともいうべきものだった。

大子果樹の梢は、真銀の輝きを放ち遠くからでもそのきらめきが確認できるほどである。
聖カ・ジュの市民たちは、大子果樹の見え具合で天候を予測すると言われるほどだった。それほどに、聖カ・ジュに住む人々にとって大子果樹はなくてはならない、大切な国の象徴だった。

そんな大子果樹が収められている大子果樹清殿。通常、子果清殿にはムリキシャが住み、そこに植えられているおのれの子果樹の世話と、子果の授けを行う。
しかし、この大子果樹清殿には大子果樹しか植えられていない。それは他の子果樹と比べ物にならないくらい大子果樹が大きいからである。
とは言っても、その幹はヒト二人で手を繋げば回るほどの幹しかない。それなのにその幹からは天を衝くほどに高く梢が伸び、そこから枝分かれした銀色の條々が雨のように周囲に枝垂れている。

時折、開放された上部から風が吹き抜けるとしゃらしゃらという美しい音を立てる。
大子果樹は、そのような樹だった。


今日も子供を望む伴侶たちが続々と大子果樹清殿を訪れ、受付に列をなしている。ここではムリキシャの力添えが不要なので、伴侶たちはそれぞれ自分で枝を選び子果を授けてくれるよう祈る。すぐに子果が実る場合もあれば二十分程も祈ってようやく実るときもある。稀に実らない時もある、このように子果の実りがバラバラなので、伴侶たちには一律、一時間という持ち時間が与えられている。
この持ち時間でうまく清殿を回すために、ここの職員は受付をして振り分けていくのだ。
どうせ子果を望むなら大子果樹で、と考える市民は多く、いつも大子果樹清殿の前は賑やかだった。

その、賑やかな集団と受付を無視して奥に入っていくヒトがひとり。
職員も一瞬その姿を見とがめるが、纏っているのが上院士の正装であることから視線を逸らしていく。
上院士コタ・シャは、十日に一度は必ずこの大子果清殿を訪れていた。

十五年ほど前から少しずつ見え始めた、大子果樹の異常を観察するためである。

大子果樹は、十五年ほど前から、少しずつ朽ち始めているのだった。


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