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89話 無茶ぶりもいいトコである

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 ようやく、と言ったところか。

 俺は公社から呼ばれ、暴走計画の説明会に参加していた。
 説明会というのも変な感じだが、集まったダンジョンマスターで軍務経験がある者はほぼいない(兵卒経験や衛兵経験がある者は1名ずついるようだ)のだから必要なのだろう。

 そこでなんと社長が俺がを推薦し、作戦の例をいくつか挙げることになった。
 無茶ぶりもいいトコである。

「――このように、ダンジョンの立地条件を活かした破壊活動を行えば効果が見込めるでしょう。大きな都市が近いならリポップモンスターを放流するだけでも大きな混乱が予想できますが、可能ならばここで橋や堤防などのインフラの破壊など――」

 俺が解説を進めると「すいません、よろしいですか?」と手を上げた者がいる。
 79号ダンジョン、俺の後輩になるダンジョンマスターだ。

(ほう、79号ダンジョンは稼働直後だろうに参加しているのか)

 キリッと髪をアップにし、カチッとしたスーツを着こなした女性だ。
 たしかリリーの先輩になる公社のエリート職員だった気がする。
 キャリアアップのためにダンジョンマスターに立候補したシングルマザーだとリリーから耳にしていた。

 印象として、とにかく胸のボリュームがすごい。
 リリーも大きいが、それにも増してけしからんサイズだ。
 スーツが胸まわりだけパンパンになっている。

「マスター・ホモグラフトの論文は何度も読み返させていただきました。地元の村と共生するダンジョン、その理念と破壊活動は矛盾していないでしょうか?」
「なるほど、その疑念は道理です。我がダンジョンの作戦行動は機密保持のために開示できませんが、地元の村に被害を出さずに周辺地帯を攻撃する方法はいくつか思いつきます。たとえば――」

 俺は地元の村を包囲し、DPモンスターで周辺地域を攻撃する方法を黒板に書きながら説明する。
 なんの事はない、ウチのダンジョンのプランそのものなのだが『いくつか思いつく』などと誤魔化してるわけだ。

「あっ、すいません。私もよろしいでしょうか? 私は祖国に対する報復攻撃に同調する者ですが、攻撃目標とかがイマイチ分からなくて……ご意見をうかがってもよろしいでしょうか」

 見れば面長で青白い顔をした男性だ。
 33号ダンジョンマスター、日陰で育ったナスに似ている。

「33号ダンジョンですね。周辺データはありますか?」

 俺が確認すると、最後列で聞いていた社長が両手で大きく丸をつくって見せた。
 どうやら地形データをだせるようだ。

 ほどなくして大型モニターに精巧な地図が表示される。
 どうやら山岳地帯、湖があるようだ。
 そこから水を引いて貯水施設を造り、都市の生活用水や農業用水に利用しているのが目だつ。

「パッと見、この都市を滅ぼすつもりなら狙うのは貯水施設です。猛毒を持つモンスターを貯水施設や生活用水の上水路に放り込むだけでいい」
「えっ、それは……」

 俺はためらうマスター・ナス(俺がつけたあだ名だ)に「そうですね、その方向は良くありません」と頷いた。
 都市を滅ぼしてはダンジョンも枯れる。
 ダンジョンとは人間の営みがなければ成立しないのだ。

「ここは水路や貯水施設の一部を破壊くらいが妥当でしょう。水は生活に必要なものですし、復旧に人間たちのリソースを割くことができれば国境付近の緊張も緩和されるかもしれません」
「なるほど、それならゴーレムやアイアンスパイダーなどでも十分可能ですね。生活インフラを攻撃する意味も理解しました。ありがとうございます」

 マスター・ナスは納得したようだ。
 ちなみにアイアンスパイダーは多脚で走破性を高めたゴーレムみたいなものである。
 素材は鉄と決まったわけでもないのだが、ヒットした工事用魔道具の商品名がアイアンスパイダーだったので、そのまま一般的な呼び名となったらしい。

「すいません、私もよろしいでしょうか?」

 他の者が手をあげた。
 こちらは慎ましいサイズの若い女性だ。

(ほう、こんなに若い女性がダンジョンマスターをしてるのか)

 やはり責任者であるダンジョンマスターはそれなりの年齢の者が多く、20代半ばであろう女性は目立っている。

 魔導化が進んだ魔族領では男女の雇用機会は均等ではあるのだが、まだまだ軍などは男の世界だ。
 こうして多くの女性に向かい講義じみたことをすると変な気分になってくる部分もある。

 俺はつとめて平静を装いながら質問に答えて、時間は過ぎていった。
 説明会の最後には社長と交代し、社長の激励とスケジュールの確認で無事に閉会。
 どうなることやらと心配したが、なんとかなったようだ。

 攻撃の開始はただ今の時刻より10日以内に作戦開始。
 15日以内に成果の詳報を届けるというアバウトなものだ。

 これは不慣れなダンジョンマスターたちに無理やり同時刻で作戦開始よりも余裕をもたせたほうが良いという判断らしい。
 稼働中の39ダンジョンのうち、参加は27。
 やはり公社からの『強い要請』に応じる者は多いのだが、訓練もマニュアルもなしに同時の行動は難しい。

 なんとも悠長な話だが、俺やウェンディのように前もって準備をしている者ばかりでもないのだ。
 参加表明したダンジョンには支度金も支給されるそうだから、それから作戦を考え始める者もいるだろう。

(ゴルンが聞いたら怒り出しそうな話だが、な)

 なるべく鉄血ゴルンの機嫌を損じないように当ダンジョンは早めの行動を心がけたい。

 せっかくなのでウェンディと最終調整を兼ねた話がしたかったのだが、今日は友人の結婚式とやらで欠席だと連絡があった。
 まあ、メールもあるし、その気になれば転移で会えばいいのだからそこまで気にしたことではない。

「お疲れさまでしたホモグラフトさん。急な話で申しわけなかったですが、助かりましたよ」
「うーん、事前に話があれば違ったでしょうが、少しまとまらない話になってしまいました。申しわけないことです」

 俺が遠回しに非難すると、社長は「少し場所を変えましょうか」と申し出た。

「静かな店にでも行きましょう。うまいコーヒーを出すんですよ」

 どうやら食事時でなくとも、社長オススメの店を紹介してくれるらしい。
 俺は「お供します」と二つ返事で応じる。
 社長オススメの店にハズレなしなのだ。



「改めまして、本日はすいませんでした。実は多くのダンジョンから報復攻撃への問い合わせが続きましてね。ああした形で答えたらどうかと思いついたんですよ」
「まあまあ、その件は言いっこなしにしましょう。報酬はこのコーヒーで手をうちますよ」

 説明会の後、俺は社長に誘われ隠れ家的な喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
 夜はバーとして営業するらしく、しっとりと落ちついた雰囲気が心地よい。

「このコーヒーゼリー美味しいな。いい香りがするぞ」
「ほう、分かりますか。これはラム酒ですね。この芳醇ほうじゅんな香りと、自家製アイスの上に乗ったミントの爽やかさがとてもマッチしています」

 なぜか36号ダンジョンマスター・シェイラまでくっついてきて社長とアイスクリームが乗ったコーヒーゼリーを食べているが謎だ。
 酒飲みの社長は甘味もいけるクチらしく、ウンチクを披露しながらシェイラと嬉しそうに食べている。

「それにしてもマスター・ホモグラフトはすごいな。すぐに作戦を考えちゃうもんな。ニュースで言ってた通りだって感心したぞ」

 シェイラがニコニコとした表情で屈託なく褒めてくれるが……どのような報道がなされていたのか非常に気になる。

「公社に軍事の専門家はいません。ホモグラフトさんのお話がなければ大半のダンジョンマスターはモンスターを多めに放流するだけだったでしょう」
「それはやむを得ません。ダンジョンは攻撃のための軍事施設ではありませんし、ダンジョンマスターは民間人です。私は対勇者部隊を率いていましたし、テロじみた破壊工作の手口は勇者から学んだものですよ」

 そう、勇者はどこからでも――それこそ危険な崖や急流からでも侵入してテロ活動を行うのだ。
 国境地帯のインフラ破壊は彼らの得意とするところである。

「しかし、作戦の上申をした私が言うのもなんですが、これからはダンジョンの軍事利用がありえるかもしれません」
「そうですね、まあ時代や情勢に合わせて業態が変わるのは仕方のない部分ではあります。スタッフの安全確認、緊急時マニュアルの充実を進めていきますよ」

 社長は少し難しい顔をしているが、ダンジョンマスターの安全などのリスクを考えれば気が進まないのかもしれない。
 社長はトラブルがあれば責任を負う立場なのだ。

 微妙に空気が重くなる中、隣から「ズゾゾ」と緊張感のない音が聞こえた。
 どうやらシェイラが空になったミックスジュースをストローでしつこく吸っているらしい。

「そう言えば、シェイラさんのところの作戦は決まりましたか?」
「うん、ウチは夫に任せてるんだ。レッサーデーモンを使うみたいだけど、今日の話を伝えたら作戦が変わるかもな」

 俺の質問にシェイラが屈託なく答えた。
 おそらく作戦を隠しているとかではなく、本当に任せきりにしているようだ。

(レッサーデーモンか。シェイラさんのご主人はどんな使い方をするのだろう?)

 レッサーデーモンとは俺が戦ったグレーターデーモンの下位種だが、なかなか強力なモンスターだ。
 適当に放流して暴れさせるだけでも、そこらの冒険者や兵隊などやっつけてしまうかも知れない。

「シェイラさんの夫君、タジマ氏は若いころは魔王領と人間の国を股にかけて活躍した大冒険者でした。人間ですからあまり表には出てきませんが、武芸者としても一流以上なのは間違いありません。人間の国では賢者の称号も得ている学者でもあります」
「それは凄い。今日の説明会は私などより、ご主人がお話になられたほうがよかったのではありませんか?」

 名高い冒険者であり、一流の武芸者であり、賢者。
 シェイラのご主人は完璧超人か何かだろうか?

 当の本人は「でへへ、本当にカッコいいんだぞ」などとノロケけている。
 夫婦仲も良好らしい。

「タジマ氏は不思議な人物でしてね。発想力というのか、目のつけどころが違うというか……こう、話をするとハッとすることが多いんですな。ご本人はウィットに富んだ粋人ですよ」
「野に遺賢ありですか。いつかお会いしてみたいものです」

 社長も特に要件があったわけでもないようで、終始雑談である。

「こうして徐々に連れだせば、自主謹慎もウヤムヤになりそうですしね。また飲みに行きましょう」

 社長は冗談なのか本気なのか判断に困ることを言っていたが、ここは冗談にしておこう。

 他には暴走計画に使われたDPは公社から3割の補助が出ると聞いた。
 社長は「補助の方はまだ確定ではありませんけどね」と断っていたが、俺に話せるくらいには固まっているのだろう。

 それならばDPのギリギリまで成長促進に突っ込んでもいいかもしれない。
 成長させたハーフ・インセクトすべてが出撃しなくとも、防衛も大切な任務だ。
 これはちゃんと請求すべきだろう。

「理想目標は明日中ですが、連携をとる11号ダンジョンのウェンディは本日休みのようで連絡がとれません。現実目標として明後日には暴走計画を開始します」
「それは頼もしい。期待していますよ」

 俺は社長にごちそうになり、ダンジョンへ戻る。
 あれだけエラそうに講義じみたことをしたからには成果なしでは格好がつかない。
 気合を入れていこう。

 それにしてもシェイラはさも当然のようにオゴられていたが謎だ。
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