自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。/自称悪役令嬢な妻の観察記録。

しき

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自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。1

自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。1-6


「バーティア嬢、一体誰が誰の子を妊娠したんだい?」

 なるべく落ち着いた優しい声音こわねを意識して、いつも通りの笑みを浮かべながらバーティア嬢に尋ねる。
 本当は少々強引にでも場所を移動させたかったんだけど、今この場を離れるのは得策ではないと思い直した。
 せめてここにいる生徒たちの誤解を解いてからでないと、「私がバーティア嬢を妊娠させた」というとんでもない噂が学院中……いな、社交界中に広まるだろう。
 それはまずい。十三歳の王太子が十一歳の婚約者を妊娠させたなど、醜聞しゅうぶんにしかならない。
 ここはバーティア嬢の口からしっかりと誤解を解いてもらうほかない。

「バーティア嬢……。大丈夫、私が付いているから」

 なかなか泣きやまない彼女をひたすらなぐさめつつ、『話を最後まで聞く前に、そこから動かないでくださいね?』と周囲に視線を向ける。
 私の真剣さが伝わったのか、生徒たちはやや青ざめた顔で大きくうなずいてくれた。

「バーティア嬢、何があったのか教えて? そうでないと、私はどうしてあげたらいいかわからない。婚約者をこんな風に泣かせておくのは、不本意でしかないよ」

 バーティア嬢は涙に濡れた目で私を見上げた。
 その様子は愛らしくもどこか色めいていて……周囲に小さなどよめきが起きる。
 それを横目に見つつ、言葉をうながすように彼女の顔を覗き込む。

「あ、あの……。申し訳ありません。私ったらすっかり気が動転してしまって……淑女しゅくじょにあるまじきおこないをしてしまいましたわ」

 至近距離で私の顔を見た彼女は、顔を真っ赤にして視線をらす。

「いや、大丈夫だよ。それで、誰が誰の子を身ごもったんだい?」

 やっと落ち着きを取り戻した彼女に、さっきと同じ質問を繰り返す。
 この場ではっきり答えてもらえなければ、私への疑いが晴れない。今はこれが一番大切だ。

「え? 当然、お母様がお父様のお子を妊娠されたのですわ。他に誰が……へっ!?」

 キョトンとした顔で「何を当たり前なことを」と口にしたバーティア嬢に苦笑を向けると、彼女もやっと周囲の視線とその意味に気付き、慌てて私から離れた。

「あ!! ち、違いますわよ!? 私ではありませんわよ!? 私と殿下はまだキスだって……って、そうではありませんわ! 誤解なさらないでくださいませ!」

 生徒たちはバーティア嬢の言葉を聞き、ポカンと口を開けてこちらを見ている。
 ただ弟か妹ができるというだけで、なぜ彼女がそこまで慌てているのかという、新たな疑問にぶつかっているのだろう。
 彼らの視線を受けて、まだ誤解されていると勘違いしたバーティア嬢が、「ち、違うのに」と涙ぐむ。

「大丈夫だよ。皆ちゃんとわかってくれたから」

 また泣き始めそうになった彼女に、そっと手を差し出す。

「でも、ここで話を続けるのはちょっとまずいから、場所を移そうか」

 バーティア嬢は、反射的に私の手に自分の手を重ねた。空いているほうの手を彼女の腰に回し、少しだけ強引にエスコートする。
 最後に、その場に残っていた生徒たちにニッコリと笑いかけ、『変な噂を流したら……わかってるよね?』と無言で念を押してから、寮の門を出た。

「そうだ、馬車を用意するからノーチェス邸まで送らせてくれないかい? そうしたら道中でゆっくり話が聞ける」

 ハルム学院は王都の郊外にあり、ノーチェス邸のある中心街までは馬車で一、二時間ほどの距離だ。
 チラッと視線をゼノに向けると、使用人に馬車の準備を命じてくれた。

「えっと、あの、馬車は私が乗ってきたものがありますから、大丈夫ですわ。ここは郊外ですので、マラソ……徒歩だとちょっと遠かったんですの。ですから……あの……」

 真っ赤な顔で、おろおろしているバーティア嬢。
 その様子は可愛いけど……ここまで徒歩で来ようか悩むのはおかしいからね?
 侯爵令嬢が「ちょっとそこまで」という感じで歩ける距離ではない。

「そんなことを言わないで、送らせて? 折角会いに来てくれた婚約者を、ただ追い返すようなダメな男にしないでくれるかい?」

 少し茶目っ気を出してウィンクしてみせると、彼女の顔の赤みがさらに増す。

「お、お気持ちはとても嬉しいんですけれど、これ以上殿下と一緒にいたら私……恥ずかしすぎて死んでしまいますわ」

 指先まで真っ赤になってうろたえる彼女は面白……とても可愛い。
 恥ずかしさで本来の目的をすっかり見失っているというのに、それに気付いてないところも可愛かった。
 こんな婚約者(玩具おもちゃ)を見たら、ちょっとからかいたくなっても仕方ないよね?

「……大丈夫。二人きりになっても、ちゃんと『初めてのキス』までにしておくから」

 バーティア嬢の耳元に唇を寄せ、息を吹きかけるようにそっとささやいてみる。

「なっ……!?」

 完熟トマトのように赤くなった顔で、口をパクパクさせる婚約者殿。
 かかえている手に力が入っているのか、きつねもどきが文句を言うようにペシペシと彼女の手を叩いている。

「ん? どうしたの?」
「……」

 素知そしらぬふりで尋ねてみるが、彼女は言葉を発することができないようだ。

「バーティア?」

 ダメ押しで名前を呼び捨てにしてみた。
 彼女は私の婚約者なんだから、これくらいはいいよね?
 うん。今後はそう呼ぶことにしよう。

「……みゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 バーティアは妙な叫び声を上げて私の手を振り払うと、凄い勢いで走り去ってしまった。

「えっ? ちょっと、バーティア!?」

 どうやら少しからかいすぎたようだ。

「『みゃあ』って……バーティア、君はいつから猫になったんだい?」

 あっという間に遠ざかっていく背中に向けて、笑いを含んだ声で問う。

「……殿下?」

 ゼノが私を冷たい目で見てくる。

「すまない。彼女があまりにも可愛らしいから、つい……ね?」

 決して、暴走した彼女に動揺させられたことへの意趣返いしゅがえしではないよ?
 彼女があまりにも面白……可愛い反応をするのがいけないんだ。

「さて、それじゃあ、私たちも彼女の後を追うことにしようか」

 体型維持のための走り込みの成果か、侯爵家のご令嬢とは思えない速さで走り去った彼女の姿は、もう見えなくなっていた。
 しかし、ここに侍女たちが置き去りにされているので、ノーチェス家の馬車が発車することはないだろう。
 それに馬車停めには、私の馬車を用意している者たちがいるはずだ。
 彼らがバーティアを引き留めてくれるだろう。

「君たちはバーティアを追いかけなくていいのかい?」

 頭を下げたまま私が通り過ぎるのを待っている侍女たちに、チラッと視線を向ける。

「お恥ずかしながら、私共ではお嬢様には追い付けませんので、別の者が追っております」
「ふ~ん、なるほどね」

 少し離れた木のほうへ視線を向けて、目を細める。
 さっき、妙なのがいるなと思ったのだが、やっぱりバーティアの護衛だったか。
 悪意は感じなかったから放置していたけど、今度からの気配は覚えておいたほうがいいかもね。
 ……っていうか、バーティア……君は侍女たちが追い付けないほど足をきたえて、何がやりたいんだい? 最近、体を動かすことにりすぎて、もはやダイエットではなくなっていると報告が上がってきているよ?
 できれば程々ほどほどにしておいてね? ムキムキな王太子妃とか、さすがに微妙だから。

「じゃあ、私たちも彼女のところに行くとしようか」

 歩き出した私のうしろに、ゼノとバーティアの侍女たちも続く。
 馬車停めに着く頃には、彼女が少しでも落ち着いていればいいな……


   ***


 あれから約半年が経ち、ノーチェス侯爵家に嫡男ちゃくなんが誕生したとの知らせが入った。それと同時に届いたバーティアの手紙には、彼女の不安な胸の内と、弟ができて嬉しいという気持ちがゴチャゴチャとつづられていた。
 正直、読解どっかいするのが面倒だったし、お祝いと称してノーチェス邸を訪れ、直接話を聞くのが得策だろうと判断した。

「バーティア様は、結局のところ何をご不安に思っておられるのでしょう?」

 ノーチェス邸に向かう馬車の中で、ゼノがそう尋ねてくる。私はもう一度情報を整理しようと、バーティアが学園に来た時のことを思い出した。
 ……あの日は、私の馬車でバーティアを送ることには成功したものの、彼女はすっかり照れていてろくに会話ができなかったんだよね。
 彼女が真っ赤な顔でボソボソ話していた内容から理解できたのは、次のようなことだ。
『ゲーム』上では、ノーチェス侯爵夫人はすでに死んでいるはずの人物であるため、バーティアに弟や妹ができることはない。しかもそれが弟であった場合、『シナリオ』に大きなくるいが生じてしまうという。
 そして、彼女はそのくるいをとても心配しており、取り乱してしまったのだそうだ。

「正直よくわからないよ。あの時は、生まれてくる子供が女の子であれば問題ないだろう、となぐさめてはおいたけど……男の子が誕生したからね。バーティアの不安は最高潮だろう」
「きっと、また泣きつかれますよ」

 ゼノが楽しそうに言った。

「バーティアだからね。……まぁ、今回はノーチェス邸で会うから、時間をかけてしっかり話を聞ける。そうすれば、彼女の不安を払拭ふっしょくしてあげることができるかもしれないしね」
「バーティア様からのお手紙には、詳しい事情は書かれてなかったんですか?」
「何か伝えたそうではあったんだけど、『攻略対象』や『イベント』、『クーデレ』とか『フラグ』とか意味のわからない言葉ばかりでね。どっちにしても、生まれてくる子の性別がはっきりするまでは動けそうになかったから先延ばしにしていたんだ。下手に暴走されても心配だから、会って話したかったしね」

 ……思い詰めた彼女に、また男子寮へ突撃されても困る。
 あの時のことは、バーティアが兄弟ができた喜びを暴走させてしまった結果、私と喜びを分かち合おうと押しかけてきた……ということにして強引に片付けた。
 バーティアは、社交の場ではそれなりに礼節をわきまえてきたため、あの行動はおさなくも可愛らしい婚約者の、愛ゆえのちょっとした暴走――ということで、なんとか好意的に受け止めてもらえたのだ。しかし、似たようなことが頻繁ひんぱんに起こればさすがに問題になるだろう。

「彼女を観察するのは楽しいけれど、予期せぬ動きをしてくれる分、大変でもあるね」
「殿下にとって、大変なのは好ましいことでしょう?」
「まぁ、暇潰しになるという意味ではね」

 小さく溜息をついてから、ゼノの言葉にニコッと笑ってみせた。
 ちょうどその時、ガタンッと馬車が大きく揺れ、御者ぎょしゃからノーチェス邸に到着したと告げられる。
 事前に私が訪問することは伝えてあったため、馬車を降りたところでノーチェス侯爵が待っていた。

「セシル殿下、わざわざお祝いに来てくださり、ありがとうございます」
「ご嫡男ちゃくなんの誕生、おめでとうございます」

 出迎えてくれた彼と軽く挨拶あいさつを交わし、祝いの品を渡した後、部屋に案内される。そこで私はノーチェス侯爵夫人と、バーティアが慣れない手つきで抱く未来の義弟と対面した。
 ノーチェス侯爵夫人とは初めて会うけれど、バーティアによく似た深紅しんくの髪で、おっとりした優しそうな女性だった。出産してからまだ日が経っていないということもあり、ゆったりとしたドレスを身にまとい、簡単に化粧をほどこしているだけだったが、とても綺麗きれいだ。
 そして、バーティアの腕の中にいる生まれたばかりの赤ん坊――アネスは……「普通」の可愛い赤ん坊だった。
 バーティアの騒ぎっぷりを見ていた私は、なんとなく生まれてくる子供が特別な存在であるような気がしていたのだ。
 しかしよく考えれば、彼の誕生がバーティアの言う『シナリオ』になんらかの影響を与えるとしても、彼自身がみずからそれを変えようと動くわけではない。
 大体、その『シナリオ』をどの程度信用していいのかという問題もある。
 確かに伝染病は発生したが、ちょっと対策すれば簡単に『シナリオ』を変えることができた。
 もしかしたら今回もその程度のことで、バーティアが言うほど気にする必要はないかもしれない。

「殿下、弟のアネスですわ。可愛いでしょう? ほっぺがプニプニなんですわ。手も柔らかいんですの。こうやって触れるとギュッと握ってくれるんですのよ? 本当に可愛くて……どうしましょう」

 眠たそうな弟を気遣ってか、いつもより優しく小さな声で話すバーティア。彼女は生まれたばかりの弟をかなり可愛がっているようだ。いとしそうに弟を見つめる眼差しは、とても温かい。
 けれどその目はどこかうれいを帯びており、時折救いを求めるように私に向けられる。
 おさない弟の前だからだろうか。ゼノが言ったように泣きついてくることこそないが、内心は不安でいっぱいなのだろう。
 ……仕方がないな。

「バーティア、弟君はそろそろお昼寝の時間なのでは?」

 私がそう指摘すると、ノーチェス侯爵夫人が「あら」と言って赤ん坊の顔を覗き込む。
 その様子を、侯爵がニコニコしながら幸せそうに見つめていた。

「あ、あの、殿下。ではアネスが寝ている間にお茶でもいかがでしょうか?」

 私の意図を察したのか、バーティアはノーチェス夫人にアネスを預けると、私を自然にお茶へと誘う。
 すると、侯爵がはりきり始めた。

「そうですな。では当家自慢の庭に準備をいたしますので、そちらへまいり……」
「お父様、久しぶりに会った婚約者同士の逢瀬おうせを邪魔するおつもり? 無粋ぶすいですわよ」

 一緒にお茶をするつもりでいた侯爵の言葉を、バーティアがさえぎった。
 侯爵には申し訳ないが、二人きりにならないと話せないことがあるのだから仕方がない。
 ノーチェス侯爵は、バーティアの言葉に一瞬キョトンとした。いつの間にか侯爵の足元にいたクロが、『察しの悪い男ね!』とでも言うように、フサフサの尻尾しっぽで彼の足をベシッと叩く。すると彼はハッとして首を横に振った。

「いや、しかしだな……」

 渋りながら私へ視線を向けてくるノーチェス侯爵。
 今日の私は、ご嫡男ちゃくなん誕生のお祝いに来た立場だ。
 当主であるノーチェス侯爵がもてなすのが筋というもの。いくら婚約者とはいえ、その役をバーティアだけに任せていいのか気にしているのだろう。

「私も久々にバーティア嬢と話したいと思っていたところです。少しの時間だけでもいいので、お許しいただけますか?」

 ニッコリと微笑んで私のほうから許可を願うと、ホッとした様子でノーチェス侯爵がうなずく。
 本来であれば、社交界入りを済ませた若い男女が二人きりになるというのは多少問題がある。
 しかし、バーティア付きの侍女とゼノ、それにおそらくクロも同席することになるから大丈夫だろう。
 侯爵とはバーティアについて色々と話し合った仲だ。ある程度の信頼は得ているし、彼が嫌がる理由は特にないと思う。

「では、私の部屋で……」

 私の腕に自分の腕を絡ませたバーティアを見て、ノーチェス侯爵がわずかに表情を硬くする。

「バーティア、扉は……」
「少し開けておきますわ」

 侯爵が念を押すように言うと、バーティアは呆れた表情でうなずき、そのまま私を自室に案内した。
 ノーチェス侯爵、私たちの間には信頼関係がありましたよね? 私が彼女に何かするかもと疑ったから、念押ししたわけではないですよね?
 そしてバーティア、君は私を男として少しは警戒してくれないかな?
 いきなり自室に招き入れるのは、年頃……より多少おさなくても、とにかく社交界入りした淑女しゅくじょとしてどうかと思うよ?
 多少は用心する素振りを見せようか?
 ……まぁ、君の部屋がどんな感じなのか興味はあるから、許可をもらえた以上、断ることはないけどね。
 そんなことを思いながら入室したバーティアの部屋は、可愛らしい雰囲気で、思ったよりすっきりしていた。
 淡い黄色の落ち着いた壁紙に、真っ白なレースのカーテン。
 絨毯じゅうたんは夜空を思わせる濃紺で、家具は白と、焦げ茶色のものがバランスよく置かれている。
 レースや繊細せんさいな彫刻をあしらった可愛い小物が多く、いかにも女の子の部屋という感じだ。
 そういえば、バーティアは淡い黄色や濃い青色のものを身に着けていることが多いけど、好きな色なのかな? まさか……私の髪や瞳の色だから、なんてことはないよね?
 不意に脳裏をぎった可能性に、落ち着かないような奇妙な感覚を抱く。
 なんとなく収まりが悪い気分のまま、バーティアにすすめられて席に着いた。
 侍女がお茶の準備を終えて退室したところで、バーティアが勢いよく頭を下げる。

「殿下、弟の件……申し訳ありません!」

 けれど私には、彼女が何をびているのかよくわからない。

「バーティア、頭を上げて。いきなり謝られても意味がわからないよ。まずは説明してくれないかい?」
「殿下……」

 頭を上げ、目にうっすら涙を浮かべたまま、彼女はゆっくりと話し始めた。
 彼女の話を聞きながら、ところどころで質問して内容を確認し、やっと彼女の言いたいことが理解できた。
 ……あくまで理解しただけで、到底納得はいかないし、突っ込みどころも満載だと思っているけれど。

「……つまり、本来の『シナリオ』では、一人娘である君が私の婚約者になったことで、ノーチェス侯爵家は跡取りを失う。そのため、一族の末席から優秀な人物を選び、養子に迎えて君の兄とした。それが『攻略対象』の一人になる予定だったのに、君の母上が嫡男ちゃくなんを産んだから、その『シナリオ』が破綻はたんしてしまったということだね?」
「そうなんですの。本来であれば彼――クールガン・デレス・ノーチェスは今頃我が家に引き取られ、家族への援助をたてに、お父様から教育という名の手酷てひどいしごきを受けているはずなんですの。そして、来年からハルム学院の中等部に二年生として通い始め、すぐに頭角を現して殿下の側近候補になるはずだったのですわ」

 ……なるほど。嫡男ちゃくなんが生まれてしまった以上、彼がノーチェス侯爵家の養子になる可能性はほぼゼロだ。
 ノーチェス一族とはいえ末席でろくな爵位もなく、援助が必要なほど逼迫ひっぱくした家にいては、自力でハルム学院に入ることも困難だろう。
 本当に優秀な人材なのだとしたら、とても勿体もったいないことだ。

「シナリオ通りに話が進んでいれば、クールガン様はヒロインと出会ってやがて恋に落ちますの。けれど、ノーチェス侯爵家の跡取りである彼は、侯爵家の闇も引き継ぐ立場。お父様の命令で悪事を働かざるを得ないことに激しい葛藤かっとうを覚えつつもどうにもできず、苦悩するのですわ。だから清くまっすぐなヒロインだけは、自分の闇で黒くめてはいけないと、彼女にかれながらも突き放すのです!」

 まるでその目で見てきたかのように語る彼女は、時々「あの時の『スチル』が素敵だったのよね」とか「『クールガンルート』は切ない感じが好きですわ」とか、意味のわからないことを呟いている。
 ……これについては、あまり詳しく聞かないほうがいい気がするから、スルーしておこう。

「なるほどね。……ところでバーティア、君は以前、『ヒロイン』と結ばれるのは私だと言ってなかったかい? なぜ他にも、彼女と結ばれる『攻略対象』とやらが現れるのかな?」

 一人の女性が二人の男性と結ばれる。
 それはとても奇妙な状況だ。
 王族の男性には血筋を守るために側室を持つことが許されているから、そういうことならわからなくはないけれど。

「あら、嫌ですわ。私ったら。攻略対象は複数いて、ヒロインの言動によって誰と結ばれるかが変わるということを、言っていませんでしたか?」
「……うん、聞いてないよ。それなら、君が私に婚約破棄はきされる必要はないんじゃない? 『ヒロイン』の相手には、他の人が選ばれるようにすればいいだろう」

 なぜそんな重要なことを言い忘れるかな、君は。

「ダ、ダメですわ! ノーチェス侯爵家は他のルートでも没落する確率が非常に高いんですの。どうせ没落するなら、私は殿下の幸せのために犠牲になりたいですわ! それが一流の悪の華としてのプライドですの!!」

 悪の華は普通、そんな道は選ばないと思うよ?

「それに、そうでないと……」
「バーティア?」
「な、なんでもありませんわ! とにかく、殿下にはもっともっと素敵な男性になっていただいて、他の攻略対象を蹴散けちらしてヒロインと幸せになっていただかないといけませんの! ヒロインが殿下以外からもちやほやされるのは腹が立つので、できれば逆ハーも回避していただきたいのですわ!!」

 今、思いっきり視線をらしたね?
 何か誤魔化ごまかしたよね?
 言いたくないなら、無理には聞かないけど……ちょっと気にはなるかな。

「……ふ~ん。ライバルを蹴散けちらして、その『ヒロイン』と付き合えってことなんだね」

 正直、バーティアがいる時点で、他の女性に興味はないんだけどな。
 私はそこまで不誠実な男ではないつもりだよ?
 でも、今ここでそんなことを言えば、彼女がまた暴走しかねないから……何も言わないでおこう。

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