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17話 ひゃーっ、遅れてるっす!

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 翌日、午後。

 なんと俺が昼食をとりに公社へ行っている間に冒険者が来たらしい。
 さすがに今日はないだろうと油断していたので驚いてしまった。

「すまん、遅くなった」
「いえ、特に問題はありません。進入者は6人、昨日の先発パーティーに3人の新顔です」

 俺は「へえ」と少し感心した。
 命がけの探検を連日引き受けるとは、なかなかの勤労意欲だ。

 今回はパーティーを分けず、6人でまとまった行動をとっているらしい。

「メーラーでアドレス教えてくれれば緊急連絡するっすよ!」
「そ、そうですね。私も聞いておくべきよね」

 メーラーとは、短い文章や画像をやり取りする携帯用の魔道具だ。
 アドレスと呼ばれる送付先を入力すれば情報をやり取りすることができる。

「あー、俺持ってないんだよ。今までは伝令兵に口頭で伝えてメールにしてもらってたな」
「ひゃーっ、遅れてるっす! ウチの父ちゃんでも持ってるっす!」

 タックの言葉に応じて、ゴルンが「ほれ」とメーラーを取り出す。
 なぜかは分からないが、俺はゴルンがメーラーを持っていることにショックを受けた。

「すごいな、こんなに小さくなったんだな。昔は肩から担ぐくらいのサイズでな……」
「本気で遅れてるっす! いつの話っすか!? それに父ちゃんのは『簡単メーラー』って高齢者向けのデカイやつっすよ!」

 ゴルンが高齢者扱いされて少し凹んでいる。
 ツルッパゲだがまだ40半ばなのだ。

「あの、よろしければ私が以前使ってたメーラーを差し上げます。それなら設定も簡単ですし」
「いやいや、メーラーは高価なものだし、必要なら契約してくるよ」

 見かねたリリーが助け船を出してくれるが、さすがにこれはダメだろう。
 魔道具は総じて高価なものだ。

「メーラーといっても、ふたモデルくらい前のヤツですから」
「いや、でも買った時は10万魔貨ではきかんだろ、そんな高価なものは……」

 俺とリリーが遠慮の応酬をしているとらタックが「めんどくさいっす!」と割りこんできた。

「リリーさんは早くエドさんとメールしたいっす! 仕事終わってから契約に行くと機種によっては来週までかかるっす!」

 あけすけな明るさはタックの良いところだが……これはさすがにどうだろう。
 リリーも気まずそうに視線を泳がしているし、俺が何か声をかけるべきなのだろうか。

「リリー、その……実は本当にメーラーなるものが理解できてなくてだな、ちょっと知り合いからもらうのは気が引けると言うか……高価なのもそうだが、使えなかったら悪い気がするんだよ」

 リリーが「――なら」と何かを言いかけ、タックが「アタシらで教えるっす!」と言葉を継いだ。
 なぜこんなにタックは俺にメーラーを持たせたいのだろう。

 実は俺はメーラーに苦手意識がある。

 女性の部下からチョコレートもらったり、メールアドレス交換したりして好意を抱かれていると勘違いした同僚がいたのだ……彼はそのまま部下に強く交際を迫り、セクハラで告発されて不名誉除隊となった。
 その後の行方はようとして知れない。

 正直に言えば気を持たせた女も悪いと思う。
 だけど、セクハラ案件では男上司の立場は極めて弱い。

 思い返せば、あれは俺が結婚できなかった遠因のような気もする。

 軍では男女の出会いは軍の内部、もしくはお見合いくらいしかないパターンが多い。
 そこであんな事件を目の当たりにしたら臆病になって当たり前ではないか。

 俺には両親も兄弟もいないし見合い話を持ってくるような身内はいない。
 自然と縁遠くなり、今に至る。

「じゃあ、今日はアイツら帰ったらメーラーの勉強会っす!」
「そうですね。転移装置があれば移動も速いですから、メーラーもすぐに取りに行きますね」

 彼女らはキャッキャウフフと喜んでいる。
 仲が良くてなによりだ。

「メーラーはいいけどよ、コイツらなかなかやるぜ。水場を越えやがったぞ」

 独りでモニターを見ていたゴルンがポツリと教えてくれた。

 6人組となった冒険者パーティー、元の3人組に加え、追加メンバーは斥候1人に魔法使い2人という思いきった編成だ。
 前回の反省を活かし、2組のパーティーではなく、1組の火力を増したのだろう。

 水場の攻略は斥候が部屋の外から水中の敵を探り、発見次第に魔法使いが雷撃や爆発を打ち込むというゴリ押しだ。
 何の工夫もないが、対象よりも高レベルの冒険者が力押しをすれば防げるわけもない。

「力押しは1番効果的な戦術だな」
「ああ、これは攻略されるぜ」

 ゴルンの指摘どおり、ボスのジャイアントカモノハシではこの6人には対抗できないだろう。

 その後も彼らは順調にマッピングを進め、全てを埋めてボス部屋に到達した。

「それではお先に失礼します」
「リリーさん、明日はメーラー持ってきてくださいねっす!」

 さすがに就業時間は過ぎてしまったのでリリーとタックには帰宅してもらった。

 転移ポイントはマスタールームの端にある。
 本来、転移はダンジョン内であればどこでもできるのだが、いきなり変なとこ(俺の私室とか)に出られても困るので場所を決めたのだ。

「悪いな、残業してもらって」
「なあに、構やしねえよ。このために雇われてんだからよ」

 そう、俺たちが残ったのは保安の意味がある。
 本来、ダンジョンはどれだけ攻略されても何の問題もない。

 当たり前の話だ。
 ダンジョンは不特定多数に開放している施設である。
 気まぐれに現れた高レベルの冒険者に攻略されたくらいでどうにかなったら話にならない。
 無論、高額の宝箱をとられて損をしたとかはあるだろうが、それだけの話だ。

 ただ、マスタールームは話が違う。
 強力な認識阻害の魔法と物理的な扉をそれぞれ2重に備えた防備だが、ごくまれに突破する者がいるのだ。

 故意か偶然かは色々あるだろうが、 マスタールームに侵入されては大変なことになる。

 マスタールームとは、それ自体が高度な魔道具といえる構造だ。
 特に生命エネルギーを蓄積する特大の人造魔石は『コア』と呼ばれ、破壊されたり、無理やり持ち去られるとまずマスタールームがぶっ壊れる。
 そうなるとダンジョンは廃棄するより他はない。

 幸い人間はダンジョンのシステムを理解しておらず、積極的にマスタールームを狙う者などいない。
 だが、それでも備えは必要だ。

 俺は愛用の長剣を佩き、ゴルンは手斧を4本まとめて左手に掴んでいる。
 万が一、侵入されそうになれば俺たちが阻むことになるだろう。

「そう言えば、公社の社長がさ『ダンジョン経営は危機管理が大事』って言ってたな」
「相変わらず、お偉いさんと縁があるんだな」

 俺とゴルンは特に気負いもせず、モニターを見ながら無駄話をする。
 いま、この場所を守るのは前の魔将と副官なのだ。
 下手をすれば国境の監視所よりも守りは固い。

「見ろよ、我らがボスモンスターの初陣だ」

 ゴルンが茶化すが、無理もない状況だ。
 笑ってしまうほど手も足も出ない。

 盾役の女ドワーフがジャイアントカモノハシをしっかり抑え、魔法使いが魔法の集中砲火を浴びせている。
 文字通りの完封負けだ。

「仕方ないとはいえ少し悔しいな」
「いいんだぜ? 大将が相手をしてきても」

 俺のぼやきを再度ゴルンが茶化す。
 どうやら冒険者たちは、マスタールームには全く気づかず引き上げるようだ。

「おつかれ。ゴルンもあがっていいぞ」
「ああ、おつかれ。しかし、アレだ。留守番がいないと飲みにもさそえないじゃねえか。適当にみつくろえよ」

 ゴルンはそれだけを言い残し、転移ポイントに向かう。

(たしかに留守番はいるな。俺が四六時中いるわけにもいかないし)
   
 俺はぼんやりと引き上げる冒険者を眺め「留守番ねえ」と呟いた。

■リザルト■

滞在DP14
宝箱DP-8
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