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31話 このダンジョンは人が増えるぞ

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「おっ、今日もいっぱい来たな」

 先日、下り階段を発見した冒険者が出て以来、2階層にチャレンジする者は増え続けている。

 特にソルトゴーレムやソルトガーゴイルが撃破されてからは、明らかに『ソルトゴーレム狙い』の冒険者が増えた。
 やはり塩は高く売れるのだろう。

「はい、狙い以上ですね。こうなるとゴーレムメーカーの保守にも気をつけねばなりません」
「本当だな。このペースでこられてゴーレムメーカーが壊れたら目も当てられん。メンテナンスができそうな魔道具メーカーに定期的に来てもらおう」

 リリーはすでに調べていたらしく「この3社でしょうか?」と教えてくれた。
 実に仕事が早い。

「む、このノッカー魔道精機というのは……?」
「そこはノッカーグループの関連企業ですね。タックさんのノッカー工務店の工事用魔道具も制作しているはずですよ」
 
 リリーは「関連企業も含めて最大手ですね」と教えてくれる。

「相見積もりを頼むような仕事じゃないし、大手でいいかもな」
「そうですか? 先方にすれば次のゴーレムメーカーの購入に繋がりますし、売り込みにきてもおかしくないですよ」

 俺は「なるほど」と納得した。
 ゴーレムメーカーは恐ろしく高価なものだ。
 それを売りこむチャンスとくれば、必死になっても不思議ではない。

「じゃあ、次の購入も匂わせて保守の見積もりをお願いするとするか」
「そうですね。ではこちらから連絡してみますね」

 リリーは事務用の魔道具を使い、メールを作成する。

「お茶淹れるけど、飲むかい?」
「あっ、お願いしていいですか?」

 俺はなんとなく緑茶を淹れ、リリーにカップを差し出す。

「ありがとうございます……どうしました?」
「いや、今日はみんないないからさ、なんか静かだよな」

 そう、今日はゴルン、タック、アンが休みだ。
 ゴルンとタックは親戚の法事に――ドワーフの法事は皆でドンチャン騒ぎをするから楽しいらしい。

「魔族の葬儀や法事はだんだんと簡素化しているからなあ。俺は親戚はほぼいないし、ドワーフが羨ましい時もあるよ」
「そうですね、私も身内と呼べるのは姉だけですし、賑やかな家庭は少し羨ましいです」

 リリーの近い親戚は8年前の戦争で怪しい動きをして処罰された者ばかりだ。
 あまり心温まる交流は望めそうもない。

(まあ、親戚の話になればアンが一番ツラい境遇だったのは間違いないがな)

 そのアンは普通に休みだ。
 彼女は休みになると育った施設を手伝いに行ったりするそうだ……偉すぎるだろ。

「あの、エドはお休みに何かしてるんですか? ……その、趣味とか」
「趣味ねえ、趣味か……」

 少し前までは女性に接待されるお店にも行ったものだが、さすがに趣味として告白する勇気はない。

「若い頃はコミックが好きでなあ。買い込んでたけど、引っ越しで処分しちゃったな。古本屋に引き取ってもらったけど」

 これは嘘ではない。
 コミック雑誌は酒保でも販売してるのでわりと読んでいた。

「ちょっと意外ですね」
「そうかな? あとはベースボールもよく観戦したぞ。ワイバーンズが好きだな」

 スポーツ観戦はまあ、趣味といえる。
 居酒屋のモニターで観戦してたのは言わなくてもよい。

「あとは、どうだろ……これは趣味か仕事かは曖昧だが、戦史を調べるのは好きだな。まとまった休みには仲間と古戦場跡にも行ったもんだ」
「あ、それはエドっぽいイメージです」

 戦史研究旅行とは、要は慰安旅行のことだ。
 泊りがけで飲んで騒ぐだけだが、酔いつぶれても平気だから楽なのだ。

 こうやって整理してみると痛感するが、俺って無趣味だな。
 オッサンの休日なんてドラマチックなことはなにもないのだ。

 俺たちが雑談をしていると、レオが「あおん」と大きく鳴いた。
 最近のレオはリリーがプレゼントしたやたらゴージャスなソファーが定位置になったせいか、立派に見える。

「どうした、レオ?」
「あ、モニターですね。冒険者が大部屋に入ったみたいです」

 どうやら昼寝をしているように見えたが、モニターも見ていてくれたようだ。
 レオはお茶飲んでダラダラしてる俺より働いている。

「どれどれ、このドワーフは記憶にあるな」
「以前にも来た冒険者ですね。アベレージはレベル21、5人組のようです」

 どうやら冒険者も強くなっているようだ。
 これは初の攻略になるかもしれない。



「畜生! 部屋ごと転移トラップか!?」
「まずいよ! モンスター部屋だ!」

 仲間の曲刀剣士と女野伏が悲鳴を上げたが、無理もない。
 この階層に入り連戦を重ね、いきなりの転移だ。
 聞いていた部屋とは違う場所で転移したため、不意を衝かれた。

「転移トラップにクールタイムはあるかい!?」
「200だ。いま189、188……」

 臨時メンバーの魔法弓手が冷静にトラップを確認した。

 前情報の通りなら、転移トラップは時間制限で再起動するはずだ。
 とにかく生き残るために守りを固めなくてはいけない。

「壁を背にして戦うよ! 今まで通り女野伏と魔法弓手はバンシーを! 斧戦士と曲刀剣士はガーゴイルとゴーレムを抑えるんだ! 一対一なら負ける相手じゃない! 落ち着いてやればいい!」

 攻略のための急造パーティーながら、魔法弓手と斧戦士も実力派の冒険者だ。
 敵の数はざっと16体、味方は5人、形勢は不利だが分断されなければ勝機はある。

「囲まれないように互いの位置を確認しな! スライムは私がやる! まずは数を減らしていくよ!」

 女ドワーフはすばやく魔力を練り、天井から垂れ下がるスライムに狙いをつける。

「出し惜しみはなしだ! 聖光ホーリーレイ!」

 聖光の魔法は回復役ヒーラーが用いる数少ない攻撃魔法だ。
 女ドワーフが使用できる唯一の攻撃魔法でもある。

 掛け声と同時に光線が飛び、スライムを一撃で沸騰させた。

 これを合図としたのか、双方が一気に動き、激しい戦闘が開始される。

「来たぞ!」
「こっちは任せろ!」

 敵の中で動きが早いのはソルトガーゴイルだ。
 すでに曲刀剣士と斧戦士が接敵し、激しく切り結んでいる。

(多勢に無勢かもしれないけどね。個の力と、それを活かした戦いってのはあるもんさ!)

 女ドワーフは後列の動きを見て位置を変え、大盾を構えてソルトゴーレムの進路を阻む。
 すると後列から魔力の矢が飛び、バンシーの顔面を貫いた。
 石弾に魔力を付与する女野伏の投擲に比べ、魔法弓手の攻撃は素早いのだ。

「おっと、アンタらはこっちさ!」

 女ドワーフは複数のゴーレムやガーゴイルを相手取り、巧みに攻撃を受け流し、盾で殴りつける。
 彼女は盾役タンクに徹すれば、自分よりもレベルの劣るモンスターが束になっても防ぎ切る自信があった。

 だが、それは盾があってのことである。
 その盾が、手から音を立てて離れた。

(くっそお、萎手クラムジーか!)

 この階層のモンスターは実にいやらしい。
 ダンジョンのモンスターは群れではなく、ひたすら侵入者を襲うだけの存在だ。
 だが、この階層ではモンスターが互いに補い合うかのような特徴がある。

 魔法が効かず、ひたすら前に出るソルトゴーレムとソルトガーゴイル。
 物理攻撃無効のスライム。
 そして後方から泣き声や萎手クラムジーの魔法で援護するバンシー。
 実にいやらしい組み合わせだ。

「下がれっ! 俺が引き受けた!」
「すまん、魔法で援護に回る!」

 ここで魔法弓手とスイッチし、女ドワーフが後衛にまわる。
 この辺りの連携も魔法弓手はソツがない。

 萎手クラムジーを使ったバンシーは女野伏の魔法で爆砕したが、かけられた魔法の効果は残る。
 効果が切れるまでは手が使えないのだ。

「なめんじゃないよ! 武器が使えないくらいでっ!」

 女ドワーフは威勢よく怒鳴るが、これは味方を鼓舞するためだ。
 彼女が選択したのは治癒ヒール、リーダーとして戦局を見る冷静さは十分に保っていた。

「助かったぜ、さばききれなくなってきてな!」

 治癒をかけられた曲刀剣士はガーゴイルの攻撃をかわし、ひじ鉄を肩口に振り下ろした。
 どうやら彼も萎手クラムジーを食らったようだが、体術で十分に対抗できるようだ。

「よっし! 次だ、おかわりきやがれ!」

 隣では斧戦士がソルトゴーレムの頭部を砕き撃破したようだ。
 彼は腕力のみで斧を振り回す単純な戦法だが、それゆえに乱戦では滅法強い。
 ちなみに斧は2階層発見の報奨金と相棒からの借金で買い直した新品だ。
 以前の物よりグレードを上げたらしい。

「こっちは手一杯だ!おかわり持ってけ!」
「よしきた! コイツをいただくぜ!」

 前に出た魔法弓手が巧みに位置を変え、ソルトガーゴイルを斧戦士に討ち取らせる。

(やる! この2人の方が私ら3人より強い!)

 魔法弓手の方がパーティーのリーダーに向いているのではないかと女ドワーフは舌を巻いた。
 この絶妙の呼吸は余人に真似できるものではない。

 徐々に敵は数を減らし、しばらく後に最後のスライムを女野伏が魔法で吹き飛ばした。

「ぐはっ、さすがにこたえたぜ」
「チョイとヤバかったがな。さすがだな、女ドワーフさんのパーティーは腕利きだ」

 斧戦士と魔法弓手が座り込んで息を吐く。
 こんなことまで息を合わせるのかと女ドワーフはおかしみを感じた。

「どうやらここからは転移しか道はないな。ここが最奥か」
「宝箱が3つもあるね。ちょっと見てくれよ」

 曲刀剣士と女野伏が部屋を確認しているが、ここが最奥のようだ。
 たしかにあれはボス戦だったと納得できる攻勢だった。

「よっしゃ、罠も外したし開けるぜ」

 曲刀剣士が宝箱にかかる間、他の者は離れて見守る。
 罠で共倒れをせぬ冒険者の約束事だ。

「む? コイツは……魔道具じゃねえか? ちょっと鑑定してみてくれ」
「よし、かしてみな」

 女野伏はこう見えて立派な商家の娘だった。
 親父の代で店が潰れて冒険者なんかやってるが、珍しいものをよく知っており鑑定スキルがある。

「コイツは水上歩行の魔道具だね。効果時間なんかは詳しく調べなきゃ分からないが、ダンジョン産だ。高く売れるだろ」

 これには「おおーっ」と喜びの声が上がる。
 ダンジョンから産出する魔道具は状態がよく高値で取引されるのだ。

 曲刀剣士が次の宝箱を開けながら「いくらだ?」と訊ねる。
 現金化して等分するなら金額は大切なことだ。

「まあ、4000ダカットでは私は売らないね。5000は狙いたいな」
「そいつはいい。次は……なんだこれは? 馬くらか」

 曲刀剣士が首をかしげるが、たしかに鞍だ。
 ダンジョンから鞍とは珍しい。

「これは良いものだね。値づけは難しいがいい仕事してる。高級品には違いない」

 これには皆の表情が微妙な感じになった。
 喜ぶべきか判断つかないんだろう。

「最後のこれは……斧だな。使いこまれてボロいぞ」

 しかし、この斧を見た斧戦士が「俺のじゃねえか!」と大げさに驚いた。
 どうやら以前落とした斧が宝箱からでてきたらしい。

 これには斧戦士を含めて皆が渋い顔をした。
 個人の落とし物が本人の手に戻るとは、どう分配したものか始末に困る。
 それに中古品では大した値段もつかないだろう。

「まあいいさ。ギルドからの調査依頼は達成だし、塩を持ち帰れば金になる」

 女ドワーフは皆をなだめながら革袋を取り出し、塩を集める。
 プルミエでは塩は専売だ。
 こうして冒険者が仕入れた塩は専売の塩屋に持ち込めば買い取ってくれるだろう――つまり、現金化がしやすい。

「まてまて、バンシーは妖精種だ。肝が売れるぞ、素材回収用のガラス瓶あるやつは貸してくれ」

 魔法弓手はバンシーの腹を裂きながら「スライムは放置だな」と判断を下したようだ。

 たしかにスライムの体組織の値は安い。
 全てを持ち帰れないのならば、シビアに『金になる物』を選ぶのは当然のことである。

「よし、荷物は持ったね。転移陣に乗るとしよう」

 女ドワーフは皆の荷物がパンパンになったのを確認し、転移をする。
 すると、2階階段前のT字路に転移した。

 右手では他の冒険者が小部屋で戦っている姿が確認できる。
 バンシーとスライムのようだ。

「魔道具に、塩か。このダンジョンは人が増えるぞ」

 ポツリと呟いた魔法弓手の一言が、いつまでも耳に残った。
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