探偵は思い出のなかに

失われた少女

3 鬼ごっこのルールは

　彼がその日何度目かに彼女の人生の再生を始め、彼女が失踪する直前、伏せっているベッドから見た自宅のコンクリート塀の上に丸くなっていた黒猫の瞳に映っていた彼女の像に潜んでいるところをようやく発見すると、彼女はむくれて言った。

「なによ、つまんない。あなたとはもうかくれんぼしないから」

　まるで猫が人間の言葉を発したみたいだ。
　彼は塀の上に腰かけ、猫の頭を撫でた。

「ぼく以外の実習生は、君のことをまず見つけられない。いつまでも見つからないままだったら、隠れがいがないと思うけど」
「あの人たち、頼んでもいないのに、わたしを連れて帰ろうとするんだもの。約束が違うわ」
「そりゃあ、ぼくたちはキャッチャーを目指しているんだから、失踪人を発見したら、つい捕獲して連れて帰りたくなるよ」

　それでも彼女の意に反することはするつもりがないことを示すために、彼は昆虫採集用の網にしか見えない捕獲網を折り畳んで上着の内側のホルスターに納めた。

「じゃあ、なんでそんなものを持っているのよ」
「これを持って構えていないと、他者の記憶の中ではうまくバランスを保てない気がするんだよ。現実世界のぼくが掲げているこの網は、君の脳から出ている信号を読み取るための受信機であり、君の脳にぼくの脳からの信号をシンクロさせる送信機でもある。この形状、虫取り網みたいになっているのは、いわゆる象徴ってやつで、一年生は、ひたすらこの網を振り回して身体強化をはかり、網が体の一部みたいに感じられるようになるまでトレーニングをする。そうすると、失踪者の記憶に入り込んだ際にも、網を両手に持っているという身体感覚とともに、自分を固定し、安定させられるんだ」

　聞いているのかいないのか、彼にあごの下をくすぐられた猫が、ごろごろと喉を鳴らして目を細めている。
　このまま、猫ごと網で捕えてしまえば――という考えが一瞬頭をよぎるが、それでは彼女の信頼を裏切ることになる、と却下した。
　記憶探偵養成課程の学科の授業では、失踪人の意思に反して強引に捕獲し連れ帰ったものの、現実世界にうまく復帰することができず、結局自殺や再度の失踪に至った事例がいくつも紹介される。連れて帰りさえすればいいなどという強引なやり方は、結局探偵の評判を落とすことになり、顧客の信頼を失うと教わる。

　それでも、なんとかこちら側に連れ戻してほしいと望む家族はたくさんいるのだけれど。連れ帰りさえすれば、あとはどうにかなるはずだから、と。