カベワタリの物語ーリキとアヤラセー(森蘭丸の弟、異世界に渡る 第二部)

天知 カナイ

文字の大きさ
28 / 42

27

しおりを挟む

「我が公国は、国内の安全平和を旨としておるのでな」
コタ・シャに向かって、ラニエリはわかりやすい嫌味を投げた。国内平和とはとんと縁のない聖タイカ合国への当てこすりである。
しかし、コタ・シャはラニエリの言葉など気にもしていない様子で微笑み返した。
「お平らなお国柄で羨ましい。‥我が国は成り立ちから複雑で歴史も長い国なもので」

建国来の歴史が倍ほども違う聖タイカの者の言い分に、きっとなってラニエリはコタ・シャを睨みつけた。コタ・シャは涼しい顔をしている。
その顔をしばし睨んでから目を逸らし、ラニエリはため息をついた。
「‥こちらがカベワタリに執着していないのは、その通りだ。それよりも喫緊の問題があったのでな。‥聖タイカは、カベワタリを使って何をしようとしている?」
冷静になってそう問い返してきたラニエリに、コタ・シャは初めて冷たい声を出した。
「それは、貴国の関与するところではない。わが国にはカベワタリの協力が必要というだけだ」

「ふむ」
ラニエリはコタ・シャの射るような視線を正面から受け止めて見つめ返した。

二人の視線が狭い小部屋の中で火花を散らしているかのようだった。しばしの沈黙の後、すっとコタ・シャが視線を逸らした。
「とにかく、お互いに必要なことをするまでのことです。カベワタリの件、くれぐれもお願い致します」
「そちらこそ、次代魔力統主候補の確保を頼む」

もう一度、ばちッと視線をぶつけ合った二人は互いに不敵な笑みを浮かべ、長椅子に座り直した。
「‥‥では、今後の細かい日程と連絡法を詰めようか」
「ええ」
小部屋では、二人の政治家の低い声だけが小さく行きかっていた。




「リキ様!お久しゅうございます」
「ナガエ様、ご無沙汰しております」
リキがツトマ子果清殿に着いた翌日、朝食の後でナガエが待ちきれずにリキの部屋までやって来た。ナガエは相変わらず、精力的に働いているようだった。子果清殿でライセンによるムリキシャ殺害という事件が起こり、ナガエはムリキシャの清殿管理会に進退伺いを出していた。自分の責任は軽くないというナガエの考えからのことだったが、管理会は「異常事態であり、ナガエ個人に責任はない」との判断でツトマ子果清殿長の任を継続することになったのだ。

ナガエからしてみれば、二年ほど前に珍しいハリ玉とともにやって来たリキとアヤラセが、まるで自分の子どものように思えてしまうのだった。この二人が、色々と大変な時期を乗り越えて今ともにあること、それがナガエには奇跡のように思えて嬉しいのだ。
手紙では、伴侶誓言式を挙げることになったと聞いており、清殿の者たちとどんな祝いを送ろうかと楽しみにしていたのだが、目の前のリキの顔を見ればとてもそのような心浮き立つ時期の者とも思えない様子で驚いた。

「‥清殿の者たちとは、もうお会いになられましたか?」
「はい、昨日アカーテが色々案内してくれて‥皆忙しそうなのに、申し訳なかったです」
「とんでもない。リキ様のことは、清殿の者もみな心配しておりましたから、喜んでいたことでしょう」
ナガエの言葉に、昨日の様子を思い返す。自分で考えていたよりもずっと、この清殿にいるものたちはリキのことを気にかけてくれていたようだった。改めてそのことに気づかされ、ありがたいことだと思った。
「‥はい。一年足らずほどしかいなかった私のことを、みな本当に気遣ってくれて‥嬉しい言葉を、たくさんもらいました」
「それはよかったです」

ナガエは微笑んでリキを見た。どこか、少しやつれているように見える。そう報告してきたアカーテの言葉は正しかったのだ、とリキの顔を見れば気づかされた。
「‥‥リキ様、少しお話してもよろしいですか?」
「はい、ナガエ様がお忙しくなければ。じゃあお茶を淹れましょうか」
リキは部屋についている簡易厨房に行き湯を沸かし始めた。茶葉は昨日アカーテが置いていってくれたものがある。茶器が入っていた棚を探せば、以前に見たことのあるそれをすぐに見つけることができた。
お茶の支度をしているリキを、ナガエは黙って見つめていた。

自分の役割がわからず茫然としていた、まだ幼さが残っていた頃のリキを思えば、随分と成長したものだ、と感じる。
カベワタリの知識はあってもその当人を目にしたのは、無論ナガエも初めてだった。どんな偉人なのかと身構えていたら、現れたのはまだやや幼さの残る銀髪のリキだった。他のムリキシャとは違うハリ玉の様子や、植えた後の成長がまた違っていることなど、ナガエも驚かされることばかりだった。日々、新しい発見があって驚いたのが昨日のことのようだ。

リキ本人は全く世の中の仕組みも違うこの世界トワに来て、戸惑うことが多いようだった。リキの話を聞いていると帯壁たいへきの向こう(=日本)は考えられないことばかりだ。
子を産むのが限られたヒトであることや、性交しただけで子が実ること、子が欲しいと思っていなくとも実ることがあること、ゴリキ(シンリキ、レイリキ、マリキ、ヨーリキ、キリキ)が全くないこと、何よりも異生物の発生がないことなど、リキが語ってくれる帯壁の向こう側の世界は、ナガエにはにわかに信じられない事ばかりだった。

それらの話を聞けば聞くほど、リキがこの世界トワに馴染んで暮らすのは随分と大変なのだろう、ということは想像できた。しかし、リキ本人は何に対して文句を言うでもなく、周囲に言われるムリキシャとしての役目を果たそうとしていたし、他の清殿内で働く人々に対しても親切で優しかった。だから、銀髪翠眼という珍しい異相であっても清殿内の人々はリキのことを好ましく思っていたし、また心配もしていたのだ。

アヤラセとリキが愛を育む様子は、傷ついた雛鳥が互いの身体を互いの熱で温め合うような、そんなたどたどしくも穏やかなものだった。アヤラセが、ライセンに攫われ傷つけられそうになった過去の事件を知っている者たちは特に、この二人に幸せになってほしいと思いながら見ていたものだ。

しかし、ユウビという生き物が現れ、リキも攫われた先で凌辱を受け”ウツロ”になってしまった。

あの頃の清殿内の空気は最悪だった。ライセンに騙され殺されたトトニスの死、”ウツロ”になってしまったリキ、その治療のために犠牲を払ったアヤラセ、それなのにそのアヤラセのことを忘れてしまったリキ、そのリキから離れざるを得なかったアヤラセに対し、リキの傍から離れようとしないユウビ。

アヤラセ、リキが不憫だ、と考えるものもいれば、美しくたくましい、初子果から生まれたユウビがリキの傍にいればいいのではと考えるものもいて、なんとなく子果清殿内もぎくしゃくとした雰囲気になっていた。

二十カル(=約180㎝)を優に超す逞しい身体に銀髪黒目、金の太い尾、透けて見える薄翅を持った凛とした顔立ちのユウビは、清殿内に支持者も多かったのだ。
しかし、そのユウビも子果樹の繭に包まれ眠りについてから、もう一年以上になる。
今回、リキが触れることで何か変化が起きるのではないか、とナガエも思っていたのだが、特段変化はなかったという報告を聞いて意外に思ったところだった。

ナガエはユウビが苦手だった。なぜ、あの生き物を崇拝するかのように好む者が清殿内にいるのか理解できなかった。あの生き物には、何か心の奥底をひっかかれるようなざわざわしたものを感じてしまうのだ。ユウビが口から言葉を発せず、直接頭の中に話しかけてくるからだろうか、とも考えたが、あの違和感はそれだけでは説明できないものだった。

ともあれ、ユウビはリキを、ひいてはジャイラ島主国の人々を救い、今は眠りについている。

そこまでナガエが考えを巡らせたとき、お茶を淹れたリキがナガエの目の前の台に茶器を置いた。はっとしたナガエは反射的にリキの顔を見上げ、何とか微笑むことができた。
「ありがとうございます」
「いえ、茶葉はアカーテにもらったものなので‥清殿のものなんですけど」
確かにお茶はアカーテが好んでいる甘茶だった。甘さの中に少しすっきりとした清涼感があるものだ。湯気の立ちのぼる茶器を手に取って唇につける。薄い皮膚に迫る湯気の熱さに思わず茶器を離した。
それを見て、リキが眉を下げた。

「申し訳ありません、少し熱すぎましたね」
「いえ、冷ませば大丈夫ですから‥」
台に茶器を置いて、ナガエは居住まいを正した。
「リキ様、今回はなぜ、ツトマにお越しになったのですか?」
率直にナガエにそう問われ、リキは思わず俯いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ
BL
親を亡くしたアルビノの小さなトラは、異世界へ渡った────…… 気がつくと知らない場所にいた真っ白な子トラのタビトは、子ライオンのレグルスと出会い、彼が「獣人」であることを知る。 獣人はケモノとヒト両方の姿を持っていて、でも獣人は恐ろしい人間とは違うらしい。 故郷に帰りたいけれど、方法が分からず途方に暮れるタビトは、レグルスとふれあい、傷ついた心を癒やされながら共に成長していく。 しかし、珍しい見た目のタビトを狙うものが現れて────?

乙女ゲームの世界に転移したら、推しではない王子に溺愛されています

砂月美乃
恋愛
繭(まゆ)、26歳。気がついたら、乙女ゲームのヒロイン、フェリシア(17歳)になっていた。そして横には、超絶イケメン王子のリュシアンが……。推しでもないリュシアンに、ひょんなことからベタベタにに溺愛されまくることになるお話です。 「ヒミツの恋愛遊戯」シリーズその①、リュシアン編です。 ムーンライトノベルズさんにも投稿しています。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

女神様の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界で愛を手に入れる。

にのまえ
BL
 バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。  オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。  獣人?  ウサギ族?   性別がオメガ?  訳のわからない異世界。  いきなり森に落とされ、さまよった。  はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。  この異世界でオレは。  熊クマ食堂のシンギとマヤ。  調合屋のサロンナばあさん。  公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。  運命の番、フォルテに出会えた。  お読みいただきありがとうございます。  タイトル変更いたしまして。  改稿した物語に変更いたしました。

ひろいひろわれ こいこわれ【完結済み】

九條 連
BL
母を突然の事故で喪い、天涯孤独となった莉音は、ある夜、道端で暴漢に襲われかけたところをひとりの男に助けられる。 莉音を庇って頭を殴られ、救急搬送された男は青い瞳が印象的な外国人で、一時的な記憶喪失に陥っていた。 身元が判明するまでのあいだ、莉音がその身柄を引き受けることになったが、男の記憶はほどなく回復する。男は、不動産関連の事業を世界的に展開させる、やり手の実業家だった。 この出逢いをきっかけに、身のまわりで起こりはじめる不穏な出来事……。 道端で拾ったのは、超ハイスペックなイケメン社長でした――  ※2024.10 投稿時の内容に加筆・修正を加えたものと差し替え済みです。

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

処理中です...