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74話 み、見損なったぞっ!

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「さて、あまり邪魔が入らずに話せる場所となると……」

 密談というほどではないが、魔王様からの非公式な下問である。
 場所を移そうとは思ったが、これが難しいのだ。

 あまり他人に聞かせるような内容ではないが……とは言っても魔王様は若い女性である。
 当然だが、密室に2人きりはよろしくない。

「どこか落ち着ける場所があればいいんですが、さて」
「ならウチに来るか? そういえばホモくんはリリーの部屋に来たことないな?」

 この魔王様の言葉には驚いてしまうが、よく考えたら居住区の応接間とかの話だろう。
 一昔前は上司を家に招くこともままあったと聞くが、さすがに俺がリリーを訪問することはない。

「いや、さすがに私がマリーの部屋に行くのははばかられますよ。そうですねえ……天気もいいし、飲み物でも買って庭のベンチにでも行きましょうか」
「うん、よきにはからえ」

 俺たちは売店で飲み物を買い、城の中庭に出た。
 ここは一般市民にも開放されているエリアだが、平日の午前中ということもあり人はまばらだ。

 庭はよく手入れされており、いつ訪れても季節の花が咲いている人気スポットである。

(見通しの良いベンチに向かうか……そのほうが近衛もやりやすかろう)

 巧みに姿を消してはいるが、プライベートとは言え魔王様には護衛がついている。
 視界が開けた場所では不審者は近寄りがたいし、話を盗み聞きされる可能性も低い。

「いい天気だな、サルスベリが満開だ」
「このピンクの花ですか。私は花の名前は分かりませんが、この庭を手入れする庭師の努力は分かります。いつ来ても小枝ひとつ落ちていない」

 本当にこの庭は清潔で美しい。
 専門の庭師がいるとはいえ、その積み重ねた労力は並大抵のものではないだろう。

 魔王様は「ホモくんらしいな」と喜んでいる。
 俺のような武骨者に庭師の働きが認められるのが嬉しいようだ。

「いい天気だなー、暑いかと思ったけど風が気持ちいいな――あひゃ」

 魔王様が両手で頭を抑え、変な声をだした。
 幅広の帽子が風を受け、飛ばされかかったらしい。

「えへへ、変な声が出ちゃったけど、飛ばされなくて良かった。これはリリーと買いに行ったんだ。なくしたくないからな」
「そうでしたか。今日は風がありますから、お気をつけください」

 魔王様が笑うと、こちらが気圧けおされるような――独特の陽のオーラのようなものを感じる。
 これは容姿の美しさだけではない、その強烈な物語性ゆえのものだろう。

 美しい少女が若くして王位を継ぎ、次々と起こる亡国の危機や反乱に立ち向い勝利する……なんと劇的な人生だろうか。
 魔王様は時代に選ばれた統治者ヒロイン、その存在自体が魔族の伝説なのだ。

(やはり、この方は魔族にとって特別な存在なのだ)

 それを再確認し、俺は身近に仕える幸運を噛みしめた。

 ちなみに世論調査で魔王様の支持率が80%を下回ったことはない。
 書籍では魔王様を取りあげれば部数が2倍になると言われ、身に着けた服は流行となる。

 まさにその人気は圧倒的なものなのだ。
 歴代魔王人気ランキングでも建国の祖ベルク王やその娘シーラ女王に次いで3位だが、この辺りは神話みたいなモノなので実質首位だろう。

「そう言えば……あの、あれだ。リリーとは、その、うまくやってるのか?」
「ええ、情けない話ですが彼女の支えなしでは立ちゆきません。今日は責任者としてダンジョンを守っているはずです」

 やはり妹の働きぶりが心配なのか、話題はリリーのことが多い。
 他に共通の話題が乏しいこともあるだろう。

 魔王様は複雑な表情だが、俺はできるだけリリーのことをヨイショしておいた。

 俺は魔王様と並んで池のほとりを歩き、東屋あずまやのベンチに並んで腰をかける。
 ここなら盗み聞きされることもないはずだ。

「今日のお城には落ち着きがありませんでしたね。なにか変事がありましたか?」
「ふあっ!? へ、返事っ!? まだ何も言ってないだろっ!」

 なぜか先ほどから魔王様の様子がおかしい。
 パタパタと顔の前で両手をふっているが、残念ながら俺には意味が分からない。
 申しわけないが、スルーして話を進めることにした。

「マリー、ここなら誰にも聞かれません。2人きりです」
「なっ、一体何を……!? それはダメだっ!」

 この後、魔王様が正気を取り戻すのにしばらく要した。



「そうですか、国境ではそんなことが……」
「うん、ホモくんの後任はもう3人目なんだ。ローガインも人選に苦労してる」

 最近になって、人間の国から勇者の侵入が相次いでいるらしい。

 勇者とは人間の中でも強硬派の急先鋒が組織する特殊部隊のことだ。
 少数精鋭のために捕捉しづらく、どこからでも浸透して要人殺害や破壊工作を行う最悪のテロリストでもある。

 これに対処していたのが俺の部隊だったのだが、どうやらうまくいってないようだ。

狡猾こうかつな勇者対策は経験が必要です。1度や2度の失敗はしかたないかもしれません」
「ダメだっ! そんなことではダメだ! 1度の失敗で領民を守れず兵が死ぬんだ! 私はローガインに賛成だ。後れを取った将軍を新たにして対策を練る必要があるんだ!」

 この言葉に俺はハッとした。
 軍人が守るのは領民の命と財産だ。
 失敗して経験を、などと言う話ではない。

 どうやら現場を離れていたために勘が錆びついていたようだ。

「申しわけありませんでした。私の失言です。お許しを」
「ううん、ホモくんの意見も一理あると思う……だけど、ホモくんが辞めたときに後任が人員整理して練度が不足しているんだ。経験を積むのを待っていたら被害が出すぎてしまうんだ」

 魔王様の言葉が徐々に弱くなるのは現状を憂いてだろうか。

(それにしても、俺やゴルンが抜けたあとはそこまで弱体化していたのか)

 どうやら全軍の練度を高めるために精鋭揃いのパトロール部隊から隊員を引き抜き、士官としてバラバラに再配備してしまったらしい。
 それ自体は間違いとは言えないが、あまりにも急ぎすぎだ。

(……これも軍縮の流れってやつか)

 俺はかつての部下を思い出し、やるせない気持ちになってきた。

 部隊の錬成は一朝一夕にはならないが、壊すのは一瞬。
 なんだか俺のキャリアを全否定されたような……言いようもない失望感だ。

「他にも獣人の国が再軍備を始めたみたいだし、監視されていたはずの私の親戚も何人か姿を消してる」
「それは――人間による大攻勢も予想されます。地方軍を急いで編成するか、国境地帯に派兵するか、事前の対処が必要です」

 魔王様の話を聞き、俺の口から「むう」と唸り声が漏れた。

 軍の弱体化、人間からの攻撃、獣人の再軍備、政治犯の逃亡。

 1つ1つを並べてみれば対処可能な事件ばかりだ。
 だが、短期間に集中してるとなれば難しい。
 これがすべて連携した動きならば危険な状況だ。

「すでに四天王のキスギ、タキ、イザは動いているが、この3人は個別だと少し頼りないんだ」
「たしかにタキ長官やイザ大軍師はサポートが得意な後方支援タイプです。ですがキスギ司令は攻撃戦も得意。キスギ司令を軸にして人間側に、タキ長官を獣人側の抑えにするのはどうでしょうか? 近衛武官長のモリ・サキ殿と魔法団長イシ・サキ殿も含めて対策を協議すべきかと」

 名前が出たのはすべて軍部の重鎮ではあるが、良しも悪しくもローガイン元帥が目だっているために小粒な印象は否めない。

「ローガインはどうする?」
「元帥は軍の再編中でしょう。そのままお任せし、後詰めとなさればよろしいかと」

 俺が地面に剣の鞘でガリガリと図を書き、説明すると魔王様がぐっと身を乗り出してきた。

 顔がすぐ側にあるので緊張してしまう。
 互いの吐息がかかり、魔王様の髪が頬にふれる距離感だ。

 これはマズい。

「しかし、この配置だと――」
「……マリー、その、恐れながら……お顔が近いようで」

 魔王様が「顔?」と小首をかしげ、状況に気がついたらしい。
 突然「はばっ!」と奇声をあげ、バネじかけのオモチャのように飛び上がった。

「み、み、見損なったぞっ! リリーがいるのにそれはダメだろっ!」
「リリー? はともかく、それはそうです。顔を近づけるなど不敬でありました。お許しを」

 俺が頭を下げると魔王様は「ゆ、許すわけないだろっ! 唇なんか!」と顔を真っ赤にして猛抗議をする。
 この手のセクハラ案件は男に不利、俺は謝るしかできない。

 国家元首にセクハラ……考えなくても前代未聞だろう。

「ホモくんのジゴロ将軍ー!」

 魔王様は謎の罵声を残し、走り去ってしまった。
 何をどう間違ったのかは分からないが、非常に良くない予感がする。

(不敬罪で済むか、これ……?)

 俺は死んだかもしれない。
 文字通りの意味で。
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