【ダンジョン公社、求人のお知らせ】 勤務地、72号ダンジョン。 オープニングスタッフ募集中。 未経験OK、アットホームな職場です。

小倉ひろあき

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90話 いよいよ作戦の開始である

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 4階層は西側のコロニーも完成。
 北のコロニーとも保安室同士を繋ぎ、中継地点にマスタールームを移設した。
 マスタールームにたどり着くためには、ハーフ・インセクトの保安室を必ず通過しなくてはならない構造だ。
 今のダンジョンでこれ以上安全な場所は求められないだろう。

 ちなみにゴーレム部屋はマスタールームのさらに奥である。
 生産施設だから当然だな。

 そして西側のコロニーに君臨する新たなクイーンは成長促進で成体となったダンジョン産である。
 西側はまだまだ数がそろっていないので、とりあえずは北側のみ3階層と繋げる予定だ。

「すごいな、大規模転移とは聞いていたが、そっくりそのままじゃないか」
「引っ越しと言うより転移っすからね! 事故に備えたデータの保存とかがめんどくさいっすけど、基本的にはスペースを用意して放り込むだけっすよ!」

 タックは謙遜するが、その『めんどくさい仕事』をキッチリこなした彼女は実に偉い。
 今までのマスタールームとの違いはゴーレム部屋への階段が閉鎖され、扉となったくらいだろうか。

「それで、これが明細っす! まいどありっす!」

 タックが突き出してきた請求書には構造部で9960、マスタールームとゴーレム部屋の移転費用が合わせて3980とある。
 その額に俺は「うっ」と息が詰まった。

「中途半端な額にしてるのはアタシの優しさっす! こうするとお安く感じるっす!」
「まあな……サンキュッパってやつだな。ありがとうな、これはウェンディにまわすようにしよう」

 移転費用は別としても、構造体だけで考えたら3階層全体と大差がない費用である。
 やはり広いスペースをひたすら掘るだけと、細々したハーフ・インセクトのコロニーを造るのでは手間賃が違うのだろう。
 これより78号ダンジョン、赤字経営に突入である。

「公社からのDP振り込みを確認しました。2000ですね」
「この額を見てからだと少なく感じるがありがたいな。カチムシとボアのリポップ設置をたのむ」

 リリーが魔道具を操作しながら振り込みの確認をしてくれた。
 カチムシとボアのリポップ設置は合計で2600、ギリギリまで成長促進したのでカラッ欠だ。
 公社からの補助に期待したい。

「大丈夫ですよ。企業の新規事業は銀行などから融資を受けるものですし、一般家庭だって新規を建てたり転移装置を購入するときはローンを組むじゃないですか。このダンジョンの収入は健全ですし、無事に返済できますよ」
「そうか、そんなものか……俺は今まで融資などは受けたことがなくてな。どうも落ち着かないよ」

 考えれば無茶な借り入れならリリーやゴルン(家庭人でもあるゴルンは意外なほど金銭感覚はマトモなのである)が止めてくれるだろうし、ウェンディも申し出るわけがないのだ。

(理屈では理解できるのだが、性に合わないんだろうな。俺には商売はムリそうだ)

 自分の年収以上の借金なんて想像するだけで縮みあがってしまう。
 思い返せば親も借家だったし、俺も大きな買い物は武具くらいしかしたことはない(魔王軍士官は自前の武器を使えるのだ)。
 それだって今は支給品みたいなもんだし、本当に何年も身の回りのモノや仕事関係以外に買い物をした記憶がないのだ。
 
(俺って消費経済の輪から外れているんじゃないだろうか……せめてリリーへの指輪や結婚したら新居は立派なのを買うとしよう)

 ふと、そこで我に返る。
 リリーと結婚するとしたら、式なども地味に収めるのは難しいだろう。
 新居だって郊外の建売住宅とはいかないのではないだろうか。

 俺はわりと早くから老後の貯蓄はしてきたが、これからはリリー関係の慶弔もあるだろうし……リリーの関係者っていえば魔貴族階級なわけで。

(あ、やばい。止まらなくなってきた)

 どんどん思考がネガティブになっていくのが分かる。
 これは良くない。

「ふん、戦の前に大将が緊張しているのなんて珍しいじゃねえか。なまってんじゃねえのか?」
「そう言うなよ。今までとは勝手が違うんだから」

 俺の様子を見たゴルンが勝手に誤解してくれたので、それに乗ってみた。
 さすがにこの年で金がなくて不安だとは言いづらいのだ。

「アサルトカチムシ、ツインテールボア、双方ともダンジョンに出現しました。冒険者と接触するのも時間の問題と思われます」
「よし、それでは今のうちに作戦をおさらいしよう」

 俺は気を取り直して皆と向き合う。

 作戦の概要はシンプルだ。
 まず、カチムシやボアなどを冒険者に確認させた後、モンスターを一旦回収する。
 これは今までの暴走スタンピードや変異の前兆を再現したものだ。

 ただ、3階層は広すぎるし、今回はウェンディとの連携もあるので悠長なことはできない。
 孤立した冒険者が発生した場合、俺がスタッフ登録を一時的に解除し救出に向かう。

 俺はそのまま避難の最後尾につき、冒険者たちを開拓村に籠城するように誘導する。
 リポップモンスターは『目の前の敵を排除せよ』で動くので、俺はこちらも開拓村に引き寄せる役を担うわけだ。

 開拓村はささやかだが防壁と門がある。
 これに籠れば戦術のないリポップモンスターを撃退することは容易だ。

 そこを打ち合わせ通りにハーフ・インセクトがゴーレムとガーゴイルを率いて攻撃目標に向かう。

「攻撃目標はこの橋、これを破壊し、隣の農家集落を破壊する。ここまで来れば都市から迎撃が出るだろう。交戦後、さらに進撃できるのならばそのまま川沿いを進み、このポイントの水車と水路を破壊する。これ以上の進撃は現実的ではないが、その後は都市方面に向かうルートだ」
「水車は揚水装置を兼ねた製粉所のようです。これは生活に必要なインフラと言えますね」

 リリーが俺の言葉を補足してくれた。
 魔道化の遅れている人間の国では、水力による製粉所は重要な施設だろう。
 ここを破壊すれば住民に心理的な圧を加えることができるはずだ。

「大将はどこまでいけると考えてるんだ?」
「現実的な目標として農村の破壊だ。相手次第の部分もあるから予想が難しいが……冒険者や塩商人の多い開拓村を封鎖するだけで都市への物流や戦力を遅らせることができるし、こちらはウェンディのための陽動といった目標もある。欲張らずにいこう」

 ゴルンは納得したのか「道理だ」と頷いた。
 もちろん、小さな戦果でもいちいち報告して見栄えを良くしたいって下心もある。

「炊き出しの準備も万端です。屋外調理は久しぶりなので緊張します」

 アンは俺と開拓村に行き炊き出しだ。
 さすがに魔道具は持ち込めないが、アンが背負うと背嚢のように見えるサイズの寸胴鍋に食材を大量に入れている。

「冒険者を閉じ込めるわけだからな。頼んだぞ」
「皆さんが喜んでくれたらいいんですけど、外国の方にお出しするのはちょっと心配です」

 人は腹が減れば荒れる。
 逆に言えば、飯があれば大人しくなるヤツもいるわけだ。

「物流を止めるなら1度くらいは輸送中の塩商人をガーゴイルで襲ってもいいかもな」
「そいつはいい。ガーゴイルやゴーレムの生産は続行するわけだし、リポップなんかの調整はゴルンが様子を見ながら臨機応変にやってくれ」

 ゴルンはニヤリと笑う。
 獰猛な笑みだ。
 俺もいるわけだし、あまり村を追いつめないでほしい。

「リリーは状況を見て各所に連絡を頼む。場合によってはウェンディのダンジョンに転移してもらうかもしれん。状況を確認しながら必要な情報を届ける伝令、作戦の要だ」

 リリーは緊張の面持ちで「承知しました」と頷く。

「これはリリーにしかできない仕事だ。任せたぞ」
「はい、エドには随時メールを送ります。定時連絡と緊急連絡の2種類にしようと考えてますが、どうでしょうか?」

 リリーにはしっかりプランがあるようだ。
 アンにも連絡をしてもらうなど、細部を詰めておく。

「アタシはどうっすか?」
「メンテナンスを頼む。こうした時に日常のメンテナンスは大切だ。いざという時にトラブルがないように目を光らせてくれ」

 タックは「了解っす!」と威勢よく応じるが……他社の人間である彼女にはこれくらいしか指示が出せないのだ。
 日常のメンテナンス、しっかり頼むぞ。

「レオもモニター監視だな。夜間は頼むぞ」

 レオからの返事はない。
 耳がピクッと反応しただけだ。

「カチムシ、ボア共に冒険者と接触」
「よし、リポップをカット。順にゴーレムとガーゴイルを回収する」

 リリーの報告に、かねてよりの手順通りの指示を出す。

 いよいよ作戦の開始である。
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