カベワタリの物語ーリキとアヤラセー(森蘭丸の弟、異世界に渡る 第二部)

天知 カナイ

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「伴侶誓言式の署名のことなどは、アヤラセ様から聞き及んでおりますが‥リキ様には、何か屈託がおありなのではないですか?」
重ねてそう問うてくるナガエの優し気な言葉に、リキは一度ごくりと喉を鳴らしてから口を開いた。

「ユウビが‥」
「ユウビが?」
「‥‥俺が、ここに来ればユウビが目覚めるのではないか、と思っていました」
「‥そうですね、私も目覚めるのかもしれない、と思っておりました」
リキは俯いて自分の前に置いた茶器を見つめた。茶器から上る湯気は、もう細く頼りないものになっていた。
「でも、ユウビは目覚めなかった。‥子果樹の反応も、何も得られませんでした」
「そうですか‥」

リキは顔を上げた。目の前には、少し笑みを浮かべたナガエの顔があった。その柔らかい表情に張りつめていた緊張が、ふっと緩んだ。
「‥わからなくて」
ぽつりとつぶやいたリキの言葉を、ナガエはおうむ返しに繰り返し、尋ねた。
「わからない、とは?」
リキは、一度言葉をのみ込もうとしたが、すぐに思い直して答えた。
「俺‥私が愛しているのは誰なのか‥わからなくなるのです」
ナガエは黙ってリキの言葉を聞いた。
リキは表情を歪め、苦しそうに心中を吐露していった。

「アヤラセを愛しています。愛しいと思っているし、大切な存在です。この先、ともに生きていきたいと思う、その気持ちに変わりはない。‥ですが、もしユウビが目覚めたとき、私は‥ユウビを拒むことはできないと思うのです」
「拒む‥」
リキは頷いた。
「ユウビは、‥私を守り、慈しみ、愛してくれました。何にも勝る愛情であったと思う。そして、アヤラセのことを忘れていたとはいえ、私は‥ユウビと睦み合い、愛を交わし合いました。その記憶は鮮明に私の中に残っていますし、なかったことにすることはできない」
ナガエは訥々と語っていくリキの言葉を聞きながら、あの不思議な生き物のことを思った。ユウビはどうしてもナガエにとっては得体の知れない、気味の悪い生き物でしかなかったが、リキにとってはやはり、おのれの身の内から生まれた生き物であり、大切な存在なのだろうということがよくわかる。

リキの苦悩は、理解はできないが想像はできる。この世界トワで伴侶の数に決まりはない。多いのが二人だが、互いに同じだけの愛情を持つのであれば、三人、四人と伴侶になっても構わない。それでも、三人伴侶はたまにいるが四人以上の伴侶というのはあまり聞くことがない。
複数の人間に愛情を振り向ける、というのが難しいことは、みな知っていることだ。だから結局、ここトワでも二人の伴侶が圧倒的に多い。

しかし、リキの場合、ユウビとアヤラセの間に愛情はないと思われる。リキを挟んで、ユウビとアヤラセがそれぞれ愛情を向けているにすぎない。それでは三人伴侶としては成り立たない。
リキがこの世界トワの伴侶の在り方をどの程度理解しているのかはわからないが、いずれにせよアヤラセとユウビというそれぞれ大切な存在である二人に挟まれて、リキが自分の気持ちの持って生き方がわからなくなっているのだろうということは、ナガエにも想像できた。

「‥‥でも、そのように思う私の心は、アヤラセに対して不実なのではと思ってしまうのです」
「リキ様は‥ユウビが今回目覚めていたなら、どうなさるおつもりだったのですか?」
ナガエの言葉を聞いて、リキは弾かれたように身を起こした。唇を小さく震わせ、何かを言いたそうに開くが何も出てこず口を閉じる。ナガエの顔を見つめ、何度か何かを言おうとしたが、結局何も言わずにがっくりと肩を落とし、下を向いてしまった。
ナガエはそんなリキの姿を見て、胸を痛めた。心根が素直で真面目なリキが、真剣に悩み苦しんでいるのはよくわかった。
だから自分のこの問いかけは、きっとリキにとっては苦しいものだったに違いない。それをわかっていながら、ナガエは敢えて聞いた。リキの心の裡を整理するのに、避けては通れないものだと思ったからだ。
だから、リキが俯いて黙ってしまっても、ナガエは何も言わずにそのまま待っていた。随分と長い沈黙が続いた後、リキは少しだけ顔を上げると細い声を出した。

「わかりません‥ユウビに会えば、何か私の心が変わるかと‥何か、わかるのではと思ったのです。伴侶誓言式を挙げる前に、ユウビに会っておきたかった。自分の迷いを、何か吹っ切れる方法が欲しかったのです‥」

ナガエは、小さな声を床に落とすかのようにぽつぽつと語るリキの声に耳を傾けた。リキが色々なことを考え、自分では処理しきれなくなってしまっているのがよくわかった。
「リキ様、帯壁の向こうでは伴侶は一人なのが当たり前なのですか?」
ナガエの質問に、リキは少しだけ顔を上げた。ナガエの顔は見ずにテーブルの上に視線をさまよわせる。
「‥いえ、側室‥正式な伴侶の他に別のヒトを囲うものはいます。男子のみですが‥」
「おのこ?」
「私がいたところでは、陰茎のあるものと。ホトがある者が分かれていました。陰茎のある者が男子です」
「それでは、リキ様は男子?になるのですか?」
「はい」

ナガエは少し首を傾けた。‥それならリキが愛する者が複数になっても特に困ることはないように思える。
「リキ様はそれでも‥愛する者が複数いることを、不実だと思うのですか?」
リキはテーブルの上にある茶器を手に取った。茶器自体はすっかり温もりを失っている。
「私の父‥シンシャは、私の国では珍しく側室を取りませんでした。二人はとても睦まじく、私にはそれが素晴らしいことのように思えたのです」
「なるほど‥」

ナガエは冷めた茶を口に含んで考えた。‥自分のシンシャが二人伴侶で仲睦まじい様子を見たからこそ、リキの中には愛する者は一人、という意識があるのだろう。無論、それはそれで素晴らしいことだ。しかし、何といってもリキはカベワタリであり、ユウビは常ならざる生まれ方をした生き物である。ここの世界トワでも、帯壁の向こうであっても、通常の考えがそのまま通用するとも思えなかった。
しかし、真面目なリキだからこそ、このように悩んでいる、ナガエは何とかしてリキを力づけたかった。
そこで、ナガエはこの一年の間に新たに仕入れていた情報を出してみることにした。

「リキ様、龍人タツトという種族をご存じですか?」
「‥たつと?」
リキは顔をあげてナガエの目を見た。ナガエは相変わらず優しい笑みを浮かべている。
龍人タツトというのは、この世界にいる、とても珍しい種族です。普通の人々とは共に住まず、何かしら世界が危機に陥ったときに手助けをしてくれる種族です。非常に長命で、また途轍もない力を持っているとされています」
ナガエの説明を聞きながら、リキは心の中で首をかしげた。記憶にある限りそういった種族のことは聞いたことがない。しかし、なぜ急にナガエはそんなことを言い出したのだろう。
そんな疑念を持ったリキの様子がわかったのか、ナガエは言葉を続けた。

龍人タツトには特徴があります。みな非常に美しく、長い銀髪と金色の目を持っている」
リキは目を大きく見開いた。‥自分と同じような銀髪を持つものを、この世界に来てから一度も見たことがなかったし、周りの人々からも銀髪を持つものについて知らされたこともなかった。
ナガエは続けて言った。
「なぜ、この話をしたかと申しますと‥リキ様がユウビとここで過ごしていたとき、ユウビは自分の姿を隠しもせず暮らしていたのを覚えておいでですか?清殿内を歩くユウビの姿は様々な人々の目に留まり、銀髪の者がいる、と一時ツトマの街では噂になっていたのです」

そう言われてリキはアヤラセの記憶を失っていた時の、ユウビとの日々を思い出した。そう言えば屈託なく清殿内を歩くユウビにつられて、自分も髪を隠さずに清殿内で過ごしていたときがあった。おそらくその時のことだろう。
ナガエは一つ頷いてみせてから、さらに言葉を続けた。
「そのうわさを聞き付けたらしい、龍人タツトが一人、ここを訪ねてきたのです。二か月ほど前のことでした」


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