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愛でて何かいけないのです?

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「で、なんなのよこの包みは?」
 丸まって寝ているキュー助を少しどかして、サクアは布の包みを持ち上げる。

「ギルド長がサクアに渡すようにって言ってくれたんだよ。
 街を出るまで開けない方が良いって言われてて、まだ見てもないんだけど……」
「なら、もう開けても良いのよね?」

 馬車の中、東の港町へ向かいながらサクアが包みを開け始めていた。
 見た感じ包み自体も立派なもので、余程大事なものが入っているのだろう。
「あ、あぁ……なんだコレね……
 要するに捨てて良いものか悩んだから持ち主に返しておけってことでしょ?」

 包みが開くと、そこには式典に使われるような立派な衣装が1つ。
「あんのギルド長、ずっと私に対して嫌悪感抱いてたのよ。
 きっと最初から私の正体に気づいていたわ」

 多分、サクアと同じように感覚の優れた獣人を誰か雇っているのだろう。
 だからサクアのことを幻獣姫と気付いていて街から遠ざけてくれたんだろうと。
「私が生きていたってバレたら、今の教会の現状じゃ命を狙われてもおかしくないかもね。
 ホント……嫌んなっちゃうわ……一歩外に出ると周りは敵だらけ」

 フードを深く被って、悲しそうに喋るサクアの姿。
 僕はスッと近づいてサクアのフードをぺらっとめくってやる。
 ぴょこんと飛び出した耳がまた可愛らしく、正直撫で回したいまであるのだが。

「ちょ、ちょっと何よ急に⁈」
 慌てるサクア。ヤエも久しぶりにまともに見るサクアの素顔をジッと見ている。
「別にいいじゃん、馬車の中でまで耳を隠さなくたって」
 誰も見てないから、隠す必要はないと思うんだ。
 港町ではどうなのか知らないけれど、少なくとも僕のいた街じゃ獣人の話なんて聞いたことがないのに。

 それに、すっごく可愛いのに隠しちゃったら勿体ない。僕的にはずっとフードは取っていて欲しいのになぁ。
「そ、それよそれ……あんまり見ないでよ、クロウのバカ……」
 何故か恥ずかしそうに俯いてしまうサクア。
 狐耳がピコピコと動いているのがまた可愛らしい。

「ちょっ……と、お願いやめてってば!」
「あっ、サクアのお耳隠れちゃった……」
 パサッと荒々しく再びフードを被ってしまうサクア。
 別に触ったわけでもないぞ。僕は可愛いなと思って見ていただけだ。

 ヤエのシュッと長い耳もいいけど、狐耳はもっと憧れる。
 うん、きっとそういう属性が僕にもあったんだな。
 一度萌えてしまったら、どうにも気になって仕方がない。

「ねぇっ、そんなことよりもクロウの秘密を教えてくれるんじゃないの?」
 フードを被ってもわかるほど真っ赤になった表情で、僕に問いかけてくるサクア。
 御者台の方からも『そうだぜ、早く喋ってくれねぇと気になっちまうぜ』なんて風に。

「別に黙ってるつもりなんて無いよ。フロックスがそこでいいなら喋るけどー?」
「あぁ、分からなかったら後で何度でも質問するからよぉ」

 ヤエも頭を上げて僕の顔を見ている。
 興味津々なのだろう。
 サクアは……胸に手を当ててなにやってんだ?
 まぁ、放っておいて話をしてやるか……

 それからしばらく、僕は一人でずっと喋っていた。
 真っ先に『女神に突き落とされてーー』なんて言ったのが良かったのか悪かったのか。
 魔人に生まれたばかりの妹が連れて行かれてこの大陸に転移させられて。
 今回も何故か、その魔人たちが教会に関与しているという疑問。

 とにかく今は家族を見つけ出したいと思っているし、できたら前の世界に戻りたい気持ちも少しだけ。
 思い出しながら喋っていたら、なんだか涙が出てきてしまう……

「えっと……もしかして女神って、邪神アルバトロスの事じゃないわよね?
 セドリックから聞いたことがあるけれど、自堕落の神とか暴虐の神とか言われてる女神が神界にいるとかって……」
「さ……さぁ、名前は覚えてないけど。いやでもそこまで酷くは……」
 サクアが身を乗り出して言うもので、僕は少し不安になる。
 いや、それ以上にセドリックが女神の存在を知っていて、更には魔人と繋がりがある可能性も……

 どういう関係図なんだ?
 僕自身も少し混乱してきて、考えがまとまらなくなってきてしまう。
「クロウ……大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよヤエ」

 とにかく今は気にしても仕方がない……か。
 願わくば魔人との戦いにならなければ良いのだけど。

「まぁなんだ、クロウは獣人の毛並みがどうのではなく、単純に愛でたかっただけだってことだな?
 俺は撫でてくんねぇもんなぁ、なるほどねぇ」
「そんなんじゃないし! フロックスは臭いんだよっ、ちゃんと風呂入れば?」

 僕がヤエの耳を触っているのが御者台から見えるはずがない。
 くそぅ、やっぱりフロックスにだけは言わない方がよかったかもしれないな……

 こうして、僕たちは聖獣ガルムの地を去った。
 教会がこれからどうなるのかは僕たちの知るところではない。
 何か知られたくないことがあって教皇を殺害したのか?
 行方不明のセドリックに魔物として処理されたアルビノ……
 疑問ばかりが残る日々だったが、家族を探すためにのんびりはしていられない……
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