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失われた少女
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彼女の両親にしてみれば、苦渋の選択だったのだろう。献体に同意する前、腕利きと評判の探偵を雇い何度か捜索してもらったものの、当時からかくれんぼの術に長けていた彼女を誰も連れ戻すことはできず、生命維持装置の使用をずっと続けるには、相当な費用が必要だった。ハナの両親は共働きで収入は高かったが、それでも相当な負担であったに違いない。
さらに、目覚める見込みのない娘が、機械によって肺に送り込まれる空気と点滴による栄養投与によって生かされている小さな体が、ゆっくりとだが確実に死んでいく姿を、ただ見守るのは、家族には何よりも辛かったであろう。
それでも少女の両親は、生命維持装置を外すのではなく、研究機関に娘の体を差し出したのだ。末期失踪患者の新たな治療法が見つかることを祈って。
*
目を開くと、目の前にはもうじき二十歳になるハナの体が横たわっていた。
タイチは大きな溜息をついた。全身の疲労が激しく、大量の汗が流れ落ちている。彼は頭上に掲げていた捕獲網を下ろし、畳んで上着の内側に納めた。
口、鼻、腕からチューブが、頭部からはコードが伸び、全身を機械に繋がれて人工的に生かされている者の姿がそこにあった。
妹を誰よりも愛していたはずの兄チトセが彼女のこのような姿を望まなかったとしても、無理はないと思える。
彼女が完全に外部からの刺激に無反応になってからすでに十年。同じポーズで寝かせておくと皮膚が壊死してしまうので、定期的に体位を変えて、関節を動かす運動なども行っているが、それでも寝たきりの肉体は静かに衰え、朽ちていく。
記憶の中で見た栗色の髪の快活な少女は、もうどこにもいない。目の前のベッドに横たわっているのは、髪が真っ白になり筋力が衰えたために萎びて縮んだ肉体。皮膚は乾燥しカサカサ、色は白く、血管が青黒く浮き出ている。老婆のような、赤ちゃん猿のような顔をした、不思議な姿。
「訓練、終わったかな」
インターホン越しに響き渡った声に、彼は現実に引き戻された。
壁に設置された大きな長方形の窓ガラスの向こう側から、タイチが捜索しているあいだに検体の血圧や脳波のモニタリングをしていた技師がこちらを見ていた。
タイチは彼に手を振ってから「終わりました、ありがとうございました」と頭を下げた。
さらに、目覚める見込みのない娘が、機械によって肺に送り込まれる空気と点滴による栄養投与によって生かされている小さな体が、ゆっくりとだが確実に死んでいく姿を、ただ見守るのは、家族には何よりも辛かったであろう。
それでも少女の両親は、生命維持装置を外すのではなく、研究機関に娘の体を差し出したのだ。末期失踪患者の新たな治療法が見つかることを祈って。
*
目を開くと、目の前にはもうじき二十歳になるハナの体が横たわっていた。
タイチは大きな溜息をついた。全身の疲労が激しく、大量の汗が流れ落ちている。彼は頭上に掲げていた捕獲網を下ろし、畳んで上着の内側に納めた。
口、鼻、腕からチューブが、頭部からはコードが伸び、全身を機械に繋がれて人工的に生かされている者の姿がそこにあった。
妹を誰よりも愛していたはずの兄チトセが彼女のこのような姿を望まなかったとしても、無理はないと思える。
彼女が完全に外部からの刺激に無反応になってからすでに十年。同じポーズで寝かせておくと皮膚が壊死してしまうので、定期的に体位を変えて、関節を動かす運動なども行っているが、それでも寝たきりの肉体は静かに衰え、朽ちていく。
記憶の中で見た栗色の髪の快活な少女は、もうどこにもいない。目の前のベッドに横たわっているのは、髪が真っ白になり筋力が衰えたために萎びて縮んだ肉体。皮膚は乾燥しカサカサ、色は白く、血管が青黒く浮き出ている。老婆のような、赤ちゃん猿のような顔をした、不思議な姿。
「訓練、終わったかな」
インターホン越しに響き渡った声に、彼は現実に引き戻された。
壁に設置された大きな長方形の窓ガラスの向こう側から、タイチが捜索しているあいだに検体の血圧や脳波のモニタリングをしていた技師がこちらを見ていた。
タイチは彼に手を振ってから「終わりました、ありがとうございました」と頭を下げた。
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