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55話 カミさん欲しいなあ

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 数日後。
 俺は内務卿に呼び出され、魔王城に赴いた。
 例のダンジョン――死者の国の件だろう。

「72号ダンジョンマスター、ホモグラフトです」

 会議室まで案内され、ノックをして名乗る。
 するとドアが開き「待っていたぞ」と声をかけられた。
 内務卿、エルフ社長、それに見知らぬ役人が数名いる。

 俺は促されて空いている席についた。

「さて、揃ったな。では40号ダンジョンの調査結果を順にお願いしよう。まずはダンジョン公社社長より発見時の報告だ」

 内務卿に指名されたエルフ社長は先日の調査について詳しく説明した。
 マスタールームに侵入し、ドッペルを倒し、ダンジョンマスターと思わしき遺体を発見したこと。
 その後は現場保存に努め、調査官に引き渡したらしい。

「ホモグラフト卿、今の発言を聞き何か異なることはあったかね?」
「はい、一点だけ申せば私は先に帰還したために引き渡しは確認しておりません。それ以外は社長の発言の通りです」

 俺の言葉に内務卿は「よろしい。よく分かった」と頷いた。

 基本的にこのような重要な会議では嘘を見破る魔道具などを使用する。
 こうして複数人が証言をするのは勘違いや誤認を防ぐためだ。

 ちなみに、これで俺の役割は終わりだったりする。

「それでは、続いて検死官からの報告を――」

 ここからは検死官や犯罪捜査官からの報告だ。

 俺には分からない専門的な話も多いが、手元の紙に要点を書き出して整理していく。

 まず、遺体はダンジョンマスターのものだと思われること。
 死因は心臓の発作らしい。
 享年は46だ。

 もともと引きこもりだったダンジョンマスターは、転移などのアクセスを許可制にしていた。
 それゆえに急死して連絡が遮断されてしまったものらしい。
 その後は権限の一部が移譲されたドッペルたちがダンジョンを維持管理していたそうだ。

 捜査官は俺がドッペルを斬り捨てたことで捜査が難航したとチクリと指摘してきたが、全く問題にならなかった。
 まあ、あのまま無防備でいたら俺も社長もこの場にはいなかったのだから当たり前である。

「このような引きこもりを許していたのでは同じような事例が再発するだろう。エネルギー事業は国家の大事である。ダンジョン公社の再発防止案に期待したいところだが、社長のお考えをお聞きしたい」

 内務卿は厳しめの口調だが、これは仕方ないだろう。
 実際にエネルギーの回収に問題が発生したのだ。
 今回はたまたま上手く解決したが、めでたしめでたしで終わらせる話ではない。

「はい、今後はダンジョンマスター1人の運営は規約で禁止し、3人以上を義務化します。各ダンジョンに定期連絡を課し、滞れば公社から社員を派遣し様子を確認させましょう」
「よろしい。ならばスタッフ3人までは給与の助成を――」

 再発防止に向けた取り組みまでが打ち合わせられ、会議は終了だ。

「ホモグラフト卿、少し時間はあるかね?」

 エルフ社長にひと声かけて退出しようとしたところ、内務卿から呼び止められた。
 会議中とは違い、穏やかな表情である。

「はい、なんでしょうか?」
「うむ、此度のことは聞いたぞ。攻略に尽力したのみならず、強力な保安員も撃破したそうだな。見事な働きであった」

 内務卿は「陛下もお喜びだろう」と何度も頷いている。
 なぜ魔王様の話になるのかはよく分からないが……まあ、自派閥の構成員の働きを喜ぶのは当たり前かもしれない。

「そこで、だ。貴卿の働きに応えねばならんが希望はあるかね?」

 内務卿が笑いながら訊ねてくるが、業務外の労働で手間賃ってわけにもいかないだろう。
 俺はあくまでも個人的にエルフ社長の手助けをしただけである。

「ご配慮いただきありがとうございます。しかし、私はすでに社長から報酬をいただいていますので、これ以上のお気づかいはご無用に願います」
「む? そうなのかね?」

 内務卿がエルフ社長をチラリと見た。
 社長も「はて?」と首をかしげている

「いやいや、あの居酒屋のマルタンさんでおごっていただきましたから。十分ですよ」

 実は、こうやって余裕ぶれるのも理由がある。
 俺の装備は『全部タダ』なのだ。

 兵器局では俺の要望を職人さんたちが形にした『ホモグラフトモデル』という装備のバリエーションがある(士官は自分で用意した装備を使えるのだ)。
 これに一部の愛好者がいるらしく、地味なロングセラーになっているそうだ。
 この関係で、兵器局は俺の装備をタダで面倒見てくれている。

(それに、後出しで『思ったより大変だったから』と報酬を追加請求するのは何か違う気がするしなあ)

 男同士の関係には伊達や見栄もある。
 あまりみみっちいことをしたくないのだ。

「むう、部屋のウソ発見器も作動しておらぬ……ゆるせ、わしは卿の赤心せきしんを見誤っていた」

 内務卿は大げさに俺にあやまる。
 これには少しまいった。

「うーん、ホモグラフトさんのお気持ちは大変うれしいのですが、それだと私は『ちょっと1杯おごっただけ』であなたを命の危険にさらしたみたいになってしまい……なんとも具合が悪い。なにか報酬は用意いたします」

 エルフ社長は「私を助けると思って受け取ってください」と困り顔のまま笑った。
 目上の社長にここまで言われては俺も断ることはできない。

「ご配慮ありがとうございます。頂戴します」
「そうですか! それは良かった」

 これで話はついたようだ。
 俺もこれで良かったと思う。
 ここで俺が変な意地を張らないように配慮してくれた社長と内務卿には感謝である。

「これとはまた別件でちょっと食事にでも行きませんか? 打ち上げもしておりませんしね」
「あ、それならウチのダンジョンに来ませんか? 今日のランチはスタッフがカレー対決するんだって張り切ってまして」

 そう、今日は究極のカレー対決の日だ……至高だったかな?
 まあ、それはどうでもいいか。

「それは面白そうですが、私がお邪魔してもよろしいのですか?」
「カレーですし、大丈夫でしょう。私は兵器局に寄ってから戻りますのでまた後ほど」

 内務卿も誘ってみたのだが、なにやら都合が悪いらしい。
 立場がある人なのでスケジュールも大変なのだろう。
 
 俺はひとまず会議室を辞去し、兵器局へ向かうことにした。

(……それにしても、ダンジョンで孤独死か)

 あのダンジョンマスターは、どんな気持ちでドッペルに囲まれて暮らしていたのだろう。
 幸せな幻覚に包まれて、ダンジョンに引きこもって暮らしていたのだろうか。
 それとも、現実の痛みや不安に耐えかねて、ダンジョンに引きこもる自らの境遇を嘆いていたのだろうか。

 俺は自分の将来を考えると、不安でたまらなくなってきた。

 39才、独身。
 家なし、趣味なし、恋人なし。
 仕事は転職したばかり。

 改めて考えると俺の人生、わりと詰んでるかもしれない。

 今のスタッフは俺によくしてくれる。
 しかし、彼らだって転職も退職もするだろうし、スタッフに老後の面倒を見てもらうことは無理なのだ。
 ひっそりとDPモンスターに世話されながらダンジョン内で朽ちるのだろうか。

 真っ黒に変色したダンジョンマスターの姿が脳裏にチラついて離れない。
 あれは将来の俺なのだろうか。

(はあ、ドッペルに囲まれるのも悪くないのかもな)

 考えれば考えるほど取り返しのつかないテンションになるのが分かる。
 だが、やめたいと思ってもネガティブな思考は治まるものではない。

(……ああ、カミさん欲しいなあ)

 俺も真剣に交際相手を探すべきだろうか。
 結婚相談所に登録するのも悪くないかもしれない。

 兵器局につく頃には気分はドン底、職人さんたちに怪我をしたのかと心配されてしまった。
 最近、ここに来るときは精神の平衡がとれていない気がする……申し訳ない。

「うへえっ、なんですこれは!? ミスリルがベコベコになってひび割れてやがる。こりゃパーツ替えで間に合うかな。おーい、ちょっと皆来てくれ!」

 俺を担当してくれる職人さんは女性で、わりと昔からの顔なじみだ。
 気心も知れているし、やりやすい。

 いつも動きやすい格好で、髪を無造作に縛っているアネゴ肌の美人。
 半袖からのぞく二の腕が眩しい。

 最近結婚したらしいが、その理由が『旦那さんの粘り勝ち』なのだそうだ。
 なんでも女職人さんには意中の男性がおり、長いこと片思いをしていたらしい。
 そこに後輩だった旦那さんが猛アタックを繰り返し、数年前とうとう女職人さんも陥落したのだそうだ。

 それにしても、こんな良い女を放置して逃した片思いの男とやらはバカなことをしたものである。
 聞くところによると凄腕の軍人らしいが、出会いの少ない職場でそんなことをするヤツはロクなもんじゃない。

「うはっ、この警棒はもうダメだね。何を殴ったらこんなにひしゃげるんだい」
「剣も新調したほうがいいぞ。このオリハルコンの破損具合は資料になるレベルだな」

 職人さんたちは兜や胴鎧のベコベコぶりに驚き、剣や警棒の有様を見て嘆き、グレーターデーモンの素材に喜んでいた。
 リアクションがいいのでちょっと嬉しい。

「これからは特殊警棒も使いたいんだ。できればつばをつけて素材を――」
「うーん、このレベルの強度で足りないなら伸縮はやめて、ここを――」

 俺も要望を伝えて意見を交換する。
 大幅な仕様変更が出たので「これはホモグラフトモデルの新作になりそうだ」と女職人さんが笑っていた。

 俺もアタックしていれば、この女性と家庭を築く未来があったのだろうか……いや、これ以上はツラくなる。
 妄想はやめよう。

「おっと、こんな時間か。また頃合いを見てお邪魔します」
「ああ、材料はあるし、すぐにできると思うよ」

 俺は女職人さんに別れを告げ、転移装置にむかった。
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