【思案中】物見の塔の小少女パテマ 〜魔道具師パティのギルド生活〜

紅柄ねこ(Bengara Neko)

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酒場と剪刀師ヴァル

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「ふふふっ……
 久しぶりに見るわね、シルバーちゃんっ」
 銀貨を一枚手に、パティはニンマリと笑みを浮かべている。
 自分で稼いだお金とはいえ、小さな少女が大金を持って笑っている姿などありえてはならないとシンは感じていた。

「あの……ギルドには戻らないんですか?」
 雑貨屋の後、武器と防具の説明を受け、すごく濃密な一日を過ごしたシン。
 武器屋でコッソリと胸当てから何かを取り出して売り払っていたパティを見た時は、何やら嫌な予感はしていたのだが。
 そしてそんな想いとは裏腹に、パティはシンを連れ酒場へと足を伸ばす。
「あ、あの……ここってお酒を飲む場所じゃ……?」
「ん? そだよ?」
 『今更何を聞くの?』といった感じのパティ。
 今までは聞くまいとしていたシンも、これにはたまらず口を開いてしまう。
「し……失礼を承知でお聞きしますが!」

 生まれてこの方、女性に年齢など聞いたことはなかった。
 村には歳上の女性がとても多く、普段の会話を聞いて学んだシンなりのマナーだった。
『女性に歳を聞くなんて……殺されたいの?』
 そんなイメージがいつからかついていた。
 しかし、お酒は子供には飲ませてはいけないものだとも知っている。
 シンですら、最近になってようやく飲んでも良い歳になったところなのだ。
 さすがにパティが立派な冒険者とはいえ、年齢的に飲んでいいはずもない。
 そう思っていたシンに、信じられない返答が聞かされる。

「あははっ、安心しなよ。
 アンタよりは上なのは間違いないからさ」
 そんなことを言い、逆にシンの年齢を心配されてしまう始末。
 お互いに飲める歳だと知って、いや……シンの中ではそういうことにするしかなかったわけで。
 パティは酒場のドアを双手で勢いよく開いたのだった。

「おやっさーーーん!
 いつものなーーー!」
 ガヤガヤと賑わう店内。
 その騒音にも負けない声で注文をするパティを見て、カウンターの奥では一人の男性がチラッとこちらを見て指で丸を作っていた。
 了解したの合図なのだろう。そう瞬時に理解した。
「さぁ食おう食おう!
 これも冒険者にとって大事なことだ」
 皿に乗せ並べられている料理を4つ、器用にフォークまで持って空いているテーブルに運ぶパティ。
 シンは手持ちもなく、勝手に料理をとるわけにもいかなかったが、同じ料理をもう1セット並べてくれたのを見て礼を言った。

「食べて体力をつけるんですね?」
 たしかに冒険者として大事なことだ。
 だとすれば肉と野菜をバランスよく食べ、脂っこいものは控えるべきか?
 だがしかし、並べられた料理はどれもお酒に合うとされる脂っこい肉料理ばかりだ。
「違うよバカだねぇ。
 大変な思いをしたら息抜きも必要だって言ってるのさ」
「そ、それは……確かに……」
 背もたれに深く沈み込み、呆気に取られるシン。
 これまでの緊張もあり、肩の力が抜けた途端に、自分の意識がフワッと飛んでいきそうになったのだった。

 目の前で幼そうに見える少女が泡の乗った黄金色のエールをグイと飲み干している。
 続けざまに二杯目が運ばれてきて、今度はトロトロに煮込まれたサイの目状の肉の塊を一口。
 白と茶のコントラストがパティの持つフォークで半分に切られ、突き刺しすぐさま口の中へと投げ込まれていく。
 小さな口で頬を膨らませながら満面の笑みを浮かべるパティ。
 『ゴクッ』と飲み込んだ音がシンにまで聞こえて、再びエールを、今度はジョッキの半分ほどだろうか?

「ん? 見てないで食べなよ。
 ……あ、もしかしてお金の心配してるのかぁ?
 気にするなって。今の私には愛しのシルバーちゃんがいるんだからさっ」
 キラキラと輝くような目で銀貨を見つめるパティ。
 だが、シンは別に心配していたわけではなかった。
 豪快、痛快、大胆、とにかく見ていて気持ちいい。
 それと共に、小さな口いっぱいに頬張る姿が可愛らしい、と見惚れてしまっていたのだ。
「あ、いや、はい!
 いただきますっ。
 ……むぐ……むぐ……あ、本当、おいしいですねコレ」
 パティばかり見ていて料理の味のことなんてどうでもよかったのに、食べたことのない意外な味にシンは驚いた。
「そうだろう?
 こうやって美味しい料理が食べられるのも、冒険者が魔物を退治するからなんだよ」
「え? じゃあこれって魔物の肉なんですか⁈」
 これまでも村で魔物の肉は食べてきたシンだったが、その味は苦味が強く硬いものだった。
 栽培しているスパイスで味を誤魔化して食べるのが一般的だったが、目の前の肉はそうではない。
「魔物ったって何千種類もいるからね。
 苦かったって言うなら、そいつは毒のマナを多く含んでいるんだろうさ」
 そんな村の話をすると、パティは間髪を容れずそう言う。
 だからシンも驚いて言うのだ。
「毒だったんですか?」
「いやいや、毒のマナってのは解毒作用のあるって方だよ。
 まぁ純粋に毒になるマナを持つ魔物もいるけど、そんな肉を食べたなんて症例は珍しいんじゃない?」
 ホッと胸を撫で下ろすシン。
 そんな他愛もない話も交えながら、シンもまた少しずつくだけて喋るようになったのだった。

 ところが……
「ご機嫌よう。パテマさん」
 いつの間にか座るパティの背後に立っていたのは、パティと背丈が同じくらいの、これまた可愛らしい少女。
 少なくともシンにはそう見えていたのだし、パティとは違って髪も服も整っている。
 にっこり笑いながら声をかけてきたその少女に対し、シンの方を向きながら表情を強張らせるパティ。
「あ……あはは……
 どうしたの? こんなところに来るなんて珍しいじゃないヴァル……」
 未だにその少女の方へは振り向かないパティ。
 その問いに対して、穏やかに静かに語りかけるヴァルと呼ばれた少女。
「えぇ……実は私の商売道具である予備のハサミが無くなりまして……」
 困ったなぁ……という風のヴァル。
 商売道具の失せ物となれば確かに大変だ。
 最初は何のことかと傍観していたシンだったが、さすがに思い当たることがあることに気付いてしまった。
「あっ……」
 そう小さく呟いて、シンもまた黙ってしまった。
 言っていいものか……黙っていた方がいいのだろうか……

 翌朝、パティは償いとしてヴァルの練習相手にさせられていたのだった。
 ヴァルの仕事は見習いの理容師であり、それ以外にも刃物を扱う仕事なら何にでも積極的に学ぼうとしていた。
 ハサミはそのためのもので、もちろんパティも知っていて売却したのだ。
 素材にシザーマンティスという魔物が使われており、小さくても高く売れることを知っていたと正直に告白したパティ。
 次の日にギルドでシンが見た髪の整ったパティの姿は、もはや美少女を通り越して女神にさえ感じられたのだろう。
 あまりの熱視線に、さすがのパティも少々引いていたのだった……
 
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