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異世界への侵攻

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『フィリアさんは子供たちを連れて安全な場所へ!』
 魔族の研究員が、そう叫んでいた。
 世界はマナによって大きく変化し、小さな諍いは少なくなっていった。
 資源を奪い合って揉めることも少なくなり、領土を主張することも減ってはいた。
 地下にダンジョンを設けることが可能であり、動力となるエネルギーはほぼ全てをマナが解決してしまったのだ。
 とは言っても、完全に争いが無いわけではない。
 やはり後には引けなくなることも多々あるようで、こればかりは人の感情次第ということもあり、マナの力でどうにかなるものではなかった。
 そんな中、活用法が世界中に広まり続けると、わずか10年の月日でさらに地球は変化することになった。
 マナエネルギーは周囲の元素から食料を構成することを可能とした。
 この考え自体はフィリアが魔界に来た時から存在していたが、意思も持たず、核に集めたマナを用いて自然発生する存在を人々は『意思を持たない魔物UM』と名付けていた。
 UMの発生は地域を限定することができ、いわゆる家畜のように扱うことが可能であった。
 食料問題もほぼ解決へと進み、最終段階としてマナの充満と魔族の移動についての議論が進められていたのだ。

 そんな矢先に事件は起きる。
 魔族の一人が、コッソリと地球の者を魔界に呼んでいたのだ。
 フィリアから言葉は学んでいた人物の一人で、その者がとんでもないことを考えていたのを後に知ることとなったフィリア。
 当初マナは魔界にしかないのだと思われていたのだが、その魔界には一つの伝承が伝わっていた。
 神々の住む神界は無限のマナに満たされており、そこへと辿り着くことができたのならば、大いなる祝福が約束されていることであろう。
 空には女神が、大地には男神が存在し、大海原には全ての海を治める海王神が存在する。
 平和と慈愛、そして少しばかりの悪戯心で神たちは永劫平和に暮らしている……と。

『そんなことをしても神界には行けません!』
『うるせぇ! 誰がその目で確かめた?
 俺は俺の好きなようにさせてもらうっ!』
 騒がしくなったのはフィリアが自室で仮眠をとっていた時だった。
 一人の魔族が地球人と協力し、神界へとつながる転移装置を作り出したのだ。
 なにをどうしたのかは知らないし、それが実際に神界へと繋がったのかは誰にもわからない。
 フィリアもそんな騒ぎを聞きつけ、現場へと急行した。
『ダメですっ、危険だから近付いちゃっ』
 施設内の広い研究室で、大きな空間がポッカリと空いているのが見えた。
 地球人であるフィリアにも感じることのできる強烈なマナの力が向こうには確かにあった。
『さぁっ、我らを神々の世界へ誘いたまえっ!』
『ふふふっ、俺もこんなクソみたいな世界とおさらばできてせいせいするぜ』
 魔族と共にいたのは地球人の男だった。
 『あばよ』と一言放った男は、上着を脱ぎ捨てて魔族の者に続き空間の中へと吸い込まれるように入っていった。

 きっと神の怒りに触れたのであろう……
 どうにもできない広い空間の中で小さな叫び声がフィリアには聞こえたような気がしていた。
 フィリア自身がそう願っていたのかもしれないし、実際に向こう側で叫んだ者がいたのかもしれない。
 脱ぎ捨てられた上着を拾ったフィリアは、しばらくそのままジッと向こう側を見るように、空間を眺めていたのであった……

 そしてわずか数分の間に、フィリアたちは避難を余儀なくされる。
 装置は止まることもなく、暴走を始めてしまったのだ。
 強烈なマナがフィリアを襲い、意識が持っていかれそうになる。
 次第に空間は辺りの物を吸い込み始め、フィリアの目の前で研究員が1人、叫び声と共に飲み込まれてしまったのだ。

 施設の放棄はやむを得なかった。
 それどころか、魔界全土を捨てることになった可能性も高いと今でも思う。
 子供たちを連れて逃げた先は地球だ。
 試作と調整を繰り返してできた転移装置は、一度に大勢の魔族を地球に送り出すようにと作られていた。
 運用などまだまだ先の予定だったのだが、避難のためにやむを得ず使用したのがフィリアと魔族の子供たちだったのだ。
 だが、悲劇はこれで終わったわけではなかった。
 魔界で起きたことが原因で、地球に発生させたマナもまた制御不可となってしまったのだ。
 見たことのないUMがあちらこちらに発生し、それらはプログラム通りに動くものもいれば、バグを残したまま不安定な暴走を繰り返すものもいた。
 確認のため町に向かうと、フィリアはゾッとする光景を目の当たりにする。
 人々が農具やナイフを手に、UMとの#戦闘を行なっているのだ。
 人々の幸せのために作り出したはずのプログラムは、人々を恐怖に陥れていた。
 そして……もはや人ではないものを見ると手当たり次第始末していくのが当たり前となっていった。
 フィリアは4人の子供たちを失い、2人の生存者もマナの薄い地球では苦しむ日々を送ることとなったのだ……
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