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33話 冒険者サンドラ3

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 シュイヴァンの森の奥、ここは森そのものがダンジョンとなるオープン型のダンジョンである。

 冒険者サンドラはパーティーを組み、この森に挑んでいた。

「くっそ、ダメだ! ドアーティ、リン、コイツを頼む!」

 サンドラが相手どっていたのはファントムと呼ばれるゴースト系のモンスターの群れだ。
 物理攻撃が効かず、逆にファントムの攻撃はサンドラの体温――つまり生命力を削り取る。
 魔法が使えないサンドラには最悪の敵だ。

「任せろ! 精霊槍スピリットスピア!」

 サンドラが下がりドアーティが槍を振るう。
 ドアーティは槍の名手だが、精霊術の使い手でもある。
 精霊の力を宿した武器はファントムをひるませ、サンドラへの追撃を巧みに防いだ。

「ドアーティさんも下がるでやんす! 火球ファイヤーボール!」

 リンが放った火球は爆散し、ドアーティを巻き込みながらファントムたちを消滅させた。
 その魔力の残滓は周囲の木々を焼き、所々でくすぶっていた……ちょっとありえないくらいの火力である。

 リンは『先天性魔力異常』という体質であり、良くも悪しくも魔力の放出量がケタ外れに多い。
 魔力の総量が増えるわけではないので威力と引き換えに回数が減り、さらに成功率も下がるいわくつきだ。

「熱い! リン、いい加減に俺を巻き込むのはよせ!」
「へへ、すまんこって。でも精霊の加護があるドアーティさんなら大丈夫でやんす」

 この独特の方言を話す少女はリン。
 シュイヴァンの街でパーティーを組んだ魔法使いだ。

 リンはサンドラよりいくらか若い冒険者だ。
 威力はともかく魔力のコントロールに難があるためパーティーが組めず、ソロで活動していたところ縁があって3人で組むようになった。

 本人いわく、貧乏していたらしく体つきが細く背も低い。
 服装も変わっており、魔法使いらしからぬ革鎧とフードつきの毛皮のマントを身につけている。
 顔立ちはマズくないが、前歯が1本欠けているのを愛嬌と見るか瑕疵かしとみるかは意見の分かれるところだ。

「このままじゃ火事になるぞ。水の精霊よ、局雨スコール

 ドアーティが水の精霊に呼びかけ、局地的にザッと雨が降る。

 この森に限らずダンジョンは周囲の環境を破壊――例えば森を焼き払ったり、迷宮を水攻めにしたりすると暴走スタンピードと呼ばれるモンスターの大流出が発生する。
 その勢いは凄まじく、場合によっては都市が壊滅した事例もあるそうだ。

 ダンジョンは冒険者にとっての収入源だ。
 ドアーティのような心ある冒険者はダンジョンに一種の敬意を持っており、決してむやみに汚したり傷めたりはしない。

「ひひっ、さーせん」
「全く……サンドラからも言ってやれよ」

 サンドラは「さてね」と肩をすくめながらファントムが遺した魔力結晶と呼ばれる小石を回収した。
 これは錬金術の素材になるらしい。

「アタイには精霊の加護はないからね。防御魔法でも覚えてみるか」
「おいおい、まだ手を広げるのか? 盾も使い始めたばかりだろ」

 サンドラの言葉にドアーティが複雑な表情を見せた。
 ドアーティの『精霊の加護』やリンの『先天性魔力異常』はギフトと呼ばれる特別な才能だ。
 持つ者は稀、役にたつギフトはさらに稀だが、この3人パーティーにはなぜか2人も集まっていた。

「まあね、魔法じゃなくてもいいさ。リンの魔法への対抗がなきゃアタイが死んじまうよ」
「ひひっ、さーせん」

 サンドラは最近、小盾を持ち、硬革鎧の下に鎧下ガンベゾンをしっかり着込むようになった。
 これはひとえに肌の露出を少しでも減らし、リンの魔法を防ぐためだ。

「よし、巨大芋虫クロウラー2体にファントム4体。この辺りでもうちょいやるだろ?」
「ふむ、俺はもう少し浅いとこで狩るのがいいと思う。リンの魔力はどうだ?」

 この『シュイヴァンの暗き森』は他のダンジョンと稼ぎ方が異なる。
 森の中は絶えずモンスターが満ち、少しでも間引きの手がゆるむと、森の外へあふれてしまう。

 ゆえにシュイヴァンの街は森の側に『森の村』と呼ばれる拠点を造り、冒険者を常駐させ、モンスターに報奨金を懸けて討伐させている。
 つまり、この森でモンスターを倒した証拠を持ち帰れば金になるのだ。

「もうちょい休めば火球を2発ってトコでやんす」
「ふうん、ファントムが続けて出ないとも限らないし、村の方に戻りながらもう一戦かね」

 まだまだ稼ぎは物足りない。
 村の方に足を向け、弱い敵を少しだけ狩る腹積もりだ。

「ひひ、鹿ディアとかボアなら討伐だけじゃなく素材もウマウマでやんす」

 リンの言うとおり、帰りがけならば丸ごとモンスターを持ち帰ることもできる。
 肉や毛皮はそれなりに高く売れるのだ。

「やれやれ、取らぬタヌキの何とやらだ」
「ひひっ、さーせん」

 なんだかんだで一番キャリアのあるドアーティは面倒見がよく、リンの相手をよくしている。

「しっ、ちょっと待ちな。あそこに何かいるね……石を投げてこちらに気づかせるか。ドアーティ、リン、魔法で仕留めることはできるかい?」

 少なくとも人間ではなさそうだ。
 しかし、ドワーフや獣人の冒険者である可能性も無きにしもあらず。
 いきなり攻撃するのはためらわれる。

「うーん、距離があるな。俺の精霊術じゃ届かんぞ」
「当たるかは微妙でやんすね。広範囲にバラまけばなんとか」

 なんとも不安な答えが返ってきた。
 サンドラは微妙な気持ちで投石紐スリングを取り出し、勢いをつけて目標付近の木に石を投げ打つ。

 カツーンと高い音が鳴り響き、物陰と木の上から四足の何かが飛び出した。
 ネコ科の動きだ。

「2体だ! 早いぞ!」
「うおっ!? 蔦絡アイビーバインドっ!」

 ドアーティが精霊術で動きを止めようとしたが、木々から伸びるツタや枝が空振りした。
 モンスターの方が速いのだ。

(リンクスか! 初撃さえいなせばいける!)

 リンクスとは大型のヤマネコだ。

 サンドラは小盾を構え、剣を抜く。
 リンクスは「ギャオオ」と唸りを上げてサンドラに飛びかかった。

地波アースウェイブ!」

 だが、リンクスの動きをリンが止めた。
 地波――本来は地面をわずかに波立たせ、敵のバランスを崩す魔法だ。

 だが、リンの魔法は出力がおかしい。
 地面から土が間欠泉のように吹き出し、1体のリンクスを下から直撃した。

 サンドラに飛びかかろうとしたリンクスは、小さく「ギャッ」と悲鳴を上げて土の噴出に巻き込まれていく。
 無論、それは間近のサンドラも同様だ。
 巻き上がる土に視界や聴力を奪われ、まとわりつく泥で身動きができない。

(くっそ、リンのヤツやりやがった……!)

 しばらく後、ようやく魔法の効果が切れて周囲を見渡す。
 するとドアーティが2体のリンクスを突き伏せている姿が確認できた。

「ネコ科のモンスターは驚いたら金縛りになるからな。そこを突いた」

 ドアーティがこともなげに言い放つが、あの状況で冷静に行動できるのは豊富な経験ゆえの技であろう。

「リンッ! いい加減にしなよっ! 洗濯してくれんだろうねっ!?」
「ひひっ、さーせん」

 サンドラが怒鳴る脇で、ドアーティが我関せずと地面を足でならしていた。



 森の村は冒険者の拠点だ。
 冒険者ギルドの出張所があり、酒場もあれば商売している店もある。
 ただ、農業は行われておらず、農夫の姿はないのが特徴だ。

「ファントムが4、魔力結晶も4。芋虫クロウラーが2、素材はなし。リンクスが2、これはいい毛皮になるな。それに日当で10ダカット、3人で30だな」

 冒険者ギルドの受付が「おつかれさん、188だ」と硬貨を取り出した。
 一人頭62ダカット。
 端数は洗濯賃としてサンドラが貰うことになった。

「もうちょい、いけたな。10体倒して日当を上げたかったところだ」
「まあね。アタイを泥だらけにしなければ、まだいけたろうね」

 サンドラが恨めしげに視線を送ると、リンは「ひひ」と肩をすくめた。

 ちなみに暗き森ではモンスター討伐は依頼なので、達成で報酬がある。
 10体以下は最低の10ダカットだ。

「泥を落とさせてもらうよ。明日の午後なら鎧下も乾くだろ、昼から出るかい?」
「まあな。さすがに62ダカットじゃ飯食って布団で寝たら、いくらも残らんからな。明日は明日で稼がにゃならんだろうさ」

 サンドラ、ドアーティ、リン……シュイヴァンでは、それぞれがソロとして活動することが多かった冒険者だ。
 だが、こうして今はなぜか3人で固定パーティーを組んでいる。
 
 この森でサンドラは冒険者としての才能を開花させつつあった。


■パーティーメンバー■

サンドラ
レベル18、女性
偵察(上級)、剣術(中級)、投擲(中級)、罠解除(初級)、盾術(初級)、統率(初級)

ドアーティ
レベル21、男性
槍術(上級)、製図(上級)、調理(上級)、精霊術(中級)、農業(初級)、精霊の加護(ギフト)

リン
レベル17、女性
攻撃魔法(上級)、第六感(上級)、看破(初級)、短剣術(初級)、先天性魔力異常(ギフト)
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