私の主人はワガママな神様

どろろ

文字の大きさ
132 / 146

22.七海の決断(6)

しおりを挟む
 ごめん、晴太郎、ごめんね、と嗚咽を漏らしながら何度も何度も謝る彼女に、どうしていいかわからなかった。なんで謝るのだろうか、別に姉が謝るようなことは何もないのに。
 ——話さないといけないことがある。謝らないといけないことがある。
 そう言って何度も何度も謝る彼女の話を聞けたのは、その日の夜のことだった。

 七海が仙台に異動になったのは、自分のせいかもしれないと、香菜子は言った。
 二年ほど前の冬、晴太郎の大学受験直前にあったクリスマスパーティでのこと。
 飲み物を取りに行った晴太郎と七海を追いかけた香菜子は、二人が会場から出て行くのを見つけた。二人の様子がどことなくおかしかったので、心配になった彼女は二人を追いかけて会場を抜け出したのだ。
 そして、そこで七海と晴太郎がキスしているのを見てしまった。
 ——まさか、自分の弟が、男同士で。
 動揺した彼女はその場を逃げ出し、偶然幸太郎に会った。何かあったのかと心配そうに尋ねてくる幸太郎に、香奈子は見たことをすべて話した。
 それから間もなくして、七海が仙台へ異動したことを知った。だから、彼女は自分のせいだと思ったのだと言った。

『ごめんね、晴太郎』

 少し前の自分なら、香菜子のことを責めていたかもしれない。けれども、今は違う。
 
『……大丈夫だよ、姉さん。話してくれて、ありがとう』

 離れた場所に居ても気持ちは通じ合っている。それがわかった今なら、堂々と胸を張っていられる。


 思えば、この冬休みの出来事で色々なことが変わった。多くのことを知った。
 七海が傍にいないということは変わらないから、一緒にいたいという本当の望みは叶えられていないが、冬休みの前と比べると気持ちが全然違う。寂しくないわけではないが、それを包み込んでしまうような温かい感情が、晴太郎の中に新しく芽生えた。だから、大丈夫。
 



「……中条、調子いいな」

 一通り曲を弾き終えると背後から声が掛かった。練習室には自分以外誰もいないと思っていたので、驚きで肩が跳ねた。

「っ、うわ! か、神崎か……びっくりした……」
「……ごめん、驚かせるつもりはなかった」

 そう言って申し訳なさそうにしているのは、デュオのパートナーである神崎だ。彼とは今日ここで一緒に練習をする約束をしていた。急に現れたので驚いてしまったが、彼がここにいるのは何もおかしいことではない。

「……音」
「うん?」
「……変わった。すごく、良くなった。」

 驚いた、といつもの淡々とした調子で彼が呟いた。

「……いいこと、あった?」

 彼にはたくさん相談していたし、休み前の元気のない姿を見せていた。きっと、心配してくれていたのだろう。静かに尋ねてくる彼は相変わらず無表情でわかりにくいが、仲の良い晴太郎には充分に伝わる。

「うん、あった。なあ、聞いてくれるか?」

 もう大丈夫、心配かけてごめんな。
 そういう意味も込めて笑顔で返すと、神崎はほっとしたように穏やかに笑った。


 晴太郎の傍に七海がいなくても、七海の隣に晴太郎がいなくても、時間は止まらない。学校で学ぶ日々、会社で仕事をこなす日々は次から次へと進んでいく。いつになったら隣で過ごせる日が来るのかはわからない。けれども、心は繋がっているから大丈夫。
 寂しくない、と言えば嘘にはなるが、離れた場所で想いあっている今の日々は嫌いではない。でも、いつか隣で過ごせる日が来たらいい、と心の隅で願うことくらいは許してほしい。


 心の隅でも、願い続けていたらいつかは転機が訪れる。
 そう遠くない未来、晴太郎のもとに『七海が会社を辞めた』という知らせが届くことは、まだ誰も知らない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

処理中です...