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魔道具とマナ講座②

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「マナというのは、有り体に言えば人類に革命的な変化を与えた新しいエネルギーのことよ」
 水を、火を、風を利用してきた人類が、未知であった新しいエネルギーを発見した。
 それがマナだった。
 ……という、この世界で一般的に知られていることを説明しているパティ。

 マナは大気中に存在し、近くの触媒に影響を及ぼしアイテムとなる。
 しかしながら同時に意思を持ったそれらは魔物と呼ばれ、世界を覆い尽くすまでに増殖していった。
「じゃあ、それまでは魔物なんて存在しなかったんですか?
 いいなぁ……僕もそんな時代に生まれたかったよ」
「そんな良い話でもないぞ?
 魔物がいなかった時代はエネルギーも足りていなかったってのが通説だ。
 今でも魔物の肉は食料になるし、薬にもなる。
 素材は加工して武器や装飾品にもなってるしな。
 何より大きいのが魔道具の進化だな。
 人為的に大気のマナを呼応させ、水や炎を生み出すことを可能とした」

 まるで何十年も研究してきたかのように話すパティ。
 周囲に散らかった書籍には、きっとそういうことが色々と書かれているのだろう納得するシン。
 ヴァルは『そんな話よりも実演』と言ってパティを急かす。

 魔道具作りは非常に難しいとされているが、方法は単純。
 安定している状態のマナ、すなわち素材を一度不安定な状態へと変化させる。
 その作業が大釜で行う分解作業。
 特殊な液体が入った大釜に素材を入れかき混ぜる。
 時間をかけて、複数のマナが均質になるようにかき混ぜ続けなくてはならないそうだ。
 素材の入っていた木箱を踏み台にして混ぜ続けるパティから、説明を受けて真剣な表情を見せるシン。
「大変なんですね……」
「言っておくが、混ぜ続けることなど魔道具作りではどうということのない作業だからな。
 こんなもんはやる気さえあれば、誰だってできるんだよ」
 混ぜ始めて数十分、すでにパティの顔には汗が滲み出ているのが見えていた。
 『私には無理ですわぁ』と華奢アピールをするヴァルに対し、『どの口がそれを言う?』などと、二人の会話を聞きながらシンは作業を見続けた。
 約1時間ほどだったろうか?
 釜の中の液体は、まるで虹のようにさまざまな色がうねっているように見えていた。
 これが均質な状態となったマナらしく、油の浮いたような見た目になるものだと教えられるシン。
 ただし状態は不安定。
 このまま放置すれば周囲に様々な影響を及ぼすのだと聞かされる。
「この状態になったら、すぐに触媒と素材を準備するんだ」
 せっかく整えられた髪は、汗で乱れてしまっている。
 たしかにこのような作業を日常で行なっているなら、振り乱した髪のまま生活したくなるのもわからなくはない。
 そう思うシンである。

「触媒は魔鉄、近くの鉱山で取れるやつで十分だ。
 大体のマナは、この魔鉄を触媒として変化を及ぼす。
 そこに素材を併せて釜の中に沈めるんだ」
 触媒はそれ自身は変化しないが、反応をさせるために必要なもの。
 マナの種類によっては魔鉄では反応が起きない場合もある。
 最悪なのが、その触媒が無いまま液体を放置した場合。
 不安定なマナが勝手に周囲のものを変質させる。
 場合によっては魔物が発生することもあり、ひとたび反応が始まると、マナが無くなるまではそれが続くのだとパティは説明する。

「一度だけありましたわね。
 あの時は研究所が緊急閉鎖されて驚きましたわ」
「そういやあったな。
 デボアのバカが研究中に居眠りしたやつだろ?
 ったく、夜更かしで人の研究データの数ヶ月分パーにしやがって……」
 ぶつぶつと愚痴り始めるパティ。
 以前は二人とも、どこかの研究施設にいたのだろう。

 素材には変哲のないハサミが用いられ、それと魔鉄が共に網に入れられて釜に放り込まれた。
 やることは確かに単純であったが、それでもシンは驚いた。
 魔鉄では触媒にならないマナであったなら。
 もしも液体が溢れてしまったら。
 急に発作で倒れる者だっているかもしれない。
 そんな不確かな要素の詰まった作業が、この魔道具作りであると知ったのだ。

 ……まぁ、そんなことはパティたちには関係のないことで、何かあっても対処できるほどの準備はされているわけであるが。

「どうだシン、何か感じるものはあったか?」
 ヴァルから手渡されたタオルを手に、パティは問いかける。
「えっと、すごい大変だなぁって……」
 そう返答した途端、パティがむくれた表情でシンを睨みつけている。
「そうではない!
 釜の中から何か感じられるかと聞いているんだ!」
 力の入った両の手はグッと床に向かって突きつけられる。
 その右手に持ったタオルが木質の床に当たると、バシッという音がシンに威圧感を与えていた。

「あ、えっと……うーんと……」
 悩むシン。
 何を言うのが正解なのかがわからないのだ。
「考えなくても良い!
 アンタなら感じ取れるはずだよ!」
 急に怒り出すパティ。
 期待するような回答が得られずにイライラしたようだ。
 その後ろでヴァルは和やかに二人の様子を眺めている。
「つ……」
「つ??」
 一言発すれば一言返ってくる。
 緊張がピークに達したまま、シンはボソリとつぶやいた。
「冷たい……かなぁ?」
「そうだよっ!
 それで良いんだよ!」
 シンにはそれでも何が正解なのかが分からなかった。
 何が冷たいのか、冷たいとはなんなのか?
 ただわかることがただ一つ。
 笑顔のパティはやはり可愛いということだけだったろうか……
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