探偵は思い出のなかに

春泥

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母を訪ねて

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 病室に戻ってきたハダは、よろめいた拍子に床に転がっていたタイチの体につまずいて後ろに倒れ尻と背中、後頭部をしこたま打った。

「いってえ!」

 頭をさすりながら起き上がると、床に転がったままのタイチの肩をゆさぶった。
「おい、大丈夫か」
 タイチは大きく目を見開いていたが、心ここにあらずの様子。

 まさか、あちらに置いて来たなんてことはないよな。

 ハダが嫌な予感に表情を一層険しくすると、タイチがぽつりとつぶやいた。

「ぼくのせいだ」
「ああ?」
「お母さん、きのう暴れたとき、ぼくに向かって言ったんだ。『やめて、こっちに来ないで』って。ぼく――お母さんの目には、ぼくが、あんな風に見えてるんだ。だから、こっちに戻りたくないんだ。ぼくは、お母さんを頭からバリバリと食べる、みにくいお化け」
「違う!」

 ハダがに両肩を掴まれて、タイチは泣きそうな顔でハダを見た。

「だって」
「だってじゃねえ。いいか。おれはお前のようなガキは好きじゃない。だがな、お前の顔はあそこまでひどくない。あんなものは、記憶じゃないんだ。本物の記憶は、どこか脳の奥深い引き出しにしまい込まれていて、お母さんは、おそらくそこに隠れている。だが、今の技術ではそれを見つけることは不可能だ。意識の奥の、奥の奥まで侵入しなきゃならないからな。そんなことができる探偵は、残念ながらいない」

 タイチはくしゃくしゃになった顔でぽろぽろ涙を流し始めた。

「でも」
「でもじゃねえ。わかんねえガキだな。お母さんがああなったのが自分のせいだと思うのか。お前のことが嫌いだから。そんなわけがない。お前のせいなんかで、あるわけがない。お母さんの病気がいつか治るのか、治らないのか、それは俺にはわからない。だがな、おれは記憶探偵だ。これだけは保証してやる。あれは、あんなものは、お母さんが好き好んで見ている光景ではない。病気に見せられているんだ。お母さんだって、きっと苦しんでいる」
 
 ベッドの上の母親は、苦悶の表情を浮かべ眠っていた。

 泣きじゃくるタイチをコートで隠すように、ハダはナラサキ探偵事務所に戻った。

「あらまあ、タイチくん、かわいそうに。意地の悪いおじさんにいじめられたの?」
「はあ?」

 ナラサキさんの胸で泣きじゃくるタイチを睨みつけるハダの目は異様に鋭かった。
 泣くだけ泣いてようやく落ち着きを取り戻したタイチに、ナラサキさんは茶封筒を渡した。
「これ、預かってたお金。合計で七万八千三百四十三円。必要経費として千円だけもらっておいたから。中に領収書も入ってる。大金よ。落とさないように気を付けて」
「はあああ?」

 目を吊り上げるハダを無視して、ナラサキさんはタイチをドアのところまで見送った。

「待てよ小僧!」

 階段を途中まで下りかけていたタイチにハダが追い付き、薄っぺらい冊子のようなものを強引に押し付けた。

「お前はなかなか見所があるみたいだから、考えてみろ」

 それだけ言うと、ハダは事務所に戻り、ドアを閉めた。
 タイチの手の中に残されたパンフレットには「記憶探偵養成コース」とあった。
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