カベワタリの物語ーリキとアヤラセー(森蘭丸の弟、異世界に渡る 第二部)

天知 カナイ

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勝手知ったる大子果清殿の中を、コタ・シャは迷いなくすたすたと歩いていく。大勢の伴侶たちが行き交う通路を通り過ぎ、一般には公開されていない大子果樹の中心部に通じる道へと向かう。
一般の子果を望む伴侶たちは、大子果樹の中心から半径1カート(=約9m)より外側に枝垂れている部分にしか立ち入りができない。

通路を通り抜け、大子果樹の幹に辿り着く。
「‥ふう‥‥」
大子果樹の幹の周囲はおよそ三十カル(=約2,7m)程と、そこまでの太さではないがそこから伸びている枝々は無数にあって、幹の傍に立って見上げると空は一面の銀の枝で埋め尽くされているようだ。
コタ・シャはいつものように上を見上げて、ため息をついた。大子果樹番のレイリキシャが、すぐ傍に控えている。
「‥また、落ちたのか」
「‥はい、昨日からは十二本の枝が落ちました」
「‥そうか」

レイリキシャは黙って俯いたままだ。
枝は、夜の間に落ちている。大子果樹番の者たちで朝落ちた枝を回収することが、この十五年ほどの秘された役目だった。
子果樹の枝や幹は、本来その主であるムリキシャが死ぬと枯れて次代の子果樹を育てる銀の砂となる。大子果樹の枝も同じで、幹から落ちた枝は一定の時間が過ぎると、銀の砂になってしまう。だから、本当は十五年より前に枝は落ちていたのかもしれない。

今はまだ、溢れんばかりの枝々がこの大子果樹清殿の空を埋め尽くしている。だが、ずっと観察している大子果樹番は、その枝ぶりが少しずつ減少しているのに気づいていた。それは十年ほど前から報告を受け、観察し続けているコタ・シャも同じである。

枝が落ちているという報告を受け、上院では様々な話し合いがもたれ、国庫に保管されているあらゆる古文書が引っ張り出され、検分された。しかし、有用な情報は何もなかった。
ただ、古文書の中でも一番古い『建国記』の中にあった一節。それに、聖タイカ合国の上院士たちは希望を持った。


『大子果樹の恵みは‥‥カベワタリ‥‥‥によって‥‥もたらされた』


古い言葉で書かれ、一部読めない部分はあったが、そのように意味が取れる文章であった。
その一節を発見した聖タイカ合国では、総力を挙げて『カベワタリ』の捜索を始めた。その間にも大子果樹の枝は日々落ちていく。国民に疑問を持たれる前にこの問題を解決しなければ、もともとムリキシャの出生率の低いこの国は恐慌状態に陥ってしまうかもしれなかった。
とはいえ、『カベワタリ』そのものが非常に珍しい現象だ。国際規定上、出現した国が保護することに決まっているのだが、聖タイカではそんな建前に構ってはいられなかった。広いリンクウ大陸全土に諜報部隊を張り巡らせ、様々な場所から情報を取ってきた。

そんな時、聖タイカ合国の高位キリキシャが、「気読み」を行い「カベワタリが国境近くに出現する」と宣言した。
そのカベワタリは隣国、ゴリキ統主統治国に現れて現地で保護されたという情報を掴み、それをずっと追っていたのに、手に入れられなかった。第三者によって誘拐されたことで警備が厳重になり、しかもしばらく後には統都アキツマへと移住されてしまった。
傍にいるのが次代の魔力統主候補であるということも、手出ししづらくなった一因だった。

『カベワタリ』自身も退異師の真似事ができるほどには腕が立つらしい、という連絡も受けている。発見から三年、膠着してきたこの問題を、どうにか先に進めねばならない時期に来ている、とコタ・シャは考えていた。
たとえ、非合法な手段を取ってでも。
それがこの国の未来のためになることならば、手段は選ばない。

コタ・シャはさやさやと涼やかな枝ずれの音を立てている大子果樹を見上げた。
「この国のために‥必ず、カベワタリを手に入れる‥!」



久しぶりに乗る遠距離機工車に、リキは少し懐かしさを感じていた。タリエ村からの移動で初めて乗ったときは、驚いたものだ。このようなからくり仕掛けの乗り物があるということをのみ込むまで、ずいぶん時間がかかったのを覚えている。
今回は乗る距離が長いので、少しゆとりのある一級座席を取った。一級座席は他の車両より少し座席数が少なく、椅子が大きめに作られている。
ツトマまでは乗り換えなしでおよそ五時間ほどだ。朝の時間に乗り込んで、昼過ぎにはつく予定である。とはいえ、途中で異生物の発生などに邪魔されなければの話だが。

ジョーイはなかなかによい旅の仲間だった。細かいことに気はつくし、何より色々な場所を行き来することの多い無所属の退異師であるジョーイの話は、どれも興味深くおもしろかった。タリエ村とツトマ、アキツマの限られた場所しか知らないリキにとっては新鮮な話が多かった。
ジョーイが各地に持っている馬の話も興味深かった。ジョーイはツトマとアキツマ、それから北部の街と海沿いの街の四か所に一頭ずつ馬を持っているらしい。普段は貸し馬屋に預けているらしいが、近くに行った際にはその馬とともに旅をするのだと教えてくれた。

「ジョーイはいくつくらいの時から馬に乗っているんだ?」
「ただ乗っただけなら十一歳くらいだったかなあ。近所に馬を十数頭ばかり持っている農家のヒトがいてな。世話をする代わりに、時々乗せてくれてたんだ。それで馬に愛着が湧いちまってよ」
「そうか‥俺の生国しょうごくでは、馬はもう少し小さかった。この国の馬は大きくて俺では乗り降りするのも一苦労だな」
苦笑しながらそう言うリキの肩を、ジョーイは笑いながら叩いた。
「でも、リキも随分背が伸びたしもう乗れるんじゃないか?ツトマについたら、また俺の馬に乗せてやるよ」
リキはぱあっと顔を明るくした。
「それは嬉しいな!この国に来てから、ずっと一人で騎乗してみたいと思っていたのだ」
ジョーイはあははと明るく笑った。
「そんくらいならお安い御用だ。子果清殿に着いたら、俺も一度仮宿に帰るから、それから馬を連れて行くよ』


異生物の発生に阻まれることもなく、予定時刻に機工車はツトマに着いた。停車場からツトマの子果清殿まで歩いていく。久しぶりに歩くツトマの街には、褐色の肌を持つジャイラ島主国人の姿が目立っていた。
(ここを去るときに聞いていた、ジャイラのヒト達か‥子果清殿を訪れているのだな)

その遠因となったのは自分でもあるので、その姿を見れば複雑な気持ちになる。自分はムリキシャとされながらも、人々に子果を授けることはできなかった。それなのに”ウツロ”であった自分の精神を回復させるため、ジャイラ島主国から子果を授かりに来るヒトたちを受け入れるという条件をのまざるを得なくなり、子果清殿にいる人々に負担をかけることになった。
きりりと痛む胸を抱えながら、街の中を歩く。
(‥ここを離れてそのことを忘れていたなんて‥‥俺はなんて恩知らずなんだ。自分の幸せを考えていいとアヤラセは言ってくれたけど‥だからといって払われた代償を忘れていいわけなどないのに)


重い足取りになったリキのことにジョーイは気づいていたが、知らぬ風を装ってそのままともに歩いていった。


子果清殿には今日も大勢の人々が列をなしていた。季節はナツの終わりで、人々が多くなる時季である。子果清殿の入り口辺りに受付の台がいくつも並んでいた。
その台よりも少し前のところで、緑の髪を結い上げ清官の制服を着たヒトがうろうろと歩き回っている姿が見えた。
リキはその姿を見て思わず大声を上げた。
「アカーテ!!」
アカーテは声にハッとしてリキの方を向き、その姿を見つけたかと思うと転がるようにして小走りでリキの傍までやってくると、ひしとしがみついてきた。
「リキ様!!リキ様お久しゅうございます!‥お元気そうで‥よかった‥」
すぐに涙声になっていくアカーテに、リキも胸に迫るものがあった。

ここ、ツトマの子果清殿でアカーテにはかなり世話になっていた。ムリキシャとしての生活や生き方、そしてこの街での様々な生活のあれこれを、アカーテは優しく教え導いてくれた。
自分が”ウツロ”になってからも、アカーテはよく世話をしてくれていたと聞いている。ジャイラでの事件以降は、ほとんど手紙のやり取りでしか交流はなかったが、その手紙も遠方に離れた子どもを想う親のように、いつも優しいものだった。

リキもしっかりと小柄なアカーテの身体を抱きとめた。
「本当に‥久しぶりだ。アカーテ、元気だったか?」
「はい、はい‥!私もポロシルも元気ですよ。ナガエ様もお元気です。今日は所用があってお留守にされておりますが、明日にはお戻りになります。さ、どうぞこちらへ!」
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