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魔物の生態

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『フィリアー! 見て見て、こんなのどう?』
 小さな端末を手に、小さな魔族の少女がフィリアに近づく。
『どれどれ?
 小さなうさぎさんね。可愛いじゃない』
 そこに映し出される画像を見て、フィリアは笑顔を見せる。
『えへへー。
 あのね、マナが貯まるとお庭の土を掘り返してくれるんだ。
 いつも近所のおじいさんが大変じゃーって言ってるから』
『うふふ、パルティナは優しいのね。
 でもこのままじゃ難しいかなぁー』
『なんでー? ちゃんと使い終わったら毛皮にもなるんだよ?』
『近くの畑にしちゃうと、もしかしたら作物が育ってる畑も掘り返しちゃうかもしれないわ。
 冬に育つ作物もあるし、夏のお野菜と同じ畑で一緒に育ててる人もいっぱいいるわ。
 そうね……毛皮は良いアイデアね。マナの使う量も考えられているし、小さいけれど小物には良いわね』
『むー……フィリアは文句が多いっ!』

 フィリアが再び異世界に来て更に数年。
 地球の各地ではマナの発生装置が広まりつつあった。
 転移可能になるものを作るもは危険が大きく、かと言って放置しておいたのでは所有国に交戦を仕掛ける国が無いとも言い切れない。
 魔族の当初の目的もあり、ひとまずは魔族の住めるように地球にマナを満ち溢れさせる段階をとることになったのだ。

 寿命は非常に長く、身体に持つ核が壊れない限りは滅多に死ぬことのない魔族にとって、10年や100年は大したことではない。
 地球人が魔界に来ても何をされるかわからない。
 そんな説明も混じえたフィリアの案に賛同し、転移装置の設置はまだまだ先延ばしにすることになったのだ。

 魔界で採れるミスリルという物質は、その核に一定以上の振動を与えることでさまざまなマナを周囲に発生させる。
 それらをまるでプログラムのように組み立てることで、火や水を生み出し、また時空に影響を与えることも可能となっていた。
 これを発見したのが数千年前の魔族であり、今でも盛んに研究が行われ続けていた。
 もともと生命維持に必要なマナは、研究によって消費される量が増えてしまい、体調不良を訴える者が急増したこともあった。
 そこで別の研究を進めていた者が、マナの発生に関する実験を本格的に開始したのだ。
 見事、これ以上ない成果が得られ、瞬く間に装置は各地に設置された。
 魔族の繁栄もまたそれに伴い、どんどん進む。

『マナの研究に私も加えてくださいっ!』
『しかし……フィリア殿はお客人……』
『私たち地球人も、あなた方魔族も同じ人です。
 その架け橋となれるのなら、これ以上ない喜びなんですっ』
 改めて魔界に着いたフィリアは、そう申し出た。
 魔族は地球人と共に生きたいと願っていた。
 マナを消費せずとも生きられる地球人は魔界の地でも生活できる。
 逆にマナを必要とする魔族も、装置を置くことで地球に住むことができる。
 余ったマナエネルギーを活用し、生活をより豊かにすることも考えられた。

 最初は手伝うばかりで、研究らしいことは何もできはしなかった。
 ただ、熱心に学ぼうとする姿勢が魔族にも認められ、遂にフィリアは魔道具作りを許されるようになったのだ。
『あまり多くのマナは出せませんが、この装置を一つお使いください』
『わかったわ! 人手が足りなくなったら雑用でもなんでもするから言ってね』
『あはは、さすがはフィリア様ですね。来た時と何も変わっておりません』

 しばらくは一人で行う研究が続いていた。
 魔道具の構造やマナに与える影響が書き溜めた資料が山のように。
 魔族の長年にわたる成果は膨大なものだった。
 端末もスマホよりよっぽど進化しており、定点空間認知独自的思考認識機能などという『フィリアが勝手に名付けた』仕組みによって触れることなく考えるだけで操作ができるものであった。
 そうなると出来ることも非常に多い。
 フィリアは地球での生活の知識を元に、ちょっとした役立つ魔道具のアイデアを出すことにした。
 それは食事や睡眠に関わることが多かったが、意外にも魔族へのウケは良かった。
 そんな中、魔族の学校に通う複数名の子供たちを相手にすることになったわけで、この時に出会った少女がパルティナとヴァリルだった。
 魔族の国の王様、いわゆる魔王の孫にあたるパルティナは、小さなツノと長い髪を持ち、竜の翼のような羽を持っていた。
 ヴァリルはとても動体視力に優れていて、身体能力も高い狐のような耳と尻尾をもった小麦肌の女の子。
 好奇心旺盛なパルティナと活発な少女ヴァリル、その他にも数名の子供たちがその後も時々顔を出していた。
 フィリアの研究が、まるで工作みたいで楽しそうだったのだろう。
 そして時は流れ、パルティナももう高校生くらいの見た目に成長していた。
 それでもまだまだ小さな子供らしいのだから、魔族の感覚はわからない。
 当然フィリアも歳をとり、この時にはもう40近い。
 魔道具作りはパルティナが主に行い、フィリアはマナの制御について研究することになっていた。

 そんな時に起こったのが、地球人との再接触という事件だったのだ……
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