【思案中】物見の塔の小少女パテマ 〜魔道具師パティのギルド生活〜

紅柄ねこ(Bengara Neko)

文字の大きさ
8 / 90

ギルドの異様な光景

しおりを挟む
 先日、酒場から出てすぐの話。
「売っちゃったハサミの代わり、ちゃんと作ってくださいよっ!」
 ヴァルは涙を浮かべながら、そうパティに訴えていた。
 それに仕方なく応じるパティ。
 どうして誤魔化せると思ったのか?
 しかもすぐに白状するのだから、最初から売り捌いたりしなければいいというのに。
 あとは……変な話なのだが、パティがハサミの代わりを作れるのならば、わざわざヴァルのハサミをコッソリ売る必要なんてなかったんじゃないだろうか?
 そんなことを思っていたシンであった。

 次の日の朝からその作業に取り掛かろうとするパティだったが、一人物見部屋にこもっていた彼女を無理やり引きずり出したのがヴァルだった。
「もう見てられませんわっ!
 なんで髪を整えるために使うハサミを作る人の髪がボサボサなんですかっ!」
「いーじゃん別にー!
 誰も気にしてないもんっ!」
 羽交い締めにされてなお、抵抗するパティ。
「お天道様がお許しになっても、私は許せませんっ!
 今日という今日は絶対に髪を切らせてもらいますからっ!」

 いつもいつもパティの姿を見るたびに気になっていた。
 肩まで伸びたら私が切ってあげよう。
 そんなことを思っているのに、いつも良いところでパティは自分で適当に切ってしまう。
 人に切られるのが嫌だとか、今の髪型が気に入っているとかではない。
 単に面倒なのと時間が惜しいだけなのだ。
 今日に限ってはいい機会だと、昨夜からヴァルは一人、どんな風にセットするかを枕元で必死に考えていたのだった。
 なんせ、今後このようなチャンスがいつ訪れるかは、誰にもわからないことだったのだから……

 お昼過ぎ、シンは約束していた時間にギルドを訪れる。
 研修は2日目に突入し、先日パティに連れていかれたばかりの新米が、翌日も変わらず顔を出すことが珍しいと思う冒険者は多かった。
「こんにちわー……」
「おや、昨日はお疲れさん。
 パティから話は聞いてるよ。なんでも素直さが気に入ったとかで、魔道具作りを教えてやろうとか言ってたかねぇ。
 ……珍しいこともあるもんさね」
 ザワザワと建物内が騒がしくなる。
 パティが他人を『気に入った』と言うのだ。
 まぁ全くないわけではないが、パティに気に入られた人物はほぼ例外なく有名な人物となっていた。
 王宮魔道具師エディオン。
 銀級冒険者サルバドール。
 国に仕えれば人生勝ち組、ドラゴンを一体討伐すれば数年は遊んで暮らせる。
 そんな生活を送る者たちの中には、パティから指導を受けた者が多いのは事実であった。

「おい……まさか、あんな小僧が将来有望株だと⁈」
「でも、あのパティが認めたんだぜ。
 俺なんか終始ダメだしばかりで、イジメかと思ったくらいだっていうのに」
「そういやお前もパティ組だったんだな……辛かったろうに」
 この時は、周りがなぜ騒いでいるのか、知る由もないシン。
 確かにスライムと戦い死にかけたとはいえ、それ以外は別段変わった様子はなかったはずだ。
 パティの機嫌が良かったのか、それ以外にも理由があったのか。
 アビルマの言葉を聞くと、多くの冒険者たちは辛い思い出しか甦らない、酷な研修を思い出していた。

 それぞれのギルド職員には得意分野があり、アビルマは指導者を育てるのを専門としている。
 シンが初めて顔を出した時は、まさにそっち方面みたいな顔だと思ったのがアビルマの第一印象。
 剣の腕を磨きたいものにはヴァルの指導が入る。
 自ら剣を振るうことはないが、こちらもやはり指導を受けた者はどこの傭兵でも、騎士団でさえ入団を進めてくるそうだ。
 まぁ、ほとんどが未熟すぎて、顔を合わせる前から門前払いなのだが……

 そして、とにかく成功したいと願う者にはパテマがあてがわれるわけだ。
 こちらは大半が逃げ出して、成し遂げた者でも平凡な人生を望むものが多い。
 それでも成功すれば知らぬ者はいないと言われるくらいに有名になれるのだから、希望者は稀にいるわけだ。
 もちろん他にも魔道具の専門や、交渉術、商売を専門とした職員もいるのだが、多くはそれ以外の一般的な座学を経て研修は終了となる。

 そんなことなど知らなかったとはいえ『立派な冒険者』を希望したシン。
 新米殺しのパティが彼を気にいるなどとは誰も想像していなかったわけだ。

「おーいパティ! お気に入りのシン様がご来客だよ!
 早く降りて来んかね!」
 背後のドアを開け叫ぶアビルマ。
 普段の優しい声と表情とはうって変わって、まるで自分の母を見ているかのようだと感じるシン。
 パティもそれに応えるように叫んでいるのが冒険者たちにも聞こえてくる。
「だ、誰がお気に入りよっ!
 アンタも来るならもっと早く来なさいよーっ!」
 何やら怒っている様な悲しんでいるような。
 普段のやる気のない返事ではなかったものだから、不安を感じギルドから出て行く者の姿もあった。
 そして声の主が、階段を強く踏み締めて降りてくる。
 ズシズシ……とでも表現すれば良いのだろうか?
 わざと音を立てて降りてくるあたり、やはり怒りの感情が入っているのであろう。
 そんな不安に駆られながら待っていたシンが見たものは、昨日とはまるで別人の美しく髪の整った女神のような少女であった……
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...