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第三章 正直者、ついにあのひとと巡り会う?
第八話 悪食の女
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姿形の大層美しい女であることは間違いなかった。足首の上までのショートブーツの踵数センチ分を差し引いてもかなり背が高く、全体的に細身だが、先刻剣を胸に飲み込んだ男に蹴りを入れる際にシロの背後から伸びてきた右脚は、ふくらはぎや太腿の筋肉が見事に引き締まっていた。
つい先ほどまでシロの背中に密着していた女が、貴婦人が扇を扱うような優雅さで軽々と竜の剣を片手でひと振りし、荷馬車の近くにいた男の首を刎ねた。首は宙を高く舞い、細い路地を圧迫するように建っている汚れた壁に鈍い音を立ててぶつかると、点々と血の跡をつけながら地面を転がって、シロが腰を抜かしたように座り込んでいるすぐ側まで来て止まった。ぐるりと上を向いてほぼ白目だけになった空虚な目は、自分に何が起きたのか全く理解できていないようだった。
男の首に目が釘付けになったシロを尻目に、女は着々と仕事を続けていた。真っ赤な唇が、あごの関節が外れるほど大きく開かれ、グロテスクに引き延ばされた口が、頭部を失った男の体の切断部位にかぶりついた。手に持っていた剣が滑り落ち、石畳の上でカランコロンと音を立てた。
じゅるじゅるという下品かつおぞましい響きに異常を感じたシロが恐る恐る目の前の生首から視線をあげると、信じられないものが目に入った。
女が、男の体を喰らっていた。
ぐちゃり、ぺちゃり、ぼきっ、じゅるるるる、ぬちゃりなどという不快な音に交じって、既にこと切れているはずなのに激しく痙攣し地面を打ち鳴らす男の靴の音が空しく響く。だが女の細い腕はがっちりと暴れ回る男の体を押さえこんでている。やがて男の骸は動かなくなり
べりべり、ずずずずず、ばきっ、するり、ぼりぼりばりばり……
全身を総毛立たせるようなおぞましい音を立てて、正視に堪えない光景がさらに繰り広げられた。せめてもの救いは、この地獄のような出来事には明らかに終わりがあるということだった。衣服ごと喰われた男の体は、残すところ両脚の膝から下の部位だけになっていた。片方につき二口でそれを飲み込んだ女は、ふうっと息をついて唇を舐めまわしながら言った。
「チンピラはあまりおいしくないわね、やっぱり」
女はちらと地面に倒れたままのケを見た。胸を刺されて絶命した男にナイフの柄尻で頭を殴られ、荷馬車の傍らで意識を失ったままだった。それ故、あのおぞましい光景を見なくて済んだのは幸いだった。
女はぐったりしているケの体を抱き上げた。まだ子供とはいえ意識を失った者の体は相当に重いはずだが、まるで中身が空ぽの抜け殻ででもあるかのように女は細腕で楽々と抱き抱えている。
「あら可哀想、血がでてるじゃない」
ケの頭髪をまさぐっていた女は、指先に付着した乾きかけの粘着力の高い血を舐めた。
「ふふっ、口直しによさそうね。軽めのデザート」
シロの顔が蒼白になった。元々よくなかった顔色から更に血の気が失われたので、シロは激しい眩暈に襲われた。
「やめろ」
なんともか細く情けない声だった。胸がむかついている。女は、首だけ捻ってシロを見た。
「か弱いあなたの代わりに悪党をやっつけてあげたのに、お礼の一つもないの?」
「その子に手を出すな」
女の視線が動いた。
「馬も駄目だ!」
女は首を振ると、ケを荷台に横たえ、クロのたてがみを撫でた。馬は怯えた様子もなく、大人しくしている。女は馬の耳元に何かささやくと、足元に落ちていた剣を拾い上げ、ゆくりとシロに近づいてきた。
「ねえ、あなた。わかっていないようだけど」
女は座り込んだままのシロの前に立つと、シロをねめつけたまま男の生首に剣を突き立て、シロの胸を蹴った。成す術もなく無様に後ろに倒れたシロの胸を、女の右足が踏みつける。肋骨が軋みシロは苦痛の声をあげた。
「あなたを殺すことなんて、わけないの」
女はシロを踏みつける足に体重をかけ、しゃがみ込んだ。細身で丈の長いスカートを履いているが、左右に深く入ったスリットが女の動作を妨げないようになっていた。立てた膝の上に顎を載せてシロを見下ろす顔には、獲物をいたぶる捕食動物のような残虐性が表れていた。それでも、美しい女には違いなかった。あれだけの残虐非道な行為の後なのに、女の体にもドレスにも、一点の血の跡さえついていなかった。
「礼儀正しくしなさい。でないと、旅の非常食として頭からばりばり喰ってやるから。あの子供と一緒にね」
胸を踏みつける足にさらに力が入り、長い金色の髪がシロの頬をくすぐる。
「返事は?」
「……」シロは口を開きかけたが、言葉が出て来なかった。
「強情ねえ。それとも、ちょっと力を入れ過ぎたかしら」
シロを見つめるガラス玉のような青い瞳が、悪戯っぽく笑った。シロの意識が完全に暗闇に飲み込まれる前に見た最後の光景は、女が剣の先に串刺しにした男の生首を丸のみするところだった。
つい先ほどまでシロの背中に密着していた女が、貴婦人が扇を扱うような優雅さで軽々と竜の剣を片手でひと振りし、荷馬車の近くにいた男の首を刎ねた。首は宙を高く舞い、細い路地を圧迫するように建っている汚れた壁に鈍い音を立ててぶつかると、点々と血の跡をつけながら地面を転がって、シロが腰を抜かしたように座り込んでいるすぐ側まで来て止まった。ぐるりと上を向いてほぼ白目だけになった空虚な目は、自分に何が起きたのか全く理解できていないようだった。
男の首に目が釘付けになったシロを尻目に、女は着々と仕事を続けていた。真っ赤な唇が、あごの関節が外れるほど大きく開かれ、グロテスクに引き延ばされた口が、頭部を失った男の体の切断部位にかぶりついた。手に持っていた剣が滑り落ち、石畳の上でカランコロンと音を立てた。
じゅるじゅるという下品かつおぞましい響きに異常を感じたシロが恐る恐る目の前の生首から視線をあげると、信じられないものが目に入った。
女が、男の体を喰らっていた。
ぐちゃり、ぺちゃり、ぼきっ、じゅるるるる、ぬちゃりなどという不快な音に交じって、既にこと切れているはずなのに激しく痙攣し地面を打ち鳴らす男の靴の音が空しく響く。だが女の細い腕はがっちりと暴れ回る男の体を押さえこんでている。やがて男の骸は動かなくなり
べりべり、ずずずずず、ばきっ、するり、ぼりぼりばりばり……
全身を総毛立たせるようなおぞましい音を立てて、正視に堪えない光景がさらに繰り広げられた。せめてもの救いは、この地獄のような出来事には明らかに終わりがあるということだった。衣服ごと喰われた男の体は、残すところ両脚の膝から下の部位だけになっていた。片方につき二口でそれを飲み込んだ女は、ふうっと息をついて唇を舐めまわしながら言った。
「チンピラはあまりおいしくないわね、やっぱり」
女はちらと地面に倒れたままのケを見た。胸を刺されて絶命した男にナイフの柄尻で頭を殴られ、荷馬車の傍らで意識を失ったままだった。それ故、あのおぞましい光景を見なくて済んだのは幸いだった。
女はぐったりしているケの体を抱き上げた。まだ子供とはいえ意識を失った者の体は相当に重いはずだが、まるで中身が空ぽの抜け殻ででもあるかのように女は細腕で楽々と抱き抱えている。
「あら可哀想、血がでてるじゃない」
ケの頭髪をまさぐっていた女は、指先に付着した乾きかけの粘着力の高い血を舐めた。
「ふふっ、口直しによさそうね。軽めのデザート」
シロの顔が蒼白になった。元々よくなかった顔色から更に血の気が失われたので、シロは激しい眩暈に襲われた。
「やめろ」
なんともか細く情けない声だった。胸がむかついている。女は、首だけ捻ってシロを見た。
「か弱いあなたの代わりに悪党をやっつけてあげたのに、お礼の一つもないの?」
「その子に手を出すな」
女の視線が動いた。
「馬も駄目だ!」
女は首を振ると、ケを荷台に横たえ、クロのたてがみを撫でた。馬は怯えた様子もなく、大人しくしている。女は馬の耳元に何かささやくと、足元に落ちていた剣を拾い上げ、ゆくりとシロに近づいてきた。
「ねえ、あなた。わかっていないようだけど」
女は座り込んだままのシロの前に立つと、シロをねめつけたまま男の生首に剣を突き立て、シロの胸を蹴った。成す術もなく無様に後ろに倒れたシロの胸を、女の右足が踏みつける。肋骨が軋みシロは苦痛の声をあげた。
「あなたを殺すことなんて、わけないの」
女はシロを踏みつける足に体重をかけ、しゃがみ込んだ。細身で丈の長いスカートを履いているが、左右に深く入ったスリットが女の動作を妨げないようになっていた。立てた膝の上に顎を載せてシロを見下ろす顔には、獲物をいたぶる捕食動物のような残虐性が表れていた。それでも、美しい女には違いなかった。あれだけの残虐非道な行為の後なのに、女の体にもドレスにも、一点の血の跡さえついていなかった。
「礼儀正しくしなさい。でないと、旅の非常食として頭からばりばり喰ってやるから。あの子供と一緒にね」
胸を踏みつける足にさらに力が入り、長い金色の髪がシロの頬をくすぐる。
「返事は?」
「……」シロは口を開きかけたが、言葉が出て来なかった。
「強情ねえ。それとも、ちょっと力を入れ過ぎたかしら」
シロを見つめるガラス玉のような青い瞳が、悪戯っぽく笑った。シロの意識が完全に暗闇に飲み込まれる前に見た最後の光景は、女が剣の先に串刺しにした男の生首を丸のみするところだった。
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