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新米探偵の初仕事
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ぼくの母親は、最も優秀なキャッチャーですら捕まえることができなかった。まだ子どもだったぼくは、なにもできなかった。だからキャッチャーになったのだ。
「残されたお子さんたちのために、ぼくはあなたを捕まえて、連れて帰りたい。でもそのためには、あなたがそれに同意してくれないと、成功しないと思うんです」
ぼくは自分の立ち位置から動かなかったが、彼女は末の子の手を握ったまま、後ずさった。
「いやよ、ここから離れたくない」
「向うに残されたお子さんたちは、弟だけでなく、お母さんまで失うことになる」
「でも、あの子たちは生きているし、父親もいる」
「その父親――あなたの旦那さんから、あなたを連れ戻してほしいと依頼されました」
「あの人は、強いもの。『あの事故は、きみのせいじゃない』なんて言うのよ。私のせいに決まってるじゃない。わたしが死ねば、あの人はまだ若いから、新しい奥さんをもらえるわ。残った子供たちを可愛がってくれる人だといいけど」
「彼は強いと、なぜわかるんです。あなたは我先に思い出のなかに逃げ込んだ。彼だってそうしたかったかもしれないのに」
「じゃあどうしろっていうのよ。わたしは、二度と立ち直れないと思った」
「むりに立ち直る必要はありません」
「だって、残された子どもたちの前で、泣きだしてしまうのよ」
「それでもいい、と思うはずです。何も映らない瞳で虚空を見つめながら朽ちていく母親よりは、死んだ弟のために突然泣き出す母親の方がいいと、きっと思うはずです」
「わたしは、側に居ても何もしてあげられない。ツトムを守ってやれなかった。あの子たちのためにならない……」
彼女は泣き崩れ、静止したままのツトムを抱きしめた。
「ためになるかならないかは、子供たちに決めてもらいましょう。彼らはあなたを必要としている。その腕のなかの、ツトム君は、あなたと、ご家族みんなの思い出の中で生き続ける。あなたは、ここでずっと彼に付き添っている必要はない。向こうに戻っても、いつでも彼を思い出すことができる」
アスファルトの上に座り込んだ彼女の腕をほどいて、幼い息子が転がり出た。時間が再び流れ始めたのだ。これは想定外の出来事だった。
自由になった幼子は、奇声をあげながら信じられないスピードで駆けだした。危機管理意識の乏しい幼児にとって、ショッピングセンターの駐車場は極めて危険な場所だ。
母親が短く声を上げて追いかけようとしたが、慌てて立ち上がろうとしてスカートの裾を踏んで尻もちをついた。兄と妹は呆然とおさない弟の背中をみつめている。
ぼくは、一瞬遅れて走り出していた。幼児のくせに、やたら俊足だ。
捕獲網を高く掲げた。想定外の使用だが、考えている暇はなかった。
駐車場内だというのに、信じ難いスピードで走り抜けようとしている車があった。男の子は恐れ知らずだ。迷わず突進していく。
やっと立ち上がった母親が二人の子供に「ここにいて。絶対動かないで」と釘を刺してから走り出す。
「ツトム、待って!」
彼女が叫んだ。いつだって、子どもは、親の呼び声なんて聞いちゃいない。
ぼくは空中に身を躍らせて、捕獲網を振り下ろした。無邪気に自身の死へと突進していくツトムの頭めがけて。
「ママ?」
女の子の声は、外側からのものだった。
「残されたお子さんたちのために、ぼくはあなたを捕まえて、連れて帰りたい。でもそのためには、あなたがそれに同意してくれないと、成功しないと思うんです」
ぼくは自分の立ち位置から動かなかったが、彼女は末の子の手を握ったまま、後ずさった。
「いやよ、ここから離れたくない」
「向うに残されたお子さんたちは、弟だけでなく、お母さんまで失うことになる」
「でも、あの子たちは生きているし、父親もいる」
「その父親――あなたの旦那さんから、あなたを連れ戻してほしいと依頼されました」
「あの人は、強いもの。『あの事故は、きみのせいじゃない』なんて言うのよ。私のせいに決まってるじゃない。わたしが死ねば、あの人はまだ若いから、新しい奥さんをもらえるわ。残った子供たちを可愛がってくれる人だといいけど」
「彼は強いと、なぜわかるんです。あなたは我先に思い出のなかに逃げ込んだ。彼だってそうしたかったかもしれないのに」
「じゃあどうしろっていうのよ。わたしは、二度と立ち直れないと思った」
「むりに立ち直る必要はありません」
「だって、残された子どもたちの前で、泣きだしてしまうのよ」
「それでもいい、と思うはずです。何も映らない瞳で虚空を見つめながら朽ちていく母親よりは、死んだ弟のために突然泣き出す母親の方がいいと、きっと思うはずです」
「わたしは、側に居ても何もしてあげられない。ツトムを守ってやれなかった。あの子たちのためにならない……」
彼女は泣き崩れ、静止したままのツトムを抱きしめた。
「ためになるかならないかは、子供たちに決めてもらいましょう。彼らはあなたを必要としている。その腕のなかの、ツトム君は、あなたと、ご家族みんなの思い出の中で生き続ける。あなたは、ここでずっと彼に付き添っている必要はない。向こうに戻っても、いつでも彼を思い出すことができる」
アスファルトの上に座り込んだ彼女の腕をほどいて、幼い息子が転がり出た。時間が再び流れ始めたのだ。これは想定外の出来事だった。
自由になった幼子は、奇声をあげながら信じられないスピードで駆けだした。危機管理意識の乏しい幼児にとって、ショッピングセンターの駐車場は極めて危険な場所だ。
母親が短く声を上げて追いかけようとしたが、慌てて立ち上がろうとしてスカートの裾を踏んで尻もちをついた。兄と妹は呆然とおさない弟の背中をみつめている。
ぼくは、一瞬遅れて走り出していた。幼児のくせに、やたら俊足だ。
捕獲網を高く掲げた。想定外の使用だが、考えている暇はなかった。
駐車場内だというのに、信じ難いスピードで走り抜けようとしている車があった。男の子は恐れ知らずだ。迷わず突進していく。
やっと立ち上がった母親が二人の子供に「ここにいて。絶対動かないで」と釘を刺してから走り出す。
「ツトム、待って!」
彼女が叫んだ。いつだって、子どもは、親の呼び声なんて聞いちゃいない。
ぼくは空中に身を躍らせて、捕獲網を振り下ろした。無邪気に自身の死へと突進していくツトムの頭めがけて。
「ママ?」
女の子の声は、外側からのものだった。
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