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必ずしも干し肉では無いのです?

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「うわぁすごーい……
 なんだか冒険の始まりって感じだね」
「そうか?
 んー……俺には見慣れたいつもの街だがなぁ」

 岩壁の上に行くには、人工的に作られた洞窟の中を通っていくしかなかった。
 どうも、魔法の力で長いこと時間をかけて掘り進めたものらしい。

 切り立ったような岩壁の反対側は比較的緩やかで、眼下には巨大な都市が見えているのだ。
 こんな景色を見てしまったら、やはり壮大なメインテーマが頭に流れてくるものだろうが。

「わからんなぁ……聞こえるのは魔物の鳴き声くらいだが……」
「いいんだよ別にっ!
 っていうか、魔物が近づいているならはやく教えてよっ!」

 確かに『キュー』とか『ガー』とか聞こえてはいたけれど、普通に鳥でも飛んでいるのかと思っていた。
 フロックスの指差す方を見ると、すでに僕たちを見つけてロックオン状態の野鹿が二頭……二体?

「ワイルディアだ。
 スコルピほどは強くないが、脚が鍛えられているからな。早い動きが特徴だ」
 鹿……鹿はディアだったか。
 じゃあワイルドなディアを略してワイルディアなんだろうな。

「うわっ、本当にワイルドじゃん!」
「何言ってんだ、油断してると怪我するぞっ」
 スコルピのこともあって、ちょっと油断もしていたのは間違いない。
 それに、急にぴょんぴょんと跳ねながら突進してきたものだから、少しだけ驚いた。
 切り立った崖だろうが、乗った岩が崩れようが、お構いなしにこちらへ一直線。
 ワイルドだ……そして次現れた魔物の名前を当ててみたくなる……

「一匹は任せたぞっ!」
 フロックスが僕の肩をポンッと叩き、一匹のワイルディアに向かって走り出す。
 うーん……あのモモ肉なんかは美味しいんじゃないだろうか?
 ツノはアイテムになるとして、小さな尻尾もアクセサリーに……

 そんなことを考えている内に、数メートルのところまで近づいていたワイルディア。
「ちょっと残酷だけど……ごめんねっ!」
 わざわざ足場の悪いところを歩かずとも、向こうから近寄ってくれるのだから楽だった。
 足を滑らせて崖の下に……なんて嫌だからね。

「おいおい……また一撃かよ。
 ホント人族の子供のくせに、どれだけ強いんだ?」
 狩ったワイルディアの、ツノだけを持ったフロックスが近づいてくる。
「ねぇ、お肉は食べられないの?」
「あぁ、こいつの肉か? 味は悪くない。
 だが、ここから街まで持って帰るとなるとなぁ……」

 遠くに見える大きな街。
 加工前の肉では持ち運ぶのは大変だとフロックスは言う。
「じゃあ加工しちゃえば少しなら大丈夫でしょ?」
 僕はフロックスの返事も聞かずにミルを取り出していた。

「おいおい……ここで干し肉を作るのか??」
 大雑把にモモ肉だけを切り取って、皮はなかなか難しかったのでお願いしてやってもらった。
 その後、心配そうに見るフロックスをよそに、僕はガリガリとミルを回す。
 ところが、干し肉ではなく目の前に現れたのはコンガリと焼けている肉の塊だった。
 やや四角く成形されていて、僕の頭には一つの料理名が浮かんでいた。

「ローストビーフ……?」
 いや、実際は鹿肉だからローストディア?
 それとも単純に鹿肉のローストという名前になるのだろうか?
 どちらにしても、これでは保存ができない気がするのだけど……

 とにかく干し肉ではなく、紙皿に乗ったローストが一本。
「まぁいいや、街に戻ったらこれで一杯どう?」
「一杯ってお前なぁ……つか、なんだよその魔法は……」

 当然今の僕にはお酒なんてとんでもない。
 ただ、炭酸のきいたジンジャーエールくらいは飲みたくなるものだ。
 喉越しなら味わえるし……

 鹿肉のローストを見ながらそんなことを考えていると、ふとビールの作り方を思い出す。
 麦芽とホップ、それに糖が多いとアルコールが高くなるから、手作りキットに砂糖を入れたり……いやいや、当然違法だったから入れなかった(ことにしておく)けどさ。

 カルピスみたいにクエン酸や乳酸を加えて……よりは少し難しいか?
 いや、それでも似たような味には……

「急にボッーっとしやがって、何考えてるんだ?」
「あ、ううん。ちょっと飲んでみてくれないかなと思ってさ」
 何を? 当然ビールをだ。
 あの苦味とホップの香りを思い浮かべながら、炭酸を少しだけ入れる。

 そういえば、市販のビールも後から炭酸を加えているんだっけ……
 濾過したりで炭酸が抜けちゃうからってさ。品質管理ってたいへんだよね。

「容器っていってもこんなもんしか無いぞ?」
 フロックスは、僕に言われてお椀型の木製の器を取り出した。
 水を掬ったり、食べかけをちょっと置いたりするのに重宝するので、冒険者なら大体似たようなものを持っているとか。

「じゃあ……はい、コレ飲んでみてくれない?」
 器に注がれたきめ細やかな泡。
 まるで自分の身体がビールサーバーにでもなったかのようだ。

「お、おいおい……俺はあまりエールが得意じゃねぇんだよ……」
「苦いのがダメなの? 美味しいのにー」
 僕がクスクスと笑うと、フロックスはムスッとした表情を浮かべて器のビールの一気に飲み干した。

 こう、ガッと口の中に放り込むように。
 人間と違って口が前に出てるから飲み辛そうだ。
 あと……

「腰に手を当てるのは、どの世界でも共通なの?」
「なんの話だよ? っつか、なんだこのエール、めちゃくちゃ美味ぇじゃねーか」
 僕がスキルで出したことには一切触れず、味わってみたいからとおかわりを要求された。

「ぬるくて苦味ばかり強いもんだとばかり思ってたが、こいつはイケるな!」
 そう言って二杯目もグイッと流し込んでいた。
「い……いくらでも飲んでいいけど、酔ったりしないでよ?」
「心配すんな、俺はこう見えても酒には強いからな」

 そんなことを言いながら三杯目は鹿肉のローストと共に。
 僕も一切れつまんで、フロックスの様子を眺めているが……

「美味いが……いやしかし、このエールは全然気持ちよくならねーんだな。
 まさかアルコールじゃないのか?」
「良かったぁ、フロックスがいつになったら気付くかと思って心配だったよ。
 じゃあ僕が飲んでも大丈夫だよねっ」
「おいおい……お前はどう見てもまだガキだろう……」

 フロックスの持つ器を奪って、僕もローストをつまみながらビールを口にする。
 スキルで出した飲み物には喉を潤す効果もなければ栄養もない。
 そう思ったら我慢する必要がないんじゃないかと思ったわけだ。

 ローストには贅沢を言うならソースもつけて欲しかったところだが、味付けは岩塩とペッパーのみといった感じ。
 ビールをグイッと流し込むと、その味と喉越しだけは感じられる。
 暴飲暴食にもってこいだ。
 しかし何故だろうか……

 アルコールは無いはずなのに、気分が昂揚している気がして仕方ない。
 あぁ、きっと疲れていたんだろうなぁ……
 僕の意識は、いつの間にかそこで途切れてしまっていたのだった……
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