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59話 人間は魔石を作ることはできませんから

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 翌日、今日の俺は休みである……書類上は。

 職場に住んでいるわけだし、あまり休みも関係ないのだ。
 女性職員の手前、パンツ一丁でうろつくわけにもいかず休日も軍服の俺である。

 アンが届けてくれた新聞を読みながらホットドッグにかぶりつく。
 ソーセージとザワークラウトのオーソドックスなやつと、ポテトサラダを挟んだやつ、それにツナマヨネーズの三種だ。
 いずれもパリッと焼いたロールパンに挟んである。

 ポテトサラダに黒コショウがガッツリ利かせてあり、これがウマい。
 ツナマヨネーズにはオニオンスライスが挟んであり、これもイケる。

 ともすれば子供っぽい味になりがちなポテサラやツナマヨがアンのひと工夫で心憎い働きぶりだ。

(うん、社長も言っていたが、アンは小さな工夫をする名人だな)

 ひょっとしたら完成したダンジョンにひと手間を加えて発展させるかもしれない。
 数年ほどウチでダンジョンを経験させた後、公社への転籍を勧めても良いだろう。

「――今から業務を開始します」

 私室の外からは元気に朝礼の声が聞こえていたが、終わったようだ。
 俺がいないときは交代で朝礼をするのだが、今日はリリーだったらしい。

 点呼をしてから、業務連絡。
 この流れはいつも変わらない。

 外の様子をうかがいながらコーヒーをグイっと飲み干す。
 新聞とトレイをまとめてドアを開けた。
 さすがに休みの俺が朝礼にいるのはおかしいので、こうして終わるまで私室にいたのだ。

「今日もおいしかったよ。新聞もありがとうな」
「あっ、わざわざ持ってきてくれたんですか? ありがとうございます」

 そう、恐ろしいことに彼女はたまに俺の部屋まで入り片付けをしてくれる時もある・・・・
 だからこうして手渡すのだ。

 ……いや、見られて困るものは出しっぱなしにはしてないが、精神衛生上好ましくない。

「あっ、おはようっす! 今日はお休みっすね!」
「ああ、おはよう。もう少ししたら魔道具の量販店にでも行ってみるよ。ダンジョンで出す宝箱の参考にな」

 休みにゴロゴロしてると、皆に見られてしまうのだ。
 俺はいつも適当な理由を見つけて半日くらいブラブラしているのである。
 もっとも、大した用事はないので喫茶店でお茶飲んだり、銭湯でダラダラしてるだけなのだ……友達がほしい。

「あっ、それならリリーさんと行くといいっすよ! どうせエドさんだけだと分かんないっす!」

 俺はタックの言葉に「まあな」と曖昧に頷くが、さすがに傷つくぞ。

「あ、いえ。私は勤務中ですから――」
「大丈夫っすよ! ダンジョンから産出する魔道具の視察っす! それにホラ、これ見てほしいっす!」

 タックがドヤ顔で何やら書類を取り出した。

「最近、孤独死の関係でコアまわりの安全仕様変更があったっす! これはチェックシートなんで、公社に提出してほしいっす!」
「いや、そんなもん退勤のときに――」

 俺が口を挟むと女性陣からスゴい目つきで見られてしまった。
 タックからは虫を見るような、アンからは悲しいモノを見るような目つきだ。
 逆にリリーは感情が全く読めない無の表情である。

「……いや、そうだな。俺は休暇だし、リリーに届けてもらうとするか。俺も公社経由で出かけるし同行しよう」

 何だか分からないが、こうしなければ大変なことになる気がしたのだ……恐ろしいものの片鱗をあじわったぜ。



「大型魔道具店か……正直、あまり来たことがないな」
「ダンジョンの宝箱で使うのでしたら大型のものは無理ですね。ハンディータイプのものでしょうか?」

 午前10時。
 公社で書類を出してから魔道具の量販店にやってきた。
 展示場も兼ねているのでかなりの広さである。

「俺は官舎暮らしが長かったし、生活魔道具はあまり縁がないな。それこそダンジョンにコンロを入れたくらいか」
「実は私もあまり……大抵はカタログから選んでしまいますから、展示場は久しぶりです」

 今は新興ダンジョンで職員してるが、リリーはスーパーセレブだ。
 おそらくは先祖から受け継いだ個人資産を運用してるだけで想像もつかない額の利益を生んでいるだろう。
 彼女の生活レベルでは、わざわざ量販店に商品を見に来る必要はないわけだ。

「じゃあ、順番に見て回ろうか」
「……そ、そうですね。予定があるわけでもないですし」

 なんだかんだでリリーは魔道具が好きなのだろう。
 ニコニコと笑いながら大型のモニターを眺めている。

 さまざまなサイズの受信用モニターがズラリと並び、同じ画像を流す様子は目が回りそうだ。

 魔王領では魔道具で撮影した画像や音源を放送し、モニターで受信する事業がある。
 俺が居酒屋でスポーツ観戦してたのもこれだ。

「デカいなあ……この辺からはマスタールームのモニターよりデカそうだ。リリーも家ではこんな画面で見るのかい?」
「放送用モニターは個人用の小さいヤツですね。大きいやつは姉が占領しているので……」
 
 リリーの言葉には笑ってしまった。
 たしかに魔王様を相手にチャンネル争いはできない。

「少しうらやましいな。俺に兄弟はいないし、モニターは兵舎や居酒屋で『なんとなくついてるモノ』だったからな」
「たしかにエドは私室にもモニターありませんね。1つ買われますか?」

 少し気にはなったが、あんまり私室が快適になると引きこもりそうで微妙だ。
 それに成人チャンネルとか見てたらアンに見つかるとか、そんなオチがありそうで怖い。

「やめとくよ。私室にモノを増やしたくないし、モニターに気を取られて事故を見逃したくないしな」
「エドはえらいですね。私は自宅でモニターつけっぱなしです。音がないと寂しく感じて」

 たしかにリリーや魔王様の私室はとてつもなく広そうだ。
 ベッドとタンスだけの俺の部屋とは比べられない。

 その後は掃除機やら空調やらを眺めていると、店員に捕まった。
 平日からのんびり店内を見て回るカモだと思われたのかもしれない。

「こちらのハンディータイプの掃除機は軽いので奥様でも使いやすいかと。吸引力もこの通り――」
「少し音が気になりますね、自宅用にはもう少し静かな方が――」

 この店員、我々を夫婦だと勘違いしているらしく少し対応に困る。
 まあ、普通は職場の上司と部下がダンジョン用に魔道具を見に来るとは思わないから仕方ないだろう。

 人あしらいが上手いリリーはにこやかに対応し、巧みに店員のセールストークをかわしている。

「こちらの洗濯機は新技術が用いられていまして、魔石の消費や水量を節約できるので家計に優しく大変オススメのモデルになります」
「うーん、しかし従来機より値段が7万魔貨も違うし……魔石や水を節約した差額で7万も稼ごうと思ったら何回洗濯すればいいだろう?」

 当然の疑問だと思うのだが、店員は「少し待ってください」と慌ててカタログを調べ始めた。
 なぜ知りもしない機能で売り込めると思ったんだろう……不思議だ。

「エド、そんなに店員さんを困らせてはいけませんよ。またお尋ねしたいことがあればお声をかけますね」

 リリーはとびきりのロイヤルスマイルで店員をあしらっていた。
 しかし、俺は悪くない気がするのだが……まあ、リリーが楽しそうなのでいいか。

「今のはヒントになりませんでしたか?」
「ん? 洗濯機か?」

 リリーは俺の的外れな答えに「違いますよ」とクスクス笑う。

「魔石です。人間は魔石を作ることはできませんから」
「なるほど……それはたしかに名案だ。だが、魔石の国外持ち出しは規制があるはずだろう?」

 魔石とは、生体エネルギーを貯める性質のある鉱石だ。
 そのエネルギーは魔導的な刺激により放出することが可能なため、魔道具のバッテリーとして用いられる。

 ひと昔前までの魔石は天然石しかなく、したがって魔石を動力源とする魔道具はとてつもなく高価なものだった。
 だが、今では人工的に作られるため、魔道具は庶民が利用できるほどに身近なものとなったのである。

 この人工魔石の技術により、魔王領は爆発的な技術革新を果たした。
 ほんの110年足らずで、我々は他国とは比べられない文化的な生活を手に入れたのだ。
 魔法やスキルの関係で軍事力やハンドメイド製品の差はあまりないが、こと魔道科学の分野においては魔王領は200年はリードしていると言われている。

 この人工魔石の技術は魔族領独自のものであり、他国では魔族領から流出した魔道具は使い捨てが現状だ。
 もちろん魔石の輸出には厳しい規制がかけられている。

「規格外の極小魔石なら規制はないはずですよ。ただ、ほとんど使い物になりませんけど」
「なるほど。極小なら直列で配置してもロクな出力はないはずだ。軍事転用は不可能だからな」

 極小魔石では、先ほどのハンディータイプ掃除機ですら10回も動かせないだろう。

 ちなみにダンジョンコアは特殊4号型という超強力なデカいやつだ。
 これを2つも併用している。

「よし、3階層は宝箱に極小魔石を混ぜ、反応を見てみよう。食いつきが良ければ数を増やして4階層の宝箱でも使えるしな」
「そうですね。お試しに魔道具と混ぜてみるのが良いかもしれません」

 ちなみに極小魔石は数百魔貨の安価なモノだ。
 本当に使えるならDPの節約にもなる。

「それじゃあ、適当に小型の魔道具を見て回るか」
「そうですね……照明とか、ライターみたいなモノが良いと思います」

 それから色々と見て回ったが、意外とキッチン用品が面白い。
 ミスリルの保温性を利用した『予熱を利用した調理器具』は魔石を使わないそうだ。

「あの、やっぱりエドは女性は料理上手な方がいいと思いますか?」
「ん? そりゃあ、できた方がいいとは思うが、今は結婚してる職業婦人も多いし、あまり『女性』にこだわらなくてもいいんじゃないかな」

 俺の言葉にリリーが「いまどき職業婦人なんて言いません」と呆れながら教えてくれた。
 
「今は『共働き』って言います。職業婦人なんて死語になってますよ」
「あ、そうそう。共働きって言葉が出なくてさ」

 この辺の記憶力の怪しさは年齢的なものだろう。
 リリーにクスクスと笑われてしまった。

「これを機に俺も自炊くらいしてみようかな」

 なんとなくだが、これだけ便利なものがあるなら思ったよりもチャレンジのハードルが低い。
 俺の中で料理の修行とはイモの皮むきと鍋底みがきを何年もやるイメージがあるが、別に料理人になりたいわけではないのだ。
 考えてみれば兵隊時代は野営で簡単な煮炊きはしていたし、その延長でやってみるのも悪くない。

 リリーは「エドがですか?」と目を丸くして驚いている。
 少し唐突な発言だっただろうか。

「これだけ便利な道具があるならな。まあ、俺が使えなくてもアンなら使ってくれそうだ」
「私は料理をしたことなくて……あまりエドに頼りきりと言うのも、その……」

 リリーがなぜか凹んでいるが、なんかスゴいカレー作っていたし十分ではなかろうか。

 俺たちは先ほどの店員を呼び、いくつか調理用品を購入して配送の手続きをした。
 まあ、俺が使う予定だし、経費にしなくてもいいだろう。

 その後、昼時に魔道具店を後にした俺たちは、リリーオススメの小洒落た喫茶店に入店した。

 そこで食べたのは、円錐の塔みたいにそびえる山盛り生クリームが乗った2段のパンケーキだ。
 土台のパンケーキもふっくらとして高さがあり、ボリュームがある。
 口が曲がるほど甘ったるい味だが、添えてあるフルーツが口中を爽やかにしてくれるようだ。

 よほど好きなのか、食の細いリリーはパンケーキをペロリと平らげていた。

 いや、本当にウマいパンケーキだとは思う。
 ウマいとは思うが……これが昼食と言われるのは少々ツラい。
 パンケーキはペラペラの安っぽいやつにバターが好みだな。

「あ、エド。ちょっと待ってください」

 食べ終わるころ、そっとリリーが俺の唇をハンカチでぬぐった。
 ハンカチにも香水をふくませてあるのか、とても良い香りがする。

「クリームがついてました。はい、もういいですよ」
「そ、そうか。かたじけない」

 緊張して時代劇みたいな口調になってしまったが、リリーは特に気にした様子はない。

 しかし、なんというか……教えてくれれば店のおしぼりでふいたのだが。
 それは言わぬが花だろうか。
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