カベワタリの物語ーリキとアヤラセー(森蘭丸の弟、異世界に渡る 第二部)

天知 カナイ

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案内されたのは、以前ここを出る前にユウビと暮らしていた高能力者コウリキシャ用の広い部屋だった。
「アカーテ、俺は一人だしこの部屋じゃなくていい」
とリキは遠慮をしたのだが、アカーテは
「いえ、リキ様のお身柄が安全でないことはアヤラセ様からも伺っておりますので!警備上もここにおいでくださった方が安心ですから」
と、がんとして聞き入れなかった。

部屋はどこも変わった様子はなかった。もともと貴賓室のような扱いの部屋であったので、備わっている調度品はそれなりに上品で良いものばかりである。寝台が据えられた部屋に入ると、懐かしさがこみ上げてきた。多くもない荷物を台の上に置き、部屋の中を歩く。
寝台の傍に寄って、そっと天蓋の柱を撫で、腰かける。
この寝台で、幾度となく抱かれた。
アヤラセにも‥‥ユウビにも。

記憶がなかったからのこととはいえ、自分の不誠実さがたまらない。
何よりリキの気持ちを暗くしているのは、‥‥もし自分が記憶を持ったままだったとしても、ユウビを拒めたかどうかわからない、という心の奥底の気持ちの方だった。
ユウビとの間には、子果樹との間にもあるような、切り離せない絆を感じてしまう。
無論、アヤラセへの愛情は変わりなくあるのに、そう思う自分の気持ちを曲げることができないのだ。

かといって、アヤラセと離れることも考えられない。
自分はこんなに多情な人間だったのか、と自分自身やりきれない心境になる。
しばらく目を瞑って、じっと考えを巡らせていたが、意を決したように立ち上がる。
ユウビがいる、子果樹庭園に向かうことにした。

アカーテがついて来ようとしてくれたが、大丈夫だからと断った。
今は昼過ぎで、子果を求める伴侶たちがたくさん子果清殿の中を歩き回っていた。その人々の中を避けるようにして子果樹庭園に急ぐ。
リキの子果樹があったのは、子果樹の若木が植えられる少し離れた庭園だ。そっと中に入れば、一本のまだ背の低い若木が目に入った。新しいムリキシャが入ったのだな、と微笑ましく眺めながら奥へと足を進める。
そこに、ユウビが眠る繭があった。

ユウビを囲んだ繭は、もともとリキの子果樹だった。
この子果樹が、ジャイラでの事件で眠りについたユウビを繭のようになって包み込んでしまい、リキとのつながりも切った。
本来、ムリキシャと子果樹のつながりは死ぬまで切れない。
リキが心理的に不安定になりがちなのは、子果樹とのつながりが切れたせいかもしれませんね、と手紙の中でナガエが言っていたのを思い出す。

元々銀と金の輝きを持っていた子果樹は、色味はそのままで大きな繭になっている。子果樹の輝きは、まるで中にいるユウビの鼓動のように、一定の間隔で明滅を繰り返していた。
「ユウビ‥」
子果樹の眉に、そっと手を触れてみる。ひんやりとした、子果樹の枝と同じような少し硬質な感触がある。
しかし、そこから何も感じ取れることはなかった。
子果樹は静かに、一定の間隔で輝きを示しているだけだ。
「ユウビ」
はっきりと言葉にして呼びかけてみても、なんの変化もなければ応答もなかった。

ふっと身体から力が抜け落ちた。
何となく、今自分がここにきて触れれば、何らかの変化があるのではないかと思っていたのだ。しかし、呼びかけても触れても、子果樹の繭には何の変化も見られなかった。肩透かしのような気分になるとともに、どこか安心している自分もいた。

今、もしユウビが目覚めたなら、自分はどのような行動をとっただろうか。

それを確かめるためにここに来たのだ。自分がここにきて、ユウビの眠る繭に触れれば、ユウビが目覚めるのではないかという思いがあった。
しかし、ユウビは目覚めなかった。
ユウビの眠る繭に触れても、何も伝わってこない。子果樹が元気だったころの、あの温かい心のつながりを思い出すと、心がキリキリと痛んだ。

ユウビの繭の前に座り込んでいるリキのところに、アカーテがやってきた。
「リキ様」
「‥アカーテ」
銀の砂地に座り込んでいるリキの手を取って立ち上がらせ、砂を払ってくれる。そしてにっこりと笑った。
「リキ様、清殿の者たちがリキ様にお目にかかりたいみたいなんです。でも、みなそれぞれ仕事もありますので、これからこのアカーテとともに、皆のところを回っていただけませんか?」

リキの気持ちを察したアカーテの気遣いだ、ということは重々理解していたが、その優しさに乗せてもらおうと思い、リキは頷いた。
ほぼ一年ぶりの子果清殿は、そこまでの変化はなかった。ここを発つ前に増えていたジャイラ島主国人の伴侶も相変わらず一定数いる。ただ、昔は日々絶えなかった小競り合いがあまり見られなくなっていた。それをアカーテに訊くと、
「政府による周知が少しは行きわたった、というのと、ジャイラの方で問題を起こさないように、とゴリキにやってくる人々に向けて注意喚起をしてくれたみたいなんです。それが功を奏しているらしくて」
との答えを得られた。

人々の諍いも、ちょっとした気遣いや工夫で避けられるものもあるのだな、と思うとともに、やはり戦などはない方がいいのだ、とも思った。武士として、戦うことを選んでいた自分を思えば複雑な気はするが、何も戦での手柄だけを好むのが武士ではないはずだ。

気を取り直して、見知った顔を訪れれば、みな一様に喜んでくれた。アカーテの伴侶であるポロシルは、今年入ってきたムリキシャの担当になったようで、まだ十歳ほどに見える子どもを二人連れて、色々と教えていた。
ムリキシャの子どもたちはリキの目の色を見て綺麗だと騒ぎ、ポロシルに叱られていた。無邪気な子どもに触れあったのは久しぶりで、リキは子どもたちのあれこれに笑いを誘われながらポロシルをなだめた。子どもたちは親元から離れ、このツトマの子果清殿で暮らし始めてやっとひと月が経ったところらしい。
やんちゃな様子の子どもたちとポロシルを見ていると、親子のようにも見えて微笑ましかった。

他のムリキシャ達にもそれぞれ仕事の合間を縫って話をした。繭に姿を変えてしまったがリキの子果樹だったものがあるせいか、いまだに子果樹の実りがいい、という話を聞きリキは内心安堵した。自分の存在価値があるのだと言われたようで単純に嬉しかった。
「しかも、何人かの伴侶たちが手紙をくれたんですけど、子果をいただいてからの胎への実りもいいらしいんです。まれに子果をいただいても、子が実らないこともありますから‥」
そう語ってくれたムリキシャもいた。

この、子果を授かりそれをいただいてから出ないと子ができない、という仕組みは
、何度そう教わってもリキにはピンとこないものだった。男女の別がないことも何度も説明され呑み込んではいるが、どうしても男女に分けて見てしまう自分がいる。そんなことであるから子を産むのはどちらでもいいというのも、なかなか呑み込めなかった。
自分とアヤラセであれば、陰茎を受け入れる方に子が実るのだ、と言われ、それでは自分が子を産む方なのか‥?と愕然としたことがある。顔色を真っ青にしたリキに、アヤラセが慌てて「俺が産んでもいいんだから!あんまり考えなくていいから!」と言われたのは記憶に新しい。

自分は産むとしたら‥尻から子どもを生み出すのだろうか?アヤラセの陰茎を受け入れているだけでも不思議なのに、あんなところから子が産まれるとは到底考えにくい。
しかしそこでふとリキは思い至った。

自分は、子を持てるのだろうか?
自分の子果樹には、通常の子果は実らなかった。
一般のヒトでも子果が授かれない場合があると聞いている。子果を授かるときは、ムリキシャと伴侶が手を繋ぎ、端になったヒトがそれぞれ子果樹の枝を握って目を閉じ、祈る。するとその枝に子果が実る。実る場合、どんなに少なくとも伴侶の数だけは実る。つまり伴侶が二人なら二つ、伴侶が三人なら三つ実るのだ。時折、それ以上に実るヒト達もいる。ツトマの子果清殿では一度に生った子果の最高数は、二人伴侶の十二個らしい。
ナガエがツトマにやって来た年に実ったそうで、今から四十五年ほど前だということだった。
平均的には、四個から六個が多いらしい。子果清殿に来ること自体は、子果納め金さえ払えば何度来ても構わないので、一組の伴侶が生涯に得る子果の数の平均はわかっていないということだった。

しかし、ヒトに子果を授けられない自分が、果たして子果を授かれるのだろうか。

ユウビの繭の横に枝を伸ばしている若木を見ながら、リキはまた昏い気持ちになった。


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