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自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。1
自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。1-12
そういえば、仲良く乗馬を楽しむバルドとシンシア嬢を見たヒローニア男爵令嬢が、ポカンと口を開けていた。しかもその後、真っ赤になって怒鳴っていたっけ。
なんて言っていたかまでは覚えていないけどね。
***
またある時は、ショーンが抱いているジョアンナ嬢への苦手意識を克服するために、「お手製お菓子差し入れ作戦」を計画、実行していた。
この件に関しては、ジョアンナ嬢がショーンのことを好いていたから、バーティアの提案に自ら進んで乗ってくれたようだ。
……正確には、ショーンへ差し入れをしてみたいという乙女心半分、バーティアの作戦が面白そうという好奇心半分、って感じだと思うけど。
そんなこんなで決行された、ジョアンナ嬢の「お手製お菓子差し入れ作戦」。
講師は、貴族令嬢にしては珍しく料理のできるシーリカ嬢だ。
結論から言おう。
作戦は大失敗だった。
基本的にどんなことでも器用にこなすジョアンナ嬢だが、どうやらお菓子作りの才能だけはなかったらしい。
ジョアンナ嬢がお菓子を作ると、なぜか首を傾げたくなるくらい謎な物体ができ上がる。
彼女は負けず嫌いな性分だから、かなりいろいろなお菓子に挑戦したようだが、悉く失敗。
黒炭のようになったり、石のように硬かったり、反対に軟らかすぎたりしていた。
味も甘すぎたり、塩辛かったり、酸っぱかったりと、とにかくまともに美味しいと思える物がなかなかできなかった。
それでもなんとか食べられるレベルの物ができたところで、ショーンに渡しに行ったらしい。けれど、当然ショーンの反応はいまいちだ。
その様子を見て、ジョアンナ嬢はかなり落ち込んだようだが……それが功を奏した。
いつも自信に溢れていて、完璧なジョアンナ嬢に引け目を感じていたショーンは、珍しく落ち込んでいる様子を見て、彼女も普通の女の子なんだと初めて思えたらしい。
深く落ち込む彼女を慰めている内に肩の力が抜け、それどころか、彼女に対して庇護欲まで感じ始めたようだ。
復活したジョアンナ嬢は「あぁ、ショーン殿下にはこのように人から頼られる経験が必要ですのね!」とコツを掴み、わざとショーンに甘えたり、落ち込んでみせたりするようになった。そのおかげで、ショーンは男としての自信をつけ、ジョアンナ嬢を「自分が守るべき相手」だと認識し始めている。
それにジョアンナ嬢のほうも、ショーンの気を惹くために始めた演技のはずが、ショーンに甘えることで自分自身も癒されるようになったみたいだ。いつもの凛とした雰囲気の中に穏やかさが見え隠れするようになった。
差し入れ作戦は失敗したが、結果としては上々だろう。
バーティアは視線を逸らしながら「私の狙い通りですわ!!」と豪語していた。けれど、これは怪我の功名というやつだと思う。
ジョアンナ嬢とショーンの関係が深まっていくのを見て、バーティアは嬉しそうに笑っていた。
その無垢な笑顔を見ると、思わず頭を撫でて『よく頑張った』と言ってあげたくなる。
バーティアの暴走は、巻き込まれた人たちにとっては非常に迷惑だっただろうけど、結果的にそれぞれの仲を深めることになったのだ。
一方で、そんな私たちを邪魔するかのように、この頃からヒローニア男爵令嬢のバーティアに対する態度が酷くなった。公衆の面前でバーティアの立場が悪くなるような言いがかりをつけたり、悪質な噂を流したりし始めたのだ。
バーティアは、悪役令嬢なのだからヒローニア男爵令嬢と対立するのは当然だと思っているみたいで、あまり気にしていないようだ。
けれど、私たち周囲の人間が警戒を強めたことは言うまでもない。
***
そんな風にドタバタな一年間を過ごしてはいたけれど、私たちはこの春、中等部を卒業して高等部に進学した。
そして、クールガンとアンネ嬢が中等部三年に進級し、バーティアを含む中等部二年の他数名と共に生徒会を仕切っている。
バーティアは相変わらず、私の側近候補たちとヒロインの『イベント』阻止に奔走しているようだった。
というのも、彼らからバーティアの話をよく聞くのだ。
だけど……
「ねぇ、バーティア? 私が高等部に入って以来、こうして君と二人でゆっくり過ごすのは、初めてな気がするんだよね。それはなんでかな?」
暖かな陽の差し込む特別室で、二杯目のお茶に口を付け、ニッコリ笑って首を傾げながら尋ねる。すると、お茶菓子に手を伸ばそうとしていたバーティアも首を傾げた。
彼女は少し考える素振りを見せてから、「そういえばそうですわね!」と今気付いたかのように、元気よくうなずく。
バーティアはまだ中等部二年だから、生活にそう大きな変化もなく、日々を今まで通り過ごしているようだ。
そこまではいい。よかったんだが……ここに来て私には、一つ不満が生じている。
不満。
うん、そうだ。これは「不満」もしくは「不快感」だ。
基本的に、私はあまり感情を揺さぶられることがないから、ここまで負の感情を覚えることは滅多にない。だけど今、私は「怒り」にも似たそれを感じている。
そんな私の内心を知らないバーティアは、得意げに話し始めた。
「殿下の攻略イベントは殿下が中等部の時がメインで、高等部に上がってからはほぼないんですの。だからこそ、殿下の攻略は難度MAX、難攻不落とも言われているのですわ! それに対して、クールガン様の攻略イベントは彼が生徒会長となった今が一番多くて、ショーン殿下の攻略イベントは比較的ちょこちょこあるんですの。ちなみに、一番頻度が高くなるのは来年ですわ。高等部組の皆様……チャールズ様、バルド様、ネルト様の攻略イベントも、中等部との交流行事がある時には必ず発生しますし、他にも何度かあるんですの。それを阻止するのに忙しくて、最近は殿下とお会いできていませんでしたわね」
満面の笑みで誇らしげに言うバーティアに、私は笑みを崩さないまま「ふ~ん」と答えた。
彼女は、私のイベントだけは阻止する気がない。
むしろヒローニア男爵令嬢とくっつけるべく、積極的に『イベント』を起こしているくらいだ。
……私の婚約者は、君だというのにね?
あぁ、なんだろう? バーティアがとる行動はいつも面白いのに、これだけは凄く面白くない感じがする。
そして私は最近、さらに不快な話を友人たちの口から二つも聞いた。
それもあって、こうして今日、彼女を食事に誘ったのだ。
「バーティアは最近、クールガンと仲が良いみたいだね?」
クールガンはまだ中等部に在籍しているが、「影」としての訓練を兼ねた仕事をしているため、私のところにもよく顔を出してくれる。
その彼が、近頃バーティアのことで少し困ったような、照れくさいような表情で私に相談してくるのだ。
曰く……
「クールガンに『クー兄様』と呼ばせてほしいと強請ってるんだって?」
バーティアはほぼ毎日、キラキラした目でクールガンに迫っては、「クー兄様と呼ばせてくださいませ!!」と言い続けているらしい。
最初は渋っていたクールガンも、断るとバーティアがあまりにわかりやすくしょんぼりするため、心苦しくなってきたそうだ。最近では、彼女の小動物的な雰囲気も相まってか、しょんぼりたれた狐耳と尻尾の幻覚まで見えるようになってきた、と頭を抱えていた。
……耳と尻尾については、きっと幻覚ではなくクロの仕業だろう。
クロが自分の耳と尻尾を、バーティアから生えているように見せかけているんだと思う。耳と尻尾だけを普通の人にも見えるようにすれば、クールガンの言う幻覚の完成だ。クロにとっては、ちょっとした悪戯のようなものだろうな。
あの黒狐もどきの幼女精霊は、私に対しても時々そういう悪戯をしかけてくる。だからその光景が、目に浮かぶようだ。
「そうなんですの! だって、クールガンルートでは正義感の強いクールガン様がノーチェス侯爵家の悪事に加担させられて葛藤するのをヒロインが慰めたり、彼の義妹で悪役令嬢である私の妨害を乗り越えたりして仲良くなったりするのがメインですの。でも私たちは今、ただの遠い血縁でしかありませんから、彼に悪事を働かせることもヒロインを妨害することも難しくって……。ですから、いっそ私が仲の良い妹ポジションに収まって妨害すればいいのでは、と思いましたの!! ……それに私、前世でも兄や姉がおりませんでしたから、そういう存在にちょっと憧れていたのですわ」
「……なるほどね」
きっと、最後のが一番の本音だよね?
うっすら頬を染めて嬉しそうに語る彼女を見ていると、可愛いなとは思う。
あのお堅いクールガンが最近『「クー兄様」と呼ばせて差し上げてもよろしいですか?』と少しだけ期待のこもった、けれど申し訳なさそうな目で私に許可を求めてきた理由も、なんとなくわかる気がする。
でもまぁ、私は彼女の婚約者という立場だからね。
即、『ダメだよ』と言っておいたけれど。
クールガン本人は気付かれていないと思っているだろうが、彼のバーティアに対する態度はすでに変わってきているのだ。
お茶の時、バーティアの好きなお菓子をこっそり忍ばせておいたり、お菓子の量を少しだけ多くしたりしているのを私は知っている。
この前なんか、廊下を走り出そうとしたバーティアの手を『走ってはいけませんよ』と握ろうとして、慌てて誤魔化していた。
その行動は、明らかに幼い妹に対するそれなんだけど……やはり面白くはないな。
さすがに容認はできないから……クールガンが陥落しきる前に、バーティアにも釘を刺しておくべきだろうね。
「ねぇ、バーティア。私の婚約者である君が、私以外の……それも遠縁というだけでほとんど赤の他人であるクールガンに対して、そんなに親しげにしていたら周りはどう思うかな?」
「え?」
「きっとこう思うだろう。『バーティア・イビル・ノーチェス嬢は、王太子殿下の婚約者でありながら、他の男性とも親しくしている』。あるいは『浮気をしているふしだらな女性』だってね」
「わ、私はそんなつもりは――!」
本当に思いも寄らなかったのだろう。バーティアは顔を真っ青にしている。
「君にそんなつもりがなくても、周りはそうは判断してくれないものだよ? 噂に尾ひれがついて、最終的にはとても面白いことになるだろうね。君だって、社交界の噂のえげつなさはわかっているだろう?」
「いえ、あの……はい」
わざと心配そうな表情を作って、同意を求めるように首を傾げてみせると、素直なバーティアはいとも簡単に納得してくれた。
たとえ彼女がクールガンのことを「クー兄様」と呼んでしまったとしても、彼女の優秀な友人たちがフォローしてくれるだろうけどね。
でも、それでは面白くないから、この解決方法が(私にとって)一番いいと思うんだ。
あぁでも、このままバーティアをしょんぼりさせておくのも、ちょっと可哀想かな?
「ねぇ、バーティア。そんなにお兄さんが欲しいのなら、私のことをセシル兄様と呼んでもいいよ?」
バーティアはうつむきがちになっていた顔をパッと上げ、一瞬嬉しそうな顔をする。しかしその後、ハッとして表情を戻し、小さく首を横に振った。
「セシル殿下はセシル殿下です。私の、こ、こ、こ、婚約者ですもの。お兄様ではないですわ」
その言葉を聞いた途端、自分の中の不快感が少しだけ薄くなった気がした。
なんとも不思議な感覚だ。
「そう。じゃあ、代わりに『セシー』って呼んでいいよ」
「え!? な、なぜそうなるんですの!?」
「だって、バーティアが寂しそうだからね。ほら、言ってごらん?」
ニッコリと笑って彼女の顔を覗き込む。
「いえ、あの、私は『セシル殿下』で十分ですわ」
「ん? 『セシー』じゃなくて『シル』のほうがいいのかい?」
「そんなこと誰も言っていませんわ!」
「ん?」
「いえ、あの……」
「ん?」
「ですから!」
「ん?」
「……」
「ん?」
「…………ッシル様」
微かに「セ」の音が入っていた気がしなくもないけれど、「セシル」にしても「シル」にしても、「殿下」よりはずっと親近感があるからよしとしよう。
欲を言えば「様」を付けるのもやめさせたいけど、これはまぁ結婚してからでもいいかな?
面白そうなことは後に取っておかないとね。
「よくできたね」
バーティアの頭を、テーブル越しに腕を伸ばして撫でる。
私に触れられた途端、彼女は「みゃっ!」と小さく鳴いて体を跳ねさせた。その背後で、黒い狐の尻尾がブワッと広がっていた。それは、まるでバーティアの尻尾のように見える。
……クロ、そういうサービスはいらないからね?
いつの間にか、狐耳の小さなメイドがバーティアの背後に隠れるようにして立っている。そこからぴょこんと顔を出し『どう? こんな感じでいい?』という風に首を傾げた。私はそれに苦笑を返す。
「それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか」
そう言ってニッコリ笑ったまま、彼女の頭を撫でていた手を下ろす。
「本題……というのはなんですの? 今日は近況報告のための昼食会ではありませんの?」
……あぁ、そういう認識だったんだ。
コテンと首を傾げた彼女を見て、そう思いつつも小さく首を振る。
「バーティア、私にまだ渡していない物があるだろう?」
「渡してないもの? なんのことでしょう?」
惚けようとしてもダメだよ?
思い当たる物があるよね?
今、不自然なほどに視線が泳いでいるしね。
あ、軽く胸元を押さえたね。
あぁ、そこか。私のあげたネックレスの他にもう一本、長めのチェーンが首から下がっている。そこにあるんだね?
「他の奴にはあげたのに、婚約者である私にだけはくれないなんて、ちょっと冷たいんじゃない? チャールズたちに話を聞いた時には、さすがに悲しくなったよ」
友人たちから聞いた不快な話の、もう一つがこれだ。
「ち、違いますの! ただ、これは殿下には必要ないと思っただけですわ! それに……ちょっと調子に乗ってデザインを……」
眉尻を下げて気まずそうな表情を作ると、慌てた様子で否定し始めるバーティア。
ふーん、私には必要ない……ね。
それにデザインにも何かあるんだね?
そうか……
「必要だよ。だから、もらっても構わないよね?」
表情をいつもの笑顔に戻し、彼女の首にかかっていたチェーンを素早く引き抜く。
もちろん、バーティアが痛い思いをしないように細心の注意を払ってね。
「え? 殿下!? ちょっ!!」
見事に育った胸の谷間から引きずり出した、大きめのペンダント。
「この中だよね、私の……私たちの分は」
それは、蓋付きの懐中時計のような仕組みになっている。上部に付いている突起を押すと、カチッと小さな音を立てて蓋が開き、中から二組のピアスが出てきた。
「で、殿下ぁぁぁ!!」
ペンダントのチェーンを引っ張られて、前のめりになったバーティアが叫ぶ。
「あぁ、ごめんね。いつまでもこの体勢はきついよね」
目的の物を手に入れた私は、空になったペンダントの蓋を再び閉じて、彼女の胸の谷間に戻……そうと思ったんだけと、背後に控えているゼノがゴホンと咳払いをした。私は諦めて普通に手渡すことにする。
これくらいのちょっとした出来心は許してほしいものだ。けれど、まぁ紳士の行動としてダメなのはわかっているから、ごねたりはしないよ。
手に入れた二組のピアスを、それぞれ宙にかざしてみる。
「うん、綺麗だね」
目の前では湯気でも出そうなほど真っ赤になったバーティアが、縮こまってお茶をチビチビ飲んでいた。
それもそのはず。
このデザインを見られては、さぞ恥ずかしいだろう。
一つは紅の石にぴったり寄り添うように、それより一回り小さな濃紺色の石が付いているもの。
もう一つは同じデザインで、ミルクティー色の石に琥珀色の石が付いている物だ。
そして、それぞれの二つの石を、繊細な赤いチェーンが繋いでいる。
ふ~ん、私たち二人の髪と目の色に、赤いチェーン……運命の赤い糸、ね。
随分可愛らしいことを考えるものだ。
「確か他の奴らのピアスは、パートナーの瞳と同じ色の石が一つ付いているだけのシンプルなデザインだったよね? それに『闇属性の防御の力』を付与したって聞いたけど」
これらのピアスは、バーティアがヒローニア男爵令嬢の「魅了の魔法」を防ぐために作ったものだという。
彼女は私が前に言いつけた通り、クロと一緒に魔法について勉強していたようだ。
バーティアが作ったピアスには、クロによって防御の力が込められていて、これを身に着けていれば光の精霊による「魅了の魔法」に限らず、様々な精霊の悪影響を受けないで済む。
彼女はこれを、私の側近候補たちとそれぞれのパートナーに護身用として渡していたのだ。
バーティアはモジモジと手の中のカップを回転させながら、一生懸命言い訳する。
「いえ、あの……ですね……。で、殿下はヒロインとくっつくわけですから、ヒロインの魅了の力を防御する必要がありませんし、これをお渡しする必要もないかと思いまして……。どうせお渡ししないのであれば、ちょっとイタい……いえ、凝ったデザインでもいいかと思ったのですわ」
彼女のうしろで、クロがまたバーティアの心情を表すように、ぺったりと耳を寝かせた。
……だから、クロ。上手いことバーティアの耳に見えるように、位置を調整しなくていいよ?
それ、確かに可愛いけれど、いらないオプションだから。
「バーティアは私が薬物中毒者のようになってもいいのかい?」
「そ、それはダメですわ!」
実のところ、「魅了の魔法」については一応警戒している。
今まではゼノが中位の闇の力を使ってかかりにくくしてくれたり、ヒローニア男爵令嬢や彼女のそばにいる鳥に近付かないように気を付けていたりした。
あの光の精霊は、ゼノやクロよりは低位のようだし、魔法で影響を与えられる範囲も限られているみたいだから対策は取れる。けれど、やはりこのピアスがあると安心感が違う。
「なら、私が正気でいられるように、君が守ってくれるよね? 私の意思で、私が求める女性を得られるように」
「もちろんですわ!! 一流の悪役令嬢の名にかけてお守りしますわ!」
「じゃあ、これはもらうね」
「はい、差し上げますわ。た、ただ少々デザインが……」
「あぁ、確かに一人で付けると重い片思いをしているっぽくてちょっとイタいね。だから、こっちはバーティアがいつも身に着けてくれる? そうすれば、片思いっぽさがなくなるから」
「な、なるほどですわ! わかりました! お任せくださいませ!」
「じゃあ、付けてあげるから耳を出して?」
「はい!!」
テンポの早い会話で、考える時間を与えず了承を得る。彼女には、ミルクティー色と琥珀色の石が並ぶピアスを付けた。
そしてゼノのほうを見て、小さく呼びかける。
「ゼノ、わかっているね?」
ニッコリ笑みを浮かべると、彼は嫌そうな顔をしつつも、すぐに私の意図した通りの魔法を発動させた。
その波動を感じて、クロがブワッと全身の毛を逆立てた。
「ク、クロ? どうしたんですの?」
クロの異変に気付いたバーティアが、キョトンとした顔でクロを見つめている。
どういう魔法が使われたのか悟ったクロは、ジトッとした目で私を睨んできた。
そうしている間に、私はさっさと自分の分のピアス――紅と濃紺の石が並んだものを装着し、ゼノに同じ魔法を発動させる。これで作業はすべて完了だ。
「大丈夫だよ。ちょっとゼノに魔法を使わせたから、それに反応しただけ」
「魔法? どんな魔法ですの?」
「ん? 大切なピアスが取れないように固定する土属性の魔法と、ずっと付けていても大丈夫なように清潔に保つ水属性の魔法だよ」
「え? は? と、取れないように……ですの? ……え? えぇ!?」
バーティアが目を白黒させている。
「これで両思いアピールができて、片思いのイタい男というレッテルを貼られずに済むよ」
「それはよかっ……って、ちょっと待ってくださいませ!! 両思いアピールって、それはただのバカップルですわ!! 二人でおそろいのピアスを付けていたら言い逃れできませんわ!!」
やっと頭が回ってきたらしいバーティアが、ようやくそのことに気付くのを、クスクスと笑いながら眺める。
うん、これは楽しいね。
「運命で結ばれた恋人アピール。面白くていいと思うよ?」
「全然よくありませんわ! ヒロインに怒られますわ! 誤解されて、別ルートに行かれてしまいますわ!!」
「大丈夫だよ。ヒローニア男爵令嬢は(鬱陶しいくらい)意志が強いから」
なんて言っていたかまでは覚えていないけどね。
***
またある時は、ショーンが抱いているジョアンナ嬢への苦手意識を克服するために、「お手製お菓子差し入れ作戦」を計画、実行していた。
この件に関しては、ジョアンナ嬢がショーンのことを好いていたから、バーティアの提案に自ら進んで乗ってくれたようだ。
……正確には、ショーンへ差し入れをしてみたいという乙女心半分、バーティアの作戦が面白そうという好奇心半分、って感じだと思うけど。
そんなこんなで決行された、ジョアンナ嬢の「お手製お菓子差し入れ作戦」。
講師は、貴族令嬢にしては珍しく料理のできるシーリカ嬢だ。
結論から言おう。
作戦は大失敗だった。
基本的にどんなことでも器用にこなすジョアンナ嬢だが、どうやらお菓子作りの才能だけはなかったらしい。
ジョアンナ嬢がお菓子を作ると、なぜか首を傾げたくなるくらい謎な物体ができ上がる。
彼女は負けず嫌いな性分だから、かなりいろいろなお菓子に挑戦したようだが、悉く失敗。
黒炭のようになったり、石のように硬かったり、反対に軟らかすぎたりしていた。
味も甘すぎたり、塩辛かったり、酸っぱかったりと、とにかくまともに美味しいと思える物がなかなかできなかった。
それでもなんとか食べられるレベルの物ができたところで、ショーンに渡しに行ったらしい。けれど、当然ショーンの反応はいまいちだ。
その様子を見て、ジョアンナ嬢はかなり落ち込んだようだが……それが功を奏した。
いつも自信に溢れていて、完璧なジョアンナ嬢に引け目を感じていたショーンは、珍しく落ち込んでいる様子を見て、彼女も普通の女の子なんだと初めて思えたらしい。
深く落ち込む彼女を慰めている内に肩の力が抜け、それどころか、彼女に対して庇護欲まで感じ始めたようだ。
復活したジョアンナ嬢は「あぁ、ショーン殿下にはこのように人から頼られる経験が必要ですのね!」とコツを掴み、わざとショーンに甘えたり、落ち込んでみせたりするようになった。そのおかげで、ショーンは男としての自信をつけ、ジョアンナ嬢を「自分が守るべき相手」だと認識し始めている。
それにジョアンナ嬢のほうも、ショーンの気を惹くために始めた演技のはずが、ショーンに甘えることで自分自身も癒されるようになったみたいだ。いつもの凛とした雰囲気の中に穏やかさが見え隠れするようになった。
差し入れ作戦は失敗したが、結果としては上々だろう。
バーティアは視線を逸らしながら「私の狙い通りですわ!!」と豪語していた。けれど、これは怪我の功名というやつだと思う。
ジョアンナ嬢とショーンの関係が深まっていくのを見て、バーティアは嬉しそうに笑っていた。
その無垢な笑顔を見ると、思わず頭を撫でて『よく頑張った』と言ってあげたくなる。
バーティアの暴走は、巻き込まれた人たちにとっては非常に迷惑だっただろうけど、結果的にそれぞれの仲を深めることになったのだ。
一方で、そんな私たちを邪魔するかのように、この頃からヒローニア男爵令嬢のバーティアに対する態度が酷くなった。公衆の面前でバーティアの立場が悪くなるような言いがかりをつけたり、悪質な噂を流したりし始めたのだ。
バーティアは、悪役令嬢なのだからヒローニア男爵令嬢と対立するのは当然だと思っているみたいで、あまり気にしていないようだ。
けれど、私たち周囲の人間が警戒を強めたことは言うまでもない。
***
そんな風にドタバタな一年間を過ごしてはいたけれど、私たちはこの春、中等部を卒業して高等部に進学した。
そして、クールガンとアンネ嬢が中等部三年に進級し、バーティアを含む中等部二年の他数名と共に生徒会を仕切っている。
バーティアは相変わらず、私の側近候補たちとヒロインの『イベント』阻止に奔走しているようだった。
というのも、彼らからバーティアの話をよく聞くのだ。
だけど……
「ねぇ、バーティア? 私が高等部に入って以来、こうして君と二人でゆっくり過ごすのは、初めてな気がするんだよね。それはなんでかな?」
暖かな陽の差し込む特別室で、二杯目のお茶に口を付け、ニッコリ笑って首を傾げながら尋ねる。すると、お茶菓子に手を伸ばそうとしていたバーティアも首を傾げた。
彼女は少し考える素振りを見せてから、「そういえばそうですわね!」と今気付いたかのように、元気よくうなずく。
バーティアはまだ中等部二年だから、生活にそう大きな変化もなく、日々を今まで通り過ごしているようだ。
そこまではいい。よかったんだが……ここに来て私には、一つ不満が生じている。
不満。
うん、そうだ。これは「不満」もしくは「不快感」だ。
基本的に、私はあまり感情を揺さぶられることがないから、ここまで負の感情を覚えることは滅多にない。だけど今、私は「怒り」にも似たそれを感じている。
そんな私の内心を知らないバーティアは、得意げに話し始めた。
「殿下の攻略イベントは殿下が中等部の時がメインで、高等部に上がってからはほぼないんですの。だからこそ、殿下の攻略は難度MAX、難攻不落とも言われているのですわ! それに対して、クールガン様の攻略イベントは彼が生徒会長となった今が一番多くて、ショーン殿下の攻略イベントは比較的ちょこちょこあるんですの。ちなみに、一番頻度が高くなるのは来年ですわ。高等部組の皆様……チャールズ様、バルド様、ネルト様の攻略イベントも、中等部との交流行事がある時には必ず発生しますし、他にも何度かあるんですの。それを阻止するのに忙しくて、最近は殿下とお会いできていませんでしたわね」
満面の笑みで誇らしげに言うバーティアに、私は笑みを崩さないまま「ふ~ん」と答えた。
彼女は、私のイベントだけは阻止する気がない。
むしろヒローニア男爵令嬢とくっつけるべく、積極的に『イベント』を起こしているくらいだ。
……私の婚約者は、君だというのにね?
あぁ、なんだろう? バーティアがとる行動はいつも面白いのに、これだけは凄く面白くない感じがする。
そして私は最近、さらに不快な話を友人たちの口から二つも聞いた。
それもあって、こうして今日、彼女を食事に誘ったのだ。
「バーティアは最近、クールガンと仲が良いみたいだね?」
クールガンはまだ中等部に在籍しているが、「影」としての訓練を兼ねた仕事をしているため、私のところにもよく顔を出してくれる。
その彼が、近頃バーティアのことで少し困ったような、照れくさいような表情で私に相談してくるのだ。
曰く……
「クールガンに『クー兄様』と呼ばせてほしいと強請ってるんだって?」
バーティアはほぼ毎日、キラキラした目でクールガンに迫っては、「クー兄様と呼ばせてくださいませ!!」と言い続けているらしい。
最初は渋っていたクールガンも、断るとバーティアがあまりにわかりやすくしょんぼりするため、心苦しくなってきたそうだ。最近では、彼女の小動物的な雰囲気も相まってか、しょんぼりたれた狐耳と尻尾の幻覚まで見えるようになってきた、と頭を抱えていた。
……耳と尻尾については、きっと幻覚ではなくクロの仕業だろう。
クロが自分の耳と尻尾を、バーティアから生えているように見せかけているんだと思う。耳と尻尾だけを普通の人にも見えるようにすれば、クールガンの言う幻覚の完成だ。クロにとっては、ちょっとした悪戯のようなものだろうな。
あの黒狐もどきの幼女精霊は、私に対しても時々そういう悪戯をしかけてくる。だからその光景が、目に浮かぶようだ。
「そうなんですの! だって、クールガンルートでは正義感の強いクールガン様がノーチェス侯爵家の悪事に加担させられて葛藤するのをヒロインが慰めたり、彼の義妹で悪役令嬢である私の妨害を乗り越えたりして仲良くなったりするのがメインですの。でも私たちは今、ただの遠い血縁でしかありませんから、彼に悪事を働かせることもヒロインを妨害することも難しくって……。ですから、いっそ私が仲の良い妹ポジションに収まって妨害すればいいのでは、と思いましたの!! ……それに私、前世でも兄や姉がおりませんでしたから、そういう存在にちょっと憧れていたのですわ」
「……なるほどね」
きっと、最後のが一番の本音だよね?
うっすら頬を染めて嬉しそうに語る彼女を見ていると、可愛いなとは思う。
あのお堅いクールガンが最近『「クー兄様」と呼ばせて差し上げてもよろしいですか?』と少しだけ期待のこもった、けれど申し訳なさそうな目で私に許可を求めてきた理由も、なんとなくわかる気がする。
でもまぁ、私は彼女の婚約者という立場だからね。
即、『ダメだよ』と言っておいたけれど。
クールガン本人は気付かれていないと思っているだろうが、彼のバーティアに対する態度はすでに変わってきているのだ。
お茶の時、バーティアの好きなお菓子をこっそり忍ばせておいたり、お菓子の量を少しだけ多くしたりしているのを私は知っている。
この前なんか、廊下を走り出そうとしたバーティアの手を『走ってはいけませんよ』と握ろうとして、慌てて誤魔化していた。
その行動は、明らかに幼い妹に対するそれなんだけど……やはり面白くはないな。
さすがに容認はできないから……クールガンが陥落しきる前に、バーティアにも釘を刺しておくべきだろうね。
「ねぇ、バーティア。私の婚約者である君が、私以外の……それも遠縁というだけでほとんど赤の他人であるクールガンに対して、そんなに親しげにしていたら周りはどう思うかな?」
「え?」
「きっとこう思うだろう。『バーティア・イビル・ノーチェス嬢は、王太子殿下の婚約者でありながら、他の男性とも親しくしている』。あるいは『浮気をしているふしだらな女性』だってね」
「わ、私はそんなつもりは――!」
本当に思いも寄らなかったのだろう。バーティアは顔を真っ青にしている。
「君にそんなつもりがなくても、周りはそうは判断してくれないものだよ? 噂に尾ひれがついて、最終的にはとても面白いことになるだろうね。君だって、社交界の噂のえげつなさはわかっているだろう?」
「いえ、あの……はい」
わざと心配そうな表情を作って、同意を求めるように首を傾げてみせると、素直なバーティアはいとも簡単に納得してくれた。
たとえ彼女がクールガンのことを「クー兄様」と呼んでしまったとしても、彼女の優秀な友人たちがフォローしてくれるだろうけどね。
でも、それでは面白くないから、この解決方法が(私にとって)一番いいと思うんだ。
あぁでも、このままバーティアをしょんぼりさせておくのも、ちょっと可哀想かな?
「ねぇ、バーティア。そんなにお兄さんが欲しいのなら、私のことをセシル兄様と呼んでもいいよ?」
バーティアはうつむきがちになっていた顔をパッと上げ、一瞬嬉しそうな顔をする。しかしその後、ハッとして表情を戻し、小さく首を横に振った。
「セシル殿下はセシル殿下です。私の、こ、こ、こ、婚約者ですもの。お兄様ではないですわ」
その言葉を聞いた途端、自分の中の不快感が少しだけ薄くなった気がした。
なんとも不思議な感覚だ。
「そう。じゃあ、代わりに『セシー』って呼んでいいよ」
「え!? な、なぜそうなるんですの!?」
「だって、バーティアが寂しそうだからね。ほら、言ってごらん?」
ニッコリと笑って彼女の顔を覗き込む。
「いえ、あの、私は『セシル殿下』で十分ですわ」
「ん? 『セシー』じゃなくて『シル』のほうがいいのかい?」
「そんなこと誰も言っていませんわ!」
「ん?」
「いえ、あの……」
「ん?」
「ですから!」
「ん?」
「……」
「ん?」
「…………ッシル様」
微かに「セ」の音が入っていた気がしなくもないけれど、「セシル」にしても「シル」にしても、「殿下」よりはずっと親近感があるからよしとしよう。
欲を言えば「様」を付けるのもやめさせたいけど、これはまぁ結婚してからでもいいかな?
面白そうなことは後に取っておかないとね。
「よくできたね」
バーティアの頭を、テーブル越しに腕を伸ばして撫でる。
私に触れられた途端、彼女は「みゃっ!」と小さく鳴いて体を跳ねさせた。その背後で、黒い狐の尻尾がブワッと広がっていた。それは、まるでバーティアの尻尾のように見える。
……クロ、そういうサービスはいらないからね?
いつの間にか、狐耳の小さなメイドがバーティアの背後に隠れるようにして立っている。そこからぴょこんと顔を出し『どう? こんな感じでいい?』という風に首を傾げた。私はそれに苦笑を返す。
「それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか」
そう言ってニッコリ笑ったまま、彼女の頭を撫でていた手を下ろす。
「本題……というのはなんですの? 今日は近況報告のための昼食会ではありませんの?」
……あぁ、そういう認識だったんだ。
コテンと首を傾げた彼女を見て、そう思いつつも小さく首を振る。
「バーティア、私にまだ渡していない物があるだろう?」
「渡してないもの? なんのことでしょう?」
惚けようとしてもダメだよ?
思い当たる物があるよね?
今、不自然なほどに視線が泳いでいるしね。
あ、軽く胸元を押さえたね。
あぁ、そこか。私のあげたネックレスの他にもう一本、長めのチェーンが首から下がっている。そこにあるんだね?
「他の奴にはあげたのに、婚約者である私にだけはくれないなんて、ちょっと冷たいんじゃない? チャールズたちに話を聞いた時には、さすがに悲しくなったよ」
友人たちから聞いた不快な話の、もう一つがこれだ。
「ち、違いますの! ただ、これは殿下には必要ないと思っただけですわ! それに……ちょっと調子に乗ってデザインを……」
眉尻を下げて気まずそうな表情を作ると、慌てた様子で否定し始めるバーティア。
ふーん、私には必要ない……ね。
それにデザインにも何かあるんだね?
そうか……
「必要だよ。だから、もらっても構わないよね?」
表情をいつもの笑顔に戻し、彼女の首にかかっていたチェーンを素早く引き抜く。
もちろん、バーティアが痛い思いをしないように細心の注意を払ってね。
「え? 殿下!? ちょっ!!」
見事に育った胸の谷間から引きずり出した、大きめのペンダント。
「この中だよね、私の……私たちの分は」
それは、蓋付きの懐中時計のような仕組みになっている。上部に付いている突起を押すと、カチッと小さな音を立てて蓋が開き、中から二組のピアスが出てきた。
「で、殿下ぁぁぁ!!」
ペンダントのチェーンを引っ張られて、前のめりになったバーティアが叫ぶ。
「あぁ、ごめんね。いつまでもこの体勢はきついよね」
目的の物を手に入れた私は、空になったペンダントの蓋を再び閉じて、彼女の胸の谷間に戻……そうと思ったんだけと、背後に控えているゼノがゴホンと咳払いをした。私は諦めて普通に手渡すことにする。
これくらいのちょっとした出来心は許してほしいものだ。けれど、まぁ紳士の行動としてダメなのはわかっているから、ごねたりはしないよ。
手に入れた二組のピアスを、それぞれ宙にかざしてみる。
「うん、綺麗だね」
目の前では湯気でも出そうなほど真っ赤になったバーティアが、縮こまってお茶をチビチビ飲んでいた。
それもそのはず。
このデザインを見られては、さぞ恥ずかしいだろう。
一つは紅の石にぴったり寄り添うように、それより一回り小さな濃紺色の石が付いているもの。
もう一つは同じデザインで、ミルクティー色の石に琥珀色の石が付いている物だ。
そして、それぞれの二つの石を、繊細な赤いチェーンが繋いでいる。
ふ~ん、私たち二人の髪と目の色に、赤いチェーン……運命の赤い糸、ね。
随分可愛らしいことを考えるものだ。
「確か他の奴らのピアスは、パートナーの瞳と同じ色の石が一つ付いているだけのシンプルなデザインだったよね? それに『闇属性の防御の力』を付与したって聞いたけど」
これらのピアスは、バーティアがヒローニア男爵令嬢の「魅了の魔法」を防ぐために作ったものだという。
彼女は私が前に言いつけた通り、クロと一緒に魔法について勉強していたようだ。
バーティアが作ったピアスには、クロによって防御の力が込められていて、これを身に着けていれば光の精霊による「魅了の魔法」に限らず、様々な精霊の悪影響を受けないで済む。
彼女はこれを、私の側近候補たちとそれぞれのパートナーに護身用として渡していたのだ。
バーティアはモジモジと手の中のカップを回転させながら、一生懸命言い訳する。
「いえ、あの……ですね……。で、殿下はヒロインとくっつくわけですから、ヒロインの魅了の力を防御する必要がありませんし、これをお渡しする必要もないかと思いまして……。どうせお渡ししないのであれば、ちょっとイタい……いえ、凝ったデザインでもいいかと思ったのですわ」
彼女のうしろで、クロがまたバーティアの心情を表すように、ぺったりと耳を寝かせた。
……だから、クロ。上手いことバーティアの耳に見えるように、位置を調整しなくていいよ?
それ、確かに可愛いけれど、いらないオプションだから。
「バーティアは私が薬物中毒者のようになってもいいのかい?」
「そ、それはダメですわ!」
実のところ、「魅了の魔法」については一応警戒している。
今まではゼノが中位の闇の力を使ってかかりにくくしてくれたり、ヒローニア男爵令嬢や彼女のそばにいる鳥に近付かないように気を付けていたりした。
あの光の精霊は、ゼノやクロよりは低位のようだし、魔法で影響を与えられる範囲も限られているみたいだから対策は取れる。けれど、やはりこのピアスがあると安心感が違う。
「なら、私が正気でいられるように、君が守ってくれるよね? 私の意思で、私が求める女性を得られるように」
「もちろんですわ!! 一流の悪役令嬢の名にかけてお守りしますわ!」
「じゃあ、これはもらうね」
「はい、差し上げますわ。た、ただ少々デザインが……」
「あぁ、確かに一人で付けると重い片思いをしているっぽくてちょっとイタいね。だから、こっちはバーティアがいつも身に着けてくれる? そうすれば、片思いっぽさがなくなるから」
「な、なるほどですわ! わかりました! お任せくださいませ!」
「じゃあ、付けてあげるから耳を出して?」
「はい!!」
テンポの早い会話で、考える時間を与えず了承を得る。彼女には、ミルクティー色と琥珀色の石が並ぶピアスを付けた。
そしてゼノのほうを見て、小さく呼びかける。
「ゼノ、わかっているね?」
ニッコリ笑みを浮かべると、彼は嫌そうな顔をしつつも、すぐに私の意図した通りの魔法を発動させた。
その波動を感じて、クロがブワッと全身の毛を逆立てた。
「ク、クロ? どうしたんですの?」
クロの異変に気付いたバーティアが、キョトンとした顔でクロを見つめている。
どういう魔法が使われたのか悟ったクロは、ジトッとした目で私を睨んできた。
そうしている間に、私はさっさと自分の分のピアス――紅と濃紺の石が並んだものを装着し、ゼノに同じ魔法を発動させる。これで作業はすべて完了だ。
「大丈夫だよ。ちょっとゼノに魔法を使わせたから、それに反応しただけ」
「魔法? どんな魔法ですの?」
「ん? 大切なピアスが取れないように固定する土属性の魔法と、ずっと付けていても大丈夫なように清潔に保つ水属性の魔法だよ」
「え? は? と、取れないように……ですの? ……え? えぇ!?」
バーティアが目を白黒させている。
「これで両思いアピールができて、片思いのイタい男というレッテルを貼られずに済むよ」
「それはよかっ……って、ちょっと待ってくださいませ!! 両思いアピールって、それはただのバカップルですわ!! 二人でおそろいのピアスを付けていたら言い逃れできませんわ!!」
やっと頭が回ってきたらしいバーティアが、ようやくそのことに気付くのを、クスクスと笑いながら眺める。
うん、これは楽しいね。
「運命で結ばれた恋人アピール。面白くていいと思うよ?」
「全然よくありませんわ! ヒロインに怒られますわ! 誤解されて、別ルートに行かれてしまいますわ!!」
「大丈夫だよ。ヒローニア男爵令嬢は(鬱陶しいくらい)意志が強いから」
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