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しおりを挟むリキがツトマに出発したその日、アヤラセは魔力統主候補の仕事で、北部にやってきていた。
ゴリキ統主統治国の北部は、国一番の高峰、シトラセル山を背を受けて峻険な地域が多い。平野部が少ないこの地方では、自然と人々は山肌に見える狭い草地などに住むしかなくなる。昔からそうやって山肌のわずかな平地に住んでいた人々だったが、最近は平野部や都市部に流出していく者も多く、人口の減少が大きな問題になっている。
シトラセル山は470カート(=約4230m)の高さを誇り、山自体がゴリキの北の守りとなってはいる。しかし、その山を越えた向こうにあるアランガルル山岳国は好戦的な民族であり、何度停戦約定を結んでもすぐにまた小競り合いをしかけてくるという、油断のできない相手だった。
そのため北部には退異師の他に、統治国軍が平常でも三大隊が常駐している。これが人数にすれば約三千人となるので、これらの衣食住を賄うのにも現地住民の協力が必要になってくるのである。
国防の観点から言っても、人口減少を食い止めること、またこの地域住民の利便性を上げることは急務なのである。
魔力統主としての仕事は、主に医師の派遣と退異師の確保である。退異師はそのほとんどがレイリキシャかマリキシャである。それは、異生物を倒せる武器回路にちからを込めることができるのが、ほとんどの場合レイリキシャとマリキシャだからだ。
退異師には、国の運営する「退異師会館」に所属している者と、無所属で都度契約をして戦う退異師の二種類がある。
アヤラセが管理するのは、退異師会館に所属している退異師たちである。異生物の発生は突発的なものが多いが、その中でも多少の規則性はある。例えば天気の悪い日に出やすく、また自然の多いところに出やすいなどとされている。
つまりこの峻険で厳しい自然に囲まれた北部地方は、退異師を常駐させておかないと危険な地域でもあるのだ。しかし、このような辺縁の地に好き好んで来たがる退異師などは少ない。そこで退異師会館に頼んで報酬を少し上乗せした上で来てもらっているのが現状である。この常駐する退異師たちのためにもやはりこの地域の社会基盤の充実や、そこで働く住民などが必要となってくるのである。
今回は三位退異師でもある、魔力統主候補のヤッカもともに来ていた。アヤラセはこの一年で数度この地方に足を運んだことがあったが、ヤッカはここに来ること自体が初めてのようで物珍しそうに景色を眺めていた。
「アキツマに比べると随分と冷えるな」
「標高が高いですからね‥アキツマよりも160カート(=約1440m)は高いみたいですし」
ヤッカにそう答えてから街を見回す。
やはり、子どもの数は少ない。ここで子どもを育てようというヒトが少ないのだ。おそらくここに住んでいる人々の大半が、子どもがある程度大きくなっているか、すでに成人して親元を離れているかだった。
「‥なかなか、人口を増やす、というのは難しいもんですよね‥」
ぼそりとそう零したアヤラセにヤッカも首肯して答えた。
「ただ人を増やせばいい、ということではないからな。その地に腰を据えて住んでもらって、なおかつそこで子どもを育ててくれるというヒトが増えないと定着は難しい」
「北部は子果清殿も少ないんですよね。この街から一番近い子果清殿まで、機工車を使っても半日以上かかるんですよ」
ヤッカは腕組みをして顔を顰めた。
「機工車でずっと移動できない経済状況の者もいるからな。子果納め金の他に、旅費や滞在費も大きな負担になる」
「ですよね‥」
二人は魔力統治支部に着くまで、議論を交わし合った。支部の建物に着くと、国軍の責任者、退異師会館北部支部長、北部医師連会会長、この街の政長などが待ち構えていた。
「お待ちしておりました、ヤッカ様、アヤラセ様」
医師連会会長が慇懃にそう言って頭を下げる。この曲者のお陰で随分と悩まされているので、アヤラセはやや苦い思いでそれに答えた。
「‥ご無沙汰しております、お待たせ致しました」
ヤッカは黙って軽く辞儀礼をした。
「できそうですか?」
とすぐさま要件を訪ねてきたのは、退異師会館北部支部長だ。レイリキシャの支部長が求めているのは、恒久的に営業をしてくれる花宿(=娼館)の設置だった。北部には表立ったそういう店がなく、個人的に客を取る美花売り(=売春者)しかいなかった。
ヤッカが眉を寄せたままの顔で応える。
「そのためには正規品の性交幻覚剤が安定供給されないとならないからな。その供給線を確保しなければならないが、今は強制性交幻覚剤の問題もあってなかなか厳しいものもある」
「とはいっても、荒くれの多い退異師を根づかせるためには花宿は必須ですよ。花宿があるってことは、伴侶を得られる可能性があるってことですからね」
花宿にいる者を気に入って伴侶としてつきあい始めるものが間々ある。。納得ずくで働いている者に対して、この世界ではそこまでの忌避感は持たれないことが多いからだ。
「退異師自体はなかなか出会いの少ない職業ですからね。花宿がないと行きたくない、という退異師も多いんですよ」
「その訴えは耳に入っているから知っている」
ヤッカは顔色を変えずに答える。ヤッカはフィオナも心配していた通り真っ直ぐすぎるきらいがあるので、相手がどう感じるかなど考えない言動を取ってしまうことが多い。
「花宿は、軍としても早急に設置していただきたいな。英気を養う場所としても、息抜きの場所としても機能してほしいものだ。‥あとはやはり、医師の数をもう少し増やしてほしい。従軍医師だけでは非番の時の兵士たちまで賄えない」
割り込むようにそう言ってきた国軍責任者に対し、冷たい声で医師連会会長が言葉を投げる。
「医師は軍のためだけにいるのではありません。一番には、ここに住んでいる住民が異生物被害を受けた時などのために動くのが本当です」
「そんなことはわかっている!」
「喧嘩ばかりしていても話は進まないぞ」
二人を諫めるでもなく淡々とそう言い放つヤッカに、アヤラセは思わず片手で目を覆った。
‥‥また、長い折衝が始まりそうだ。
聖カ・ジュの目抜き通りから二本ほど奥に入ったところにある小規模な食事処がある。そこに、黒い小型機工車が続けざまに二台停まり、ひっそりと何人かのヒトが降りて中に入っていった。
中に入れば、分厚い壁に囲われた個室に案内される。
決して広いとは言えない部屋の中で、トレルーナ大公ラニエリと聖タイカ合国の上院士コタ・シャが二人だけで顔を合わせていた。互いの侍従は外に控えている。
「では、わが国の『影の葉』を、次代魔力統主に差し向けましょう。‥公国からは?」
「‥金近衛団の兵士をカベワタリに振り向けよう。カベワタリは、腕は立つと聞いたが」
そう曇った声で言うラニエリに、コタ・シャは頷いた。
「どうやっているのかはわかりませんが、退異師としても働いているようですね。多分、その次代からマリキをわけてもらっているのでは、ということのようです」
「‥‥他人のマリキをわけてもらって使う、などということができるのか‥?」
コタ・シャは肩をすくめてみせた。
「さあ、わかりません。事前の情報によれば、カベワタリは一応ムリキシャのようですが、今は自分の子果樹を持っていないようなのです」
ラニエリは目をみはった。‥子果樹を持たないムリキシャなど聞いたことがない。その様子を見て、コタ・シャが喉奥でくくっと笑った。
「‥‥本当に公国はカベワタリのことを重要視されていなかったのですね‥情報を追われてはいないようだ」
ラニエリはむっとして、コタ・シャを睨んだ。
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