探偵は思い出のなかに

春泥

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新米探偵の初仕事

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 はたしてユキエさんは、どの時点の彼女に潜んでいるのか。
 それを見極めるには、やはり厳しい訓練と経験がものをいう。ぼくは、探偵のキャリアを始めたばかりの新米で、今のところ実務経験はそれほど積んでいないけど、専門学校での五年間でみっちり実習を重ねたんだ。基本通りに、落ち着いて行こう。
 
 超高速早回しで見る彼女の記憶の二回目、三人目の子が生まれたあたりで、再生速度を少しおとした。彼女を「発見」すること自体は、それほど難しくないはずだとぼくは思っていた。
 ほどなくして、「彼女」が、折り返し地点付近、すなわち末の子の亡くなる数時間手前の彼女のなかにいるのを発見した。再生速度をさらにゆるめ、通常の時間の流れに戻す。

 彼女は、三人の子供たちを連れて大型ショッピングセンターに到着したところだった。いつもの食料品の買い出しだ。
 チャイルドシートから解放された六歳の兄は、四歳の妹と手をつないでいる。母親は末っ子の手を引きながら、長男と長女にも目を配りつつ、駐車場から店まで皆で歩いていく途中だ。
 駐車場は危ないから気をつけるようにと彼女は子どもたちに言って聞かせる。はーいと百点満点のよいお返事が返って来るが、みんな、お母さんの言葉など瞬時に忘れてしまう年齢だ。

 ぼくは車の影から一歩前に踏み出して、自分の姿が彼女に見えるようにした。

 彼女はぼくが握りしめている捕獲網に気付いて、凍り付いた。
 彼女にできるだけショックを与えないようにと、ぼくらの間には、横並びの車五台分ほどの距離をとってあった。でも、こんな大型ショッピング施設の巨大駐車場で虫取り網(としか見えない探偵道具)を握りしめて立っている成人男性は、昆虫マニアではありえないのだし、もう何回もこの「思い出」を行き来している彼女が、異物(ぼくのことだ)の乱入に気付かないはずがない。

「やめて、連れ戻さないで」

 彼女は目に涙を浮かべて懇願する。記憶がフリーズして、彼女以外のものは静止画像のように動きを止める。

「あなたの意思に背いて、無理に連れて行くことはできません」

 ぼくは安心させるためにそう言った。本当は、無理やり捕獲することも可能だが、それは彼女に知らせる必要のない情報だ。ぼくは無理強いはしないと決めている。彼女を強引に過去から引き剥がしたとしても、それによって修復不可能な大きな傷が残ったり、しばらくしてまた元に戻ってしまったりすることになりかねなくて、それでは「捕獲」に成功したことにならない。

「だったら、ほうっておいて。お願いだから、そっとしておいて。こっちの世界には、全員揃っているの」
「でも、今から約二時間後には。買い物を済ませ、アイスクリームを食べて、車に戻る。その時に――」
「わかってる。でもそうしたら、また戻れるのよ。時間が巻き戻って、みんなが幸せだったころに戻れるの」
「そのために、あなたはこれまで何回息子さんの死を経験したのですか」
「言わないでってば!」

 彼女は絶叫した。

「大丈夫、わたしは耐えてみせる。それが幸せを得る代償ならばね」
「それは果たして、幸せなのでしょうか。何度も何度も、一番見たくない光景を、繰り返し経験することが」
「あなたにはわからない」
「あなたの気持ちは、たぶんぼくにはわからない。でも残された子どもの気持ちなら、わかります。ぼくの母も、そうだったので」
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