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23.私の主人はワガママな神様(1)
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月末の金曜日は、忙しい。
もう何年も会社員をしているのでわかっている。わかっているが、今日は大事な日だ。大事な日だということも予めわかっていたので、昨日までに捌ける仕事は大方捌いたし、本日分も夕方までに終わらせた。後輩たちの仕事もカバーできる分はカバーした。しかし、緊急で舞い込んでいくる仕事というものもある。それについてはもうどうしようもないので、月曜日の自分に託すことにして定時のチャイムと共に席を立つ。
「お先に失礼します」
「七海くん、さっきの件は……」
「来週の水曜期限ですよね? 月曜に提出します!」
「七海さん、待って! この書類の……」
「すみませんが、この件は急ぎではないはず。月曜日に聞きますね!」
「あ、七海課長……」
「すみません、月曜日に対応しますので!」
まるで七海の定時帰りを阻止するかのように、上司や部下たちから声がかかる。予め、今日は定時で帰ると伝えておいたはずなのに。きっとみんな七海なら言えばやってくれると思っているのだ。普段の自分だったら仕事を優先して会社に残っていただろう。しかし、今日の自分は違う。自分にだって、仕事よりも大切なものがあるのだ。
同僚たちを無理やり振り切って会社を出た。すぐのところで、一度立ち止まって鞄の中身を確認する。いつもの仕事用鞄の中に、手のひらに乗るようなサイズの小さな箱が紛れていた。異彩を放つその小包を確認して、ホッと息を吐いた。よかった、忘れてきていない。
「おお~い、七海さ~ん! こっちー!」
ふと、よく聞き覚えのある声に名前を呼ばれたような気がして、きょろきょろとあたりを見回す。少し離れたところに、よく見覚えのある黒い車——七海が晴太郎のお世話係をしていた時に乗っていた、黒のセダンと全く同じものが止まっていた。もちろん、窓を開けて大声で名前を呼んでいる運転手もよく知っている人物である。
「山田くん!」
「お疲れ様です~、意外と早く出てきましたね。さ、乗って乗って!」
彼に言われるままに助手席に乗ると、山田はすぐに車を発車させた。
「すみません、わざわざ会社まで来てもらって……」
「いえいえ、坊っちゃんに迎えに行けって言われたので。命令なんです」
人使いが荒いんですよ、と山田は軽口を叩いて苦笑いする。
彼の柔軟で調子の良い人柄は今も昔も変わらない。が、身なりはずいぶんと変わったと七海は思う。今彼が着ているのは、毎日会社で顔を合わせていた頃に着ていた安物のスーツではなく、皺ひとつない紺のスリーピース。変に飾り気が無く、落ち着いていてとても上品に見える。
「ずいぶん、立派な姿になりましたね」
「へっ? 俺ですか?」
「はい。ちゃんと中条家の方々と上手くやってるようで安心しました」
「やっと上級国民の生活に驚かなくなってきた感じですね~。中条家の方々はみんな良い人ですし、楽しくやってますよ」
最初は本当に推薦してよかったのかと不安に感じたが、ピシッとした彼の姿を見て安心した。ちゃんとあの方に従える者として、相応しい姿になっている。
「まあ、不満があったら10年近くも続いてませんよ」
クタクタのスーツに身を包んでいた頃の後輩の姿を思い出し、それに連なるようにあの冬の出来事を思い出した。もう、だいぶ遠い過去の話になってしまったが、鮮明に覚えている。
山田を晴太郎の従者に推薦したのは、あの冬の出来事とちょうど同じ頃。そして、七海が彼らの会社を辞めたのは、それから2年後のことだった。
もう何年も会社員をしているのでわかっている。わかっているが、今日は大事な日だ。大事な日だということも予めわかっていたので、昨日までに捌ける仕事は大方捌いたし、本日分も夕方までに終わらせた。後輩たちの仕事もカバーできる分はカバーした。しかし、緊急で舞い込んでいくる仕事というものもある。それについてはもうどうしようもないので、月曜日の自分に託すことにして定時のチャイムと共に席を立つ。
「お先に失礼します」
「七海くん、さっきの件は……」
「来週の水曜期限ですよね? 月曜に提出します!」
「七海さん、待って! この書類の……」
「すみませんが、この件は急ぎではないはず。月曜日に聞きますね!」
「あ、七海課長……」
「すみません、月曜日に対応しますので!」
まるで七海の定時帰りを阻止するかのように、上司や部下たちから声がかかる。予め、今日は定時で帰ると伝えておいたはずなのに。きっとみんな七海なら言えばやってくれると思っているのだ。普段の自分だったら仕事を優先して会社に残っていただろう。しかし、今日の自分は違う。自分にだって、仕事よりも大切なものがあるのだ。
同僚たちを無理やり振り切って会社を出た。すぐのところで、一度立ち止まって鞄の中身を確認する。いつもの仕事用鞄の中に、手のひらに乗るようなサイズの小さな箱が紛れていた。異彩を放つその小包を確認して、ホッと息を吐いた。よかった、忘れてきていない。
「おお~い、七海さ~ん! こっちー!」
ふと、よく聞き覚えのある声に名前を呼ばれたような気がして、きょろきょろとあたりを見回す。少し離れたところに、よく見覚えのある黒い車——七海が晴太郎のお世話係をしていた時に乗っていた、黒のセダンと全く同じものが止まっていた。もちろん、窓を開けて大声で名前を呼んでいる運転手もよく知っている人物である。
「山田くん!」
「お疲れ様です~、意外と早く出てきましたね。さ、乗って乗って!」
彼に言われるままに助手席に乗ると、山田はすぐに車を発車させた。
「すみません、わざわざ会社まで来てもらって……」
「いえいえ、坊っちゃんに迎えに行けって言われたので。命令なんです」
人使いが荒いんですよ、と山田は軽口を叩いて苦笑いする。
彼の柔軟で調子の良い人柄は今も昔も変わらない。が、身なりはずいぶんと変わったと七海は思う。今彼が着ているのは、毎日会社で顔を合わせていた頃に着ていた安物のスーツではなく、皺ひとつない紺のスリーピース。変に飾り気が無く、落ち着いていてとても上品に見える。
「ずいぶん、立派な姿になりましたね」
「へっ? 俺ですか?」
「はい。ちゃんと中条家の方々と上手くやってるようで安心しました」
「やっと上級国民の生活に驚かなくなってきた感じですね~。中条家の方々はみんな良い人ですし、楽しくやってますよ」
最初は本当に推薦してよかったのかと不安に感じたが、ピシッとした彼の姿を見て安心した。ちゃんとあの方に従える者として、相応しい姿になっている。
「まあ、不満があったら10年近くも続いてませんよ」
クタクタのスーツに身を包んでいた頃の後輩の姿を思い出し、それに連なるようにあの冬の出来事を思い出した。もう、だいぶ遠い過去の話になってしまったが、鮮明に覚えている。
山田を晴太郎の従者に推薦したのは、あの冬の出来事とちょうど同じ頃。そして、七海が彼らの会社を辞めたのは、それから2年後のことだった。
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