私の主人はワガママな神様

どろろ

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20.わがまま(5)

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 紗香に指定された場所は仙台駅ではなく、駅近くの商業ビルの中にある、リッチなレストランだった。
 七海ひとりでは絶対に立ち寄らないような、高級感
漂う店だ。

「……どうした? 入らないのか?」

 入るのを躊躇う七海に、きょとんとした顔で晴太郎が尋ねてきた。しばらく中条家を離れていたせいで忘れていたが、この家の人たちの狂った金銭感覚を思い出した。高級感漂う店が大好きな人たちなのだ。
 黒いスーツを着た従業員に待ち合わせだと伝えると、お待ちしておりましたと小さな個室に案内された。

「久しぶりね、七海。あと、やっと会えたわね、晴ちゃん」

 部屋の中には紗香と黒木が並んで座っていた。
 座ってと紗香に促され、彼女たちの向かい側の席に腰を下ろす。
 電話した時は怒っているように感じたが、今はそうでもない様子だ。昔と変わらない、穏やかな雰囲気が彼女を纏っている。

「言いたいことは色々あるけれど……お昼、まだでしょう?」

 紗香は二人の前に店のメニューを開いて差し出した。

「晴ちゃん、こっちに来てから何か有名なものは食べたの?」
「……ううん、特に何も」
「あら。せっかく仙台まで来たんだから、牛タン食べないと。ほら、七海も選んで?」
「は、はい。お気遣いありがとうございます」

 渡されたメニューに目を通すが、何も頭に入らない。どれもとても魅力的なはずなのに、全く惹かれない。この食事会が終わると、紗香は晴太郎を連れて帰ってしまう。晴太郎が、いなくなってしまう。そう思ってしまうと、これから美味いものを食べようという気にはなれなかった。

 突然の別れに、七海の心は置いてけぼりだった。
 昨日が一緒に過ごす最後の日だと分かっていたら、家でゴロゴロしないで何処かに出掛けたりしたのに。昨日食べた夕食が最後だと分かっていたら、もっと手の込んだものを作ったのに。昨日が最後の夜だと分かっていたら、もっとぎゅっと抱きしめて眠ったのに。
 後悔ばかりが押し寄せて、七海の心をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。どうして、もっと彼との時間を大切にしなかったのだろうか。
 ——せめて、せめてあと一日。一緒にいられるのが最後だとわかって過ごす日があったら、後悔しないように過ごすことが出来たのに。
 テーブルに視線を落としたまま、ぎゅっと唇を噛み締めた。

「……七海?」

 隣に座る晴太郎が、不安気に揺れる瞳で七海を見上げる。
 帰ることが決まってから、晴太郎はずっとこの調子で元気がない。こんな元気がないままで、彼を帰したくない。悲しい顔のまま、離れるのは嫌だ。彼にはずっと笑顔でいて欲しい。
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