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22.七海の決断(4)
しおりを挟む『久しぶり。明けましておめでとう』
電話に出ると、記憶の中の彼と全く変わらない穏やかな声。風太郎から電話が来るなんて、仙台に来てからは初めてではないだろうか。何事かと思って心配したが、穏やかな声を聞くに、特に何かあったわけではなさそうだ。
「お久しぶりです。明けましておめでとうございます」
『いやー、年末は色々大変だったみたいだね。話聞いたよ』
「まあ、色々ありましたけど……大変というわけでは……」
『そっか。ならいいんだけど。晴太郎も元気になったし、僕は良かったと思うよ』
今度会ったら七海からも色々聞かせてね、と小さく笑いながら彼は言った。七海を揶揄って遊びたいだけなのか、それとも本当に話に興味があるのかはわからないが、風太郎が話すその温度感で、彼が七海と晴太郎のことについて好意的に受け取っていることが分かった。もともと紗香からは聞いていたが、改めてそのことがわかって少しホッとする。
が、きっとこの話は本題ではない。電話を好まない彼がわざわざ電話してくるのだから、たぶん仕事の話だろうと七海は考えていた。
『実は、ちょっと相談があって電話したんだけど』
「仕事の、ですよね?」
『うん、そう。晴太郎の従者について』
従者、と聞いて彼が自分に電話してきたことに納得した。晴太郎の従者を勤めた者は、今まで七海しかいないからだ。
『七海が仙台に行ってから、まだ新しい人を雇ってなくて。送迎とかは黒木と須藤と水森でなんとかしてたんだけど、みんな忙しくてキツいんだ』
「なるほど」
『晴太郎が七海以外嫌だって言うから雇ってなかったんだけど、いい加減新しい人雇いたくて。残念ながら、七海をこっちに戻すことは出来ないし』
七海以外嫌だ、と言う言葉に嬉しさで口角が上がってしまいそうになる。今は仕事中だと自身に言い聞かせ、ぐっと耐えた。
『で、考えたんだ。七海の推薦って言えば晴太郎も頷いてくれるかなって』
「推薦、ですか……」
『誰かいい人いないかな? 従者って言っても、もう成人したからお世話焼くってわけじゃなくて、専属運転手に近いかな』
「運転に問題がない人ってことですよね?」
『うん。なるべく長く勤めて欲しいから若い人で、お世話係じゃないけどある程度料理家事ができて、愛想良くおしゃべりできた方がいいかな』
「……結構条件ありますね」
『そりゃあ、大事な弟を任せる人だもん。信用できる人じゃないと。あ、あと、出来れば男性!』
「うーん……なるほど。考えてみます」
『まあ、簡単には見つからないだろうから、期待しないで待ってるよ』
それじゃあ、と言って風太郎は電話を切った。きっと忙しいのだろう。通話が終わる間際、向こうで彼を呼ぶ声がした。開発部はどの支店でも鬼のように忙しい。
風太郎の提示した条件を頭の中で整理する。
愛想良く話ができて、一通りの家事がこなせる。普通免許を持っていて長く働ける若い人。なおかつ男性。そして、晴太郎のもとで働くのだから、東京で働くことに問題がない人。
改めて考えてみると、従者というのは難しい仕事だったのかもしれない。それを十年以上もこなしていた自分を、少し褒めてやりたくなった。
どうしたものかと考えながら自席に戻ると、山田が声を掛けてきた。
「あ、七海さんおかえりなさーい。割り振られた仕事、ちょっと進めちゃいましたよ」
「はい、ありがとうございま……す……」
にこにこと話す山田の顔を見て、はっとした。
愛想良くおしゃべりできて、確か料理が趣味で一人暮らしが長いから家事ができて、車通勤だからもちろん免許を持っている、若い男性。総務部の仕事はできないが、部下として信用できる。そして、東京への異動を望んでいる。
「あの、山田くん」
「はい?」
やはり、長期休暇が幸せすぎて休みボケしていたのかもしれない。どうして、すぐに気付かなかったのだろうか。
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