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失われた少女
2 熟練少女
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彼は高等専門学校いわゆる高専の記憶探偵養成課程に席を置く実習生、彼女のほうは、彼のような実習生を相手にする検体になっておよそ十年のベテランだ。
現在、彼女を相手に捜索実習に臨むのは主にこの五年コースの四年生と五年生である。初めは他の検体と同じように全学年を対象としていたのだが、彼女はこの十年の間に確実に失踪スキルを磨いており、もはや「一、二年生用の実技検体としては不適切」と講師に評されるにいたった。
彼はまだ二年生だが、筋がいいと講師から認められており、上級者用の検体での実習が特別に許可されている。
実習用検体は数年で人工呼吸器を外されることが多い。長期に渡る寝たきり生活からくる身体機能の衰えに加えて、脳の活動も徐々に減退していくからだ。
それを考えれば、十年も検体としての務めを果たしている彼女は驚異的と言える。いやむしろ、その優秀さゆえに、並みの生徒では、どれだけ記憶内を泳いでみても彼女の潜伏先を特定できないほどの熟練失踪人になってしまったがために、「検体」として存在意義が問われるようになってしまっている。つまり、生徒の実習の役に立たないような失踪人を公費(もとをただせば税金だ)で保護し続けることに疑問を抱く者が出始めていた。
だから彼は、この専門学校内でほとんど唯一彼女の居場所を突き止めて会話に持ち込むことができる実習生――とはいえそれは三回に一回ぐらいの割合だったが――として、彼女を発見し続けなければならない。
彼は、今回彼女を見つけられたら
「もう少し手加減して下級生に優しい検体にならないと、お払い箱にされてしまうかもしれないよ。上級生は普通、校外実習でリアルな失踪ケースで研修を積むからね」
そう忠告してやるつもりだが、なかなか見つからない。もうかなり奥まで潜っているというのに。
記憶にもレベルがある。普通の失踪人は、記憶探偵(通称キャッチャー)が自分を捜しに来ることを想定していないから、だいたいレベル1とか2の浅いところに潜んでいる。そうして、幸せだった頃の記憶に潜り込み、飽きずに何度もその幸せな思い出を経験し続けているものだ。だから、失踪人の親しい関係者に丁寧に聞き込みを行えば、だいたいどの辺りに潜んでいそうか、見当をつけることができる。
しかし、失踪人として発見される経験を何度も積んだ彼女の場合は、そうはいかない。他者から見ればごくありふれた、例えば庭に咲いた満開のツツジを眺めているだけの五月の午後のひと時などといった瞬間を選んで潜んでいたかと思えば、彼女が五歳の時にクレヨンで描いて子供部屋に貼られていた家族の絵の中の自分に潜伏していたりする。これでは、ベテランのキャッチャーだってそう簡単には見つけられないだろう。
しかも彼女には、それを楽しんでいる節があった。
現在、彼女を相手に捜索実習に臨むのは主にこの五年コースの四年生と五年生である。初めは他の検体と同じように全学年を対象としていたのだが、彼女はこの十年の間に確実に失踪スキルを磨いており、もはや「一、二年生用の実技検体としては不適切」と講師に評されるにいたった。
彼はまだ二年生だが、筋がいいと講師から認められており、上級者用の検体での実習が特別に許可されている。
実習用検体は数年で人工呼吸器を外されることが多い。長期に渡る寝たきり生活からくる身体機能の衰えに加えて、脳の活動も徐々に減退していくからだ。
それを考えれば、十年も検体としての務めを果たしている彼女は驚異的と言える。いやむしろ、その優秀さゆえに、並みの生徒では、どれだけ記憶内を泳いでみても彼女の潜伏先を特定できないほどの熟練失踪人になってしまったがために、「検体」として存在意義が問われるようになってしまっている。つまり、生徒の実習の役に立たないような失踪人を公費(もとをただせば税金だ)で保護し続けることに疑問を抱く者が出始めていた。
だから彼は、この専門学校内でほとんど唯一彼女の居場所を突き止めて会話に持ち込むことができる実習生――とはいえそれは三回に一回ぐらいの割合だったが――として、彼女を発見し続けなければならない。
彼は、今回彼女を見つけられたら
「もう少し手加減して下級生に優しい検体にならないと、お払い箱にされてしまうかもしれないよ。上級生は普通、校外実習でリアルな失踪ケースで研修を積むからね」
そう忠告してやるつもりだが、なかなか見つからない。もうかなり奥まで潜っているというのに。
記憶にもレベルがある。普通の失踪人は、記憶探偵(通称キャッチャー)が自分を捜しに来ることを想定していないから、だいたいレベル1とか2の浅いところに潜んでいる。そうして、幸せだった頃の記憶に潜り込み、飽きずに何度もその幸せな思い出を経験し続けているものだ。だから、失踪人の親しい関係者に丁寧に聞き込みを行えば、だいたいどの辺りに潜んでいそうか、見当をつけることができる。
しかし、失踪人として発見される経験を何度も積んだ彼女の場合は、そうはいかない。他者から見ればごくありふれた、例えば庭に咲いた満開のツツジを眺めているだけの五月の午後のひと時などといった瞬間を選んで潜んでいたかと思えば、彼女が五歳の時にクレヨンで描いて子供部屋に貼られていた家族の絵の中の自分に潜伏していたりする。これでは、ベテランのキャッチャーだってそう簡単には見つけられないだろう。
しかも彼女には、それを楽しんでいる節があった。
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