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14話 初めての利用者

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 その小さな異変に気づいたのは、吹けば飛ぶような開拓村の外れに住むきこりだった。

 山の方から水が流れて来たのだ。
 すぐさま樵は村長に相談した。

 村外れでは稀に狼や熊などの獣が現れる。
 樵は異常があれば、すぐに村長に知らせる役目があったのだ。

「村長、水が山から流れてきたぞ」

 この報告を聞き、村長は喜びと不安が入り交じった複雑な表情を見せた。

 この付近に川の流れはなく、開拓村はロバの繁殖とヤギの放牧を主とする貧しい土地だ。
 水資源は井戸と雨水に依存しており、水がわき出たなら農地を拡げることができる。

 だが、反面で突然水がわき出るのは危険のサインかもしれない。
 突然の湧水は地震や土砂崩れの前触れとも伝わっているのだ。

「村の男衆を2~3人集めろ! 山を歩くぞ、足元の備えをしろ!」

 この壮年の村長は村の開拓が始まってより3代目になる。
 わずか50戸、人口130人の寒村だが、先祖が貧しい土地にしがみつくように守り広げてきた村だ。
 無策で災害に翻弄され、村を捨てて逃げるわけにはいかない。

 直ぐに村の若い衆が集まり、村長と樵を交えて5人の探索隊が村を出た。

 樵の家に流れてきた水は山に向かっている。
 彼らは登山に耐える身じたくをし、山裾へ踏み入った。

 しかし、彼らの覚悟は思わぬかたちで空振りをする。
 山裾に広がる背の低い木立こだちに踏み入ると、明らかに様子が変わっているのだ。

「なんだここは……?」
「おい、ここはいつから洞穴ができたんだ?」

 男衆は口々に樵に詰め寄る。
 だが、樵が知る限り……少なくとも前回森に入った時には異常は無かったはずだ。

 とにかく、まずは探ってみようと男衆は恐る恐る周囲を確認する。

 木々はそこだけポッカリとなくなり、広場のようになっている。
 見たこともない洞穴からは水が流れ、水溜まりの周囲は花畑となっているようだ。

「池か?」
「いや、流れは来ているが、ここも泉のようだな」

 その時、村人の1人が「誰か何か言ったか?」と振り返った。

「ん? ここは泉だなって――」
「シッ、静かに。何か聞こえるぞ」

 男衆がじっと息をひそめ、耳を澄ます。
 すると、ささやくような声で『この水は体にいいですよ』『洞穴の中はキレイっすよ』と確かに聞こえる。
 
見れば泉のほとりには小人のような、蝶のような……形容しがたい光のシルエットが飛び回っていた。



「お、DPが増えたぞ。生命エネルギーを吸収したのかな?」
「はい、個人差は大きいようですが、人間なら1~3時間くらい滞在すればDPが増えるようですね」

 オープンして初めての侵入者は5人の村人だ。
 彼らはまだ数十分しか滞在していないが、人数が多いので加算されたのだろう。

「どうだろうな、中まで入るかな?」
「できれば入って欲しいっすね!」

 タックは中まで見て欲しいらしいが、難しいかもしれない。

 侵入者の分析結果はかしららしい男が6レベル、斧を持った男が8レベル、後の3人は5レベルだ。
 レベルはそこそこだが、戦闘向きのスキルがまるでなく、明らかに戦闘訓練を受けていない。

「あっ、入ってきました」
「やったっす! アタシとリリーさんの妖精が利いたっすよ!」

 ちなみに、あの妖精は冒険者にダンジョン攻略のヒントを与えるためのオブジェクトだ。
 今回はリリーとタックが声を当てていたのである。

「おっ、右に進むか……いや、左? ハッキリとしないヤツらだな。迷ってやがる」

 ゴルンが呆れているが、素人ならこんなものだろう。
 長居してくれればDPになるし、特に問題はない。

「この斧のヤツは斧の初級スキルがあるな。後ろのコイツは初級の弓スキルがあるのに弓を持ってないぞ」
「動物使いのスキルは家畜でしょうか……木工は皆さん得意みたいですね」

 俺とリリーは分析結果をアレコレいいながら色々と確認していた。
 スキルは5段階評価で初級、中級、上級、達人、超人らしい。

「ふうむ、コイツは石工と農作業か。開拓村では兼業が基本のようだな。貧しい土地なのだろう」
「あっ、モンスターと遭遇したっすよ!」

 ゴルンの解説をタックがスルーしているが、親父と年頃の娘さんなんてあんなものか。

 小部屋で遭遇したのはウォーターゼリーとロッククラブだ。
 ロッククラブは岩に擬態しているために村人には発見し難いだろう。

「あっ逃げたっす!」
「賢明だな。素人が侮ってゼリーに挑むとカニに挟まれるのがオチだ。あのかしらはなかなかの器量だぞ」

 ゴルンの指摘通り、あの頭はなかなかの判断力だ。
 逃げると簡単に言うが、全員が敵に背を向けて走るのは勇気がいる。
 いきなり初手から逃げる思いきりのよさも素晴らしい。

「あっ、こけたっす!」

 1人がウォーターゼリーに水をぶつけられて転倒した。
 岩にどこかぶつけたらしく、流血している。

「DPが入りましたね。かなり血もでてますし、大ケガですよ」

 リリーが言うようにDPはケガでも入る。
 個人差も大きいようだが、目安は死亡だとレベル×10前後のようだ。
 ケガはそれに応じた量が入るらしい。

「あっ、斧男が助けに来たっす! ほらっ、見て! 斧っ!」
「……いや、俺もちゃんと見てるからさ」

 興奮したタックが俺の肩をバンバン叩きながら解説をしてくれるが、嬉しそうでなによりだ。

「無事に逃げることができましたね」
「すごいスリルっす! ドキドキしたっす!」

 リリーはホッと息をついて村人の無事を喜んでいる。
 タックも実に嬉しそうだ。

(いやまあ、侵入者はやられてくれないとDPにならんわけだが)

 そこは言わぬが花だろう。

「あれ? 回復の泉をスルーしたっすよ!」
「うーん、誘導のセリフがよくなかったかもしれませんね……」

 タックとリリーが少しガッカリしているが、彼らは冒険者ではないのだ。
 回復の泉を知らなくても無理ないだろう。

「ま、なんにせよ、これで冒険者はやってくるだろ」
「そうですね。彼らがダンジョンの発生を領主や冒険者ギルドへ報告すれば、すぐに調査の冒険者が来るはずです」

 そこが、本当の意味でスタートラインだ。

 都市から半日はあるし、最低でも1日以上の猶予はある。
 引っ越しをするチャンスは今しかない。
 俺は今日中に荷物を運び込む決意をした。
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