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第三章 正直者、ついにあのひとと巡り会う?
第九話 紅(くれない)に染まる道
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ドンナドンナンドナドナドドドド……
でら晴れた昼下がりに
市場へと続く道は紅
荷馬車でごとごと子牛
向かうは屠殺場
その歌は嫌だ。
目覚めてもまだおぼろげな意識でシロはそう考える。ごとごとがたがた揺られながら、再び闇に沈んでいく。
荷台の子牛は二頭。いずれも、人相の悪い男の頭が子牛の体にくっついている。
今日はビフテキ子牛のビフテキ
柔らかお肉子牛のビフテキ
かわいい子牛は柔らかお肉
「残さず食べてね」子牛の目がぐるりと上を向き、弛緩しきった舌がだらりと口から垂れ下がる。既に死んでいるのだ。床に届きそうなほど長い舌が、荷台の揺れに同調して左右前後に揺れる。
ドナドナドナン、ドンナン……死神が現れ、大鎌を振るう。一回、二回、首が刎ね飛ぶ。フード付きのローブを脱いだ死神は、女だ。美しい、のだろう。だが女が口を大きく開けると、悪意で歪められた線で描かれた似顔絵のように崩れてしまう。大口でかぶりつくのは床に転がり落ちた頭部ではない。胴体の方だ。血飛沫があがり、骨が砕かれ、肉が裂ける。内臓が湯気を立てながら零れ落ち……
「わああ!」
己の叫び声で完全覚醒を遂げたシロは、荷馬車はごとごとどころではなく、風を切るように疾走するのに伴いがっ!ごっとん!ががががが!と派手に揺れていた。上半身を起こそうとして、荷馬車が派手に揺れた拍子にひっくり返って頭を打った。
「いって!」
「目が覚めたの?」
背後からの声にシロはどうにかうつ伏せになって肘をつき上体を起こした。既に陽が暮れていたが、月明かりでもその風にたなびく長い髪は鈍く光を反射して金色に光っている。
「舌を噛まないように黙っていた方が身のためよ」
ハッチョ屋の荷馬車にシロは寝かされていた。そして、馬車が疾走しているのは明らかに夜でも明るいキンシャチ市街ではない。月明かりでもわかる。舗装されていない道の両側は畑だ。
「どこに向かっぐがっ」車輪が大きめの石に乗り上げたらしく荷台が激しく跳ねた拍子にシロは舌を噛んで悶絶した。
「ぐがああああ!」
「だから言ったのに」御者台の女は振り返りもせずに馬に鞭をあてている。
「ぐがぎぐぎごがげぐが」
「はあ?」
「馬に無理をさせるな!」
口の中に広がる血の味と痛みをこらえてシロは叫んだ。女から無情に繰り返し振り下ろされる鞭に応えて疾走する馬は、クロだった。
「そんな悠長なこと言ってる場合?」
女は首を振りながら、それでもスピードを少し緩めたので、シロはようやく荷台の端に捕まって上半身を起こした。その途端に、胸の痛みに呻き声をあげた。意識を失う前の光景が甦ってきた。
そうだ、剣は――?
「私が預かってるわ」とシロの心を読んだかのように女が言う。
「あなたが持っていても宝の持ち腐れでしょ」
「だが――」
シロが怒鳴り返そうとした時、荷馬車の速度が更に落ちた。その理由はすぐにわかった。進行方向に向かって左側の畑に、立派な馬車と馬二頭が転落していた。馬車は横倒しでへしゃげ、馬は足がおかしな方向にねじれ、こと切れていた。
「ここで何かあったらしいわね」
女は手綱を引いて馬を停止させると、「ここで待ってて」とクロに言い置いて畑に下りて行った。女は黒い外套を羽織っており、その上からベルトをして左側に剣を差していた。女は馬車の中身を覗き込み、ピクリとも動かない馬の体に手を当てたり作物が刈り取られた跡を残す地面に手を触れたりしてから戻ってきた。
「人間の血の匂いがするわ。馬は死んでから三日は経ってるみたい。教授の一行がここを通過する時に何か予期せぬことが起こったのね」
「なぜテキサ――マサカー教授のことを知っている」
「ハッチョ屋で聞いたのよ」
シロははっとした。そういえば、ケはどうなったのか。
「あの坊やはハッチョ屋に置いてきたわ。頭の傷は、命に別状はないそうよ。子犬みたいにまとわりついて来るから、ついて来ないよう説得するのに苦労したけど。聖人様と奉公人と馬と荷馬車を救ったお礼に、赤煮込みと赤カツレツを二十人前ずつご馳走になったわ。ハッチョ屋に置いてあったあなたの荷物は荷台に積んであるから」
ハッチョ屋の隣の直営食堂ヤマトモ屋で引きつった顔で女の食べっぷりを見守るナカさんの口から、ナガミ村ハッチョ本店からハッチョの配達にやってきた奉公人が、おかしな一団がナガミ村に到着したと話していたことを女は訊いた。その一団とは、アックスクラウン大学から派遣されたというドラゴンの調査隊で、荷物を馬車と荷馬車から降ろすのももどかしく、昼なお暗き森に入って行ったということだ。
「それはいつのことだ?」とシロは問うた。「というか、あれからどのぐらい経った。俺はどれだけ――」
「あれからすぐ荷馬車でハッチョ屋に向かったわ。あなたの印半纏を目印にね。そこで小僧さんを引き渡して少しばかりご馳走になってから出発したってわけ。まだ夜明けまでには間があるわね」
「すると……」シロは頭の中で計算した。「ドラゴンがヌガキヤ村に現れてからまだかろうじて八日目ってことか」
「調査隊がナガミ村に到着したのは二日前の朝早だそうよ」
御者台に乗って馬に出発を促した女だが、すぐに手綱を引いて止めた。ちょうど四つ辻にさしかかかっていた。ナガミ村に向かうならそのまま直進だが、女は地面に残る黒々とした跡――大量の液体が水溜りを作った跡のようだった――を見つめてから、左に馬を向かわせた。
「そこの井戸で馬を少し休ませましょう」
そこはシロが往路でクロを休ませた井戸だった。
でら晴れた昼下がりに
市場へと続く道は紅
荷馬車でごとごと子牛
向かうは屠殺場
その歌は嫌だ。
目覚めてもまだおぼろげな意識でシロはそう考える。ごとごとがたがた揺られながら、再び闇に沈んでいく。
荷台の子牛は二頭。いずれも、人相の悪い男の頭が子牛の体にくっついている。
今日はビフテキ子牛のビフテキ
柔らかお肉子牛のビフテキ
かわいい子牛は柔らかお肉
「残さず食べてね」子牛の目がぐるりと上を向き、弛緩しきった舌がだらりと口から垂れ下がる。既に死んでいるのだ。床に届きそうなほど長い舌が、荷台の揺れに同調して左右前後に揺れる。
ドナドナドナン、ドンナン……死神が現れ、大鎌を振るう。一回、二回、首が刎ね飛ぶ。フード付きのローブを脱いだ死神は、女だ。美しい、のだろう。だが女が口を大きく開けると、悪意で歪められた線で描かれた似顔絵のように崩れてしまう。大口でかぶりつくのは床に転がり落ちた頭部ではない。胴体の方だ。血飛沫があがり、骨が砕かれ、肉が裂ける。内臓が湯気を立てながら零れ落ち……
「わああ!」
己の叫び声で完全覚醒を遂げたシロは、荷馬車はごとごとどころではなく、風を切るように疾走するのに伴いがっ!ごっとん!ががががが!と派手に揺れていた。上半身を起こそうとして、荷馬車が派手に揺れた拍子にひっくり返って頭を打った。
「いって!」
「目が覚めたの?」
背後からの声にシロはどうにかうつ伏せになって肘をつき上体を起こした。既に陽が暮れていたが、月明かりでもその風にたなびく長い髪は鈍く光を反射して金色に光っている。
「舌を噛まないように黙っていた方が身のためよ」
ハッチョ屋の荷馬車にシロは寝かされていた。そして、馬車が疾走しているのは明らかに夜でも明るいキンシャチ市街ではない。月明かりでもわかる。舗装されていない道の両側は畑だ。
「どこに向かっぐがっ」車輪が大きめの石に乗り上げたらしく荷台が激しく跳ねた拍子にシロは舌を噛んで悶絶した。
「ぐがああああ!」
「だから言ったのに」御者台の女は振り返りもせずに馬に鞭をあてている。
「ぐがぎぐぎごがげぐが」
「はあ?」
「馬に無理をさせるな!」
口の中に広がる血の味と痛みをこらえてシロは叫んだ。女から無情に繰り返し振り下ろされる鞭に応えて疾走する馬は、クロだった。
「そんな悠長なこと言ってる場合?」
女は首を振りながら、それでもスピードを少し緩めたので、シロはようやく荷台の端に捕まって上半身を起こした。その途端に、胸の痛みに呻き声をあげた。意識を失う前の光景が甦ってきた。
そうだ、剣は――?
「私が預かってるわ」とシロの心を読んだかのように女が言う。
「あなたが持っていても宝の持ち腐れでしょ」
「だが――」
シロが怒鳴り返そうとした時、荷馬車の速度が更に落ちた。その理由はすぐにわかった。進行方向に向かって左側の畑に、立派な馬車と馬二頭が転落していた。馬車は横倒しでへしゃげ、馬は足がおかしな方向にねじれ、こと切れていた。
「ここで何かあったらしいわね」
女は手綱を引いて馬を停止させると、「ここで待ってて」とクロに言い置いて畑に下りて行った。女は黒い外套を羽織っており、その上からベルトをして左側に剣を差していた。女は馬車の中身を覗き込み、ピクリとも動かない馬の体に手を当てたり作物が刈り取られた跡を残す地面に手を触れたりしてから戻ってきた。
「人間の血の匂いがするわ。馬は死んでから三日は経ってるみたい。教授の一行がここを通過する時に何か予期せぬことが起こったのね」
「なぜテキサ――マサカー教授のことを知っている」
「ハッチョ屋で聞いたのよ」
シロははっとした。そういえば、ケはどうなったのか。
「あの坊やはハッチョ屋に置いてきたわ。頭の傷は、命に別状はないそうよ。子犬みたいにまとわりついて来るから、ついて来ないよう説得するのに苦労したけど。聖人様と奉公人と馬と荷馬車を救ったお礼に、赤煮込みと赤カツレツを二十人前ずつご馳走になったわ。ハッチョ屋に置いてあったあなたの荷物は荷台に積んであるから」
ハッチョ屋の隣の直営食堂ヤマトモ屋で引きつった顔で女の食べっぷりを見守るナカさんの口から、ナガミ村ハッチョ本店からハッチョの配達にやってきた奉公人が、おかしな一団がナガミ村に到着したと話していたことを女は訊いた。その一団とは、アックスクラウン大学から派遣されたというドラゴンの調査隊で、荷物を馬車と荷馬車から降ろすのももどかしく、昼なお暗き森に入って行ったということだ。
「それはいつのことだ?」とシロは問うた。「というか、あれからどのぐらい経った。俺はどれだけ――」
「あれからすぐ荷馬車でハッチョ屋に向かったわ。あなたの印半纏を目印にね。そこで小僧さんを引き渡して少しばかりご馳走になってから出発したってわけ。まだ夜明けまでには間があるわね」
「すると……」シロは頭の中で計算した。「ドラゴンがヌガキヤ村に現れてからまだかろうじて八日目ってことか」
「調査隊がナガミ村に到着したのは二日前の朝早だそうよ」
御者台に乗って馬に出発を促した女だが、すぐに手綱を引いて止めた。ちょうど四つ辻にさしかかかっていた。ナガミ村に向かうならそのまま直進だが、女は地面に残る黒々とした跡――大量の液体が水溜りを作った跡のようだった――を見つめてから、左に馬を向かわせた。
「そこの井戸で馬を少し休ませましょう」
そこはシロが往路でクロを休ませた井戸だった。
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