猟犬クリフ

小倉ひろあき

文字の大きさ
31 / 99
1章 青年期

20話 秋の広場 下

しおりを挟む
 それから、数日


 クリフは広場でアーサーを見かけると話し込むようになっていた。
 大抵はとりとめの無い話であったが、この時はたまたまクリフの職探しの話になったようだ。

「クリフさん、恋人に……ハンナさんに相談されてはいかがでしょうか?」
「そうですね……」

 クリフは目をつぶり考える。ハンナに相談して、いらぬ心配は掛けたくない。

……何よりも……

「情けない話ですが……結婚を申し込む時に、将来の不安を感じさせたく無いのです。」

 アーサーは「なるほど」と頷いた。苦労を重ねただけあり、アーサーの言葉には実感が籠っている。

「私はね、クリフさん……離縁したことを後悔しています。」

 アーサーがぼそりと呟いた。
 過ぎ去った過去を懐かしむような、心に染みる声だった。

「その時は必死でした。妻子を養っていく力も無くなり、離縁することが正解だと思ったのです……荒っぽい借金取りの相手もさせたく無かった。」

 アーサーは「ふうーっ」と大きな溜め息をついた。
 クリフは無言で聞き入っている。

「でもね、8年かけて……借金を返し終わって気づいたのです……私には何も無い。店も、家も、家族も、借金すら……残っていない。」

 アーサーが俯いて顔を隠した。泣いているのかもしれない。

「クリフさん、情けなくても良いじゃないですか、何でも話し合えば良いじゃないですか……私には、それが分からなかった。」

 クリフは何か言葉を掛けたかった……しかし、何を言えば良いのか分からず黙っていた。

「けんか?」

 ふと、気づけばエリーが心配そうな顔をしていた。
 いつの間にかハンナも一緒だ。

「クリフ、アーサーさんも一緒にお食事でもどうかしら?」

 ハンナが笑う。
 無理の無い、自然な笑顔だ。

「そうだな、そうしよう。」

 クリフは「いかがですか」とアーサーと視線を交わす。

「いえ、お邪魔でしょうから……」

 アーサーが遠慮をするが、ハンナはお構いなしだ。

「すぐそこの満腹亭ってお店なんです。行きましょ!」

 「あ、いや……」とアーサーが戸惑っているが、一緒に行くことになったようだ。
 エリーも嬉しそうにハンナにくっついている。

……さすがはハンナだ。

 クリフは眩しそうに目を細めてハンナを見た。
 視線を感じたハンナがニコリとクリフに微笑みかける……花が咲いたような明るい笑顔だった。


…………


 食事を終え、店を出た。

「クリフさん、ハンナさん、こんなに賑やかな食事は久しぶりでした……ありがとうございました。」
「いいえ、またご一緒しましょ。クリフのお友達ですもの。」

 アーサーが礼を述べるとハンナが愛想良く応えた。

「クリフさん……私が言うのもなんですが、あなた達なら良いご家庭を築かれますよ。心配はいりません。」
「今日はありがとうございました……1度、話し合ってみることにします。」
「ええ、それが良い。」

 アーサーが「それでは失礼します」と去って行く……寂しげな背中だ。

「もー、クリフっ! どんな紹介してくれたのっ!?」

 ハンナが「むふう」と鼻を膨らませながら喜んでいる。どうやらアーサーの「良い家庭を築ける」と言うところがお気に召したらしい。

 クリフはハンナの方を向き、少し深く息を吸った。

「結婚したいと思ってる女性だと紹介したんだ。」

 クリフは自分の言葉が早口になったのを少し後悔した。やはり口下手なのだ。

「クリフ……嬉しいっ!」

 クリフはハンナが飛び掛かってくる気配を察知し、肩を押さえて制する。

 ハンナが「むむ」と不満そうな呻き声を上げた。

「ハンナ……その事で少し相談したいことがあるんだ。聞いてくれるかい?」


…………


 3人はいつもの酒場に移動した。

 1つのテーブルに向かい合うようにクリフとハンナは座る。ハンナの横にはエリーもチョコンと座った。

「実はなハンナ、エリー……その、情けない話になるかもしれないんだが……」

 クリフは大きく息を吸って話始めた。

「俺はハンナと一緒になって、エリーを養子にしようと思うんだ。」

 ハンナの目が大きく見開いて口元が緩む。

「でもな……結婚するとなると、賞金稼ぎは廃業することになる……当然、次の仕事を探すことになる。」

 エリーが「しごと!」と声を上げた。ハンナは「うんうん」と頷いている。

「でも、その……俺は賞金稼ぎしかしたことなくて……何の仕事が出来るか分からないんだよ。だから、少し待っていて欲しいんだ。」

 クリフがバツの悪そうな顔をした。
 ハンナはケロリとしている。

「クリフ、そんなの私が働くから良いのに。」
「いや、それはさすがに……」

 クリフはハンナの言葉を慌てて否定する……さすがにヒモになる前提で結婚は出来ない。

「なあ、ちょっと良いか?」

 マスターがエリーのために梨を切って持ってきてくれた。
 エリーは遠慮なくかぶり付いている。

「あのよ、クリフ……俺がお前さんに言ったこと覚えてるかい?」

 マスターの言葉にクリフは「はて」と首をかしげた。

「はあ、まあいい。クリフよ、お前さん冒険者組合(ギルド)を手伝えよ。実はな、最近まとまった資金の融資があってよ……計画がかなり前倒しになりそうなんだ。」

 マスターはクリフの杯に酒を注ぐ。

「お前さんみたいな名の通った冒険者は喉から手が出るほど欲しい。具体的な仕事は、ギルドに来る依頼の中で難度の高いのをやっつけてくれれば良い。」

 クリフは「うーん」と唸った。難度の高い依頼とは、危険度が高い依頼のことであろう。
 それでは賞金稼ぎと変わりが無いのではないか。
 クリフはその疑問をマスターに尋ねてみた。

「まあ、それはそうだ。だがよ、組合(ギルド)は組織だからな。お前さんが若いのを育てればいいのさ。」

 エリーが眠そうに目をこすって欠伸(あくび)をした。
 クリフは付き合わせて悪いなとは思うが、エリーの将来にも関わることだ。
 意味が分からずとも同席させてやりたい。

「お前さんが現役バリバリの内に若いのを連れて経験を積ませてやれば、お前さんの引退後は育てた若いのが難しいのをこなすだろう。その時はお前さんがギルドを仕切って仕事を回す側になるのさ。」
「それって、マスターみたいに?」

 ハンナが口を挟んだ。

「そうだ。先ずはヘクターだ、次にクリフ……名が通った冒険者なら若いのも従いやすいだろう。金は依頼の報酬以外に毎月1000ダカット出そう。」
「それは、何も依頼が無くても貰えるのか?」
「そうだ。」

 考えられないような好条件ではある。1000ダカットあれば、1家族が慎ましく暮らす程度はある。

「危険度が高いと分かれば何人か付ける。今みたいに独りでやるより楽になると思うぜ。」

 クリフは頷いた。安定した収入と老後の保証……悪くない。

「1つだけ条件を着けさせて欲しい……俺が死んだらエリーの面倒を見て欲しい。」

 マスターが「わかった、決まりだな」と満足気に頷く。

「ねえ、クリフは組合の職員になるの?」
「うん、ハンナはどう思う?」

 ハンナはニコリと笑って「大賛成よ」と答えた。

「だって、仕事が決まれば結婚できるんだもん! ね、クリフ。」

 ハンナは「でへへ」とニタついている。

……まあ、そのつもりだったしな。

 クリフが「すぐには無理さ」と言いかけると、ハンナがテーブル越しにタコのような口をして迫って来るのに気がついた……目がくわっと見開いていて少し怖い。

 クリフはハンナの頭をぐりぐりと撫でることで辛くも接近を防いだ。



………………



 翌日


 いつものようにクリフはベンチに座り、アーサーと会話をしていた。

「……自分独りで悩んでいたのが馬鹿らしく思えました。私は、両親が死んでから……ずっと独りで生きてきたと思ってました……でも、違った。」

 アーサーは「それは良かった」と微笑んだ。

「ハンナさんはクリフさんが思っているよりも、クリフさんの事を愛していますよ……きっと。」
「はい……彼女の生き方はシンプルで迷いが無い。思い知らされましたよ。」

 2人は何となく黙ってしまった。しかし、気まずい沈黙ではない。

「アーサーさんは……奥さんとは、その……居場所はご存知なんですか?」
「ええ、家内の実家は知っています……でも、8年間も会っていません。合わせる顔がありませんから。」

 アーサーは「はは」と自嘲した。

「アーサーさん、生意気かも知れませんが、離婚の原因となった借金も返済が終わっている訳ですし……それに……」

 クリフはアーサーと視線を合わせた。

「情けなくてもいいじゃないですか、何でも話し合えばいいじゃないですか、私にそれを教えてくれたのはアーサーさん……あなただ。」

 アーサーは「そうかも知れません」と呟いた。

「クリフさん、あなたは勇気がある……私は、家内と話し合うことを想像しただけで……。」

 アーサーは溜め息をついて、目を瞑(つぶ)る。

「クリフさん、私は……」
「大丈夫ですよ。駄目なら、またベンチで待ってますよ。」

 クリフがニヤリと笑った。

「クリフさん……私にその資格があるでしょうか?」
「アーサーさん、貴方は立派な方ですよ……ご自身で思われてるよりも、ずっと。」

 アーサーは目を閉じて、何かを考えていた。
 そして、すっと立ち上がり深呼吸した。

「今から……家内と会ってきます。話し合ってきます。」

 クリフは何も言わずに頷いた。

「もし、万が一にでも……上手くいったら、ここには戻ってきません。ありがとう、クリフさん。」

 クリフが「こちらこそ、ありがとうございました」と礼を述べると、アーサーは目礼をし、振り返らずに去って行った。

……上手く行きますよ、きっと。

 クリフは無言でアーサーを見守り続けた。

……人が生きていくのは簡単じゃない。みんな、必死に生きているんだ。

 クリフは周囲を見渡し、屋台の売り子たちを尊敬の眼差しで見つめた。


 爽やかな秋風が頬を撫でる。
 エリーの笑い声が風にのって耳に届いた。



 そして、クリフがこの広場でアーサーを見かけることは、2度と無かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...