私の主人はワガママな神様

どろろ

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13.晴太郎の音(5)

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「っ、すみません! お待たせしました」

 七海が戻ってきた。急いで戻ってきたのか、少し息を切らしている。

「自販機が近くになくて……時間がかかってしまいました」
「いや、大丈夫だ。ありがとうな」

 七海からお茶の入ったペットボトルを受け取り、それをひと口、ふた口ほど飲む。そして、大きく息を吐く。けれども、緊張も不安も治らない。——どうしよう、やっぱり辞めようか。いや、今更そんな事はできない。だって、自分で決めたのだから。

「晴太郎様……どうしました? 少し、顔色が悪いように見えます」

 心配した七海が、椅子に座った晴太郎の前に跪く。
 下から顔を覗き込むように見上げられる。いつもとは違う視線の高さが新鮮で、晴太郎もまた七海をじっと見つめてしまう。

「もしかして、緊張していますか?」
「……うん。わかる?」
「はい。手、握り締めてしまう癖、昔から変わりませんね」

 七海にそう言われてハッとした。先ほど姉に言われたばかりなのに、また手を握り締めてしまっている。七海は晴太郎の右手をとってそっと指を開かせる。

「……綺麗な手なのに。爪が食い込んで、傷付いてしまいますよ」

 そんなに力を込めていたつもりはないが、指先は血の巡りが悪くなっていたのか、白く冷たくなっていた。七海の大きな手が、晴太郎の手を温めるように包み込んだ。
 すらっと指が細くて長い晴太郎の手とは違って、手のひらが大きく骨張った男らしい手。普段、洗い物をしてくれているせいで少し荒れているが、とても温かい。
 こんな風に、七海は昔から手を温めるように握ってくれる。演奏会や発表会の前、晴太郎の緊張を解すために。

「……父さんも、兄さんも姉さんも、みんな観に来てるんだって」
「はい。みなさん、楽しみにしておられますよ」
「うん……だから、上手くできなかったらどうしようって。母さんみたいな演奏が出来なかったら、みんな聴いてくれないんじゃないかって。ちょっと、不安になってた……」
「……お母様のことを考えるの、やめませんか?」

 ぎゅっと七海の手に力がこもる。

「私も、社長もご兄弟たちも、晴太郎様ご自身の演奏を見に来ているのです」
「……でも、みんな、俺のピアノは……母さんに似てるって……」
「いいえ。誰が何と言おうと、いくら似ていようとも、晴太郎様の演奏はあなたご自身の音です。お母様の音ではありません」
「……俺の、音?」
「そうです。お母様の音に似てる、なんて言う人は放っておきましょう。私は……あなたのこの手が奏でる、あなたの音が聴きたい」

 七海の低くて柔らかい声は、波打つ晴太郎の心の中をすっと落ち着かせる。彼は真っ直ぐに、真剣な瞳で晴太郎を見つめていた。
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