僕はこれに夢想転移という名をつけた。

七瀬黒芭

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第一章 異変

三.五話 鈴桜、そして夢乃

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っ───────。

「りおーちゃーん! おっはよーうっ」
  後ろから元気な声が聞こえる。
「あぁ、おはよう。」
  いつも通りの朝。夢乃は明るい声でいつも通りの挨拶をした。夢乃は唯一の私の友達。
  小学校の時からずっと同じで、入学して数ヶ月の間、クラスに馴染めなかった私に声をかけてくれた。
  あのとき夢乃が声をかけてくれなかったら私はずっと孤独だったのだろうか。だがそんなことはどうでもいい。だって今は……ちゃんと夢乃がいる。独りじゃない。───あの日までは。
  
  中学と高校、どちらも地元だったから夢乃とはなれることはなかった。そして高2の春。変わらない朝だった。
  
  ──四時限目が終わり、夢乃とお弁当を食べようとしていた。教室の机を二つくっつけ、向かい合って座る。
「いただきまーっすぅ」
  相変わらずの明るさでそう言った──────
「誰か……誰かぁあっっ!」
  ───いただきますと言ったのとほぼ同時だっただろうか。悲鳴らしきものが聞こえる。
「な、なんだろ…何かあったのかな…?」
  明らかに普通ではない悲鳴だった。夢乃が心配そうに立ち上がり、教室のドアに近づいて歩く。
「あの声…助けを呼んでたんだよね……? だったら私……助けなきゃ……」
「そ、そうだな…そうだが……」
  正直気は引けた。あんなに震えながらも必死に助けを求める声。
  もし遊んでいるだけならあんな声は出さない。出すはずもない。
「…な、なぁ夢乃……助けなくてもいいんじゃないかな…もし本当に何かあったのなら私達まで巻き込まれないか…?」
「もう、りおーちゃんったら心配しすぎだよー…って私も人のこと言えないかな」
  少し微笑みながら夢乃が言った。確かに心配しすぎなのかも知れないが、本当に危険なのかもしれない。だが……
「りおーちゃん、私見てくるね」
「な、なら私も行こう。」
  流石に夢乃だけでは心配だった。もちろん、必ずしも何かあったとは限らないが、嫌な予感というものは怖いぐらいによく的中する。───何も起きてないといいのだが。
  
───だがそんな期待も裏腹に、廊下へ出るとそこには赤い液体が散らばっていた。赤い液体───
  ……これは血なのか? どうして血が……なんで……

「ね、ねぇ……りおーちゃん………あれ……なに……」
  
  人が人を……喰って……いや、喰っているのではない……
  ───ただ噛み付いている?  ただそれだけなのにどうしてみんな苦しんでいる?  何がどうなって───
「りおーちゃん…何か言ってよ……ねぇ……? 私…悪い夢でも見てるのかな………?」
  ───何……何がどうなって……
「ねぇ…ねぇってば! 何か言ってって言ってるの!」
「……あ、あぁ…夢乃……」

  目の前に浮かぶ景色。それは残酷なものだった。きっとこんなものを見るのはもう二度とないだろう。
  誰かが誰かを殺してる。クラスメイトがクラスメイトを殺してる。───人が人を殺してる。

────人? あれは人なのか……? あんなの……人の形なのにそれは人の形を留めていなくて……それで……

「りおーちゃん……! 目の前……だめ……だめ────」
……あぁ。なんて残酷な夢だ。人の形を留めていないそれは、私のすぐ目の前にいた。あれ…夢乃……?目の前に夢乃がいる……夢…乃……が────

「痛い……痛いよ…………誰か助け……て────」

声が途絶える。あの懐かしい声。大好きな夢乃の────
「い、嫌……夢乃が…………」

────一瞬にして目の前にいる人じゃない人の首が飛ぶ。……夢乃の首も……転がってる。愛しの夢乃……たった一人だけの…私の……

「────夢乃。ごめんね。私…あなたのためにも生きなきゃ……逃げなきゃ……あなたと過ごした時間。初めて話しかけてもらえたあの時、決して忘れはしない。……夢乃───ありがとう」

  視界がぼやける。悲しみの感情が溢れ出てくる。初めてだ。こんなに心が痛むのは。
  
  ただひたすらに走る。屋上なら……屋上なら誰もいないはず。苦しい。息ができない。吐き気がする。血、血、血……辺りには赤ばかり。
  
  だが階段を登るにつれて人が少なくなっていた。……屋上。屋上はすぐそこに。
───屋上のドアを開く。鍵は空いていた。案の定そこには誰もいなかった。そしてドアの鍵をしめる。
「…だ、誰も……いない……か…………少し休もう……まずは心を落ち着かせることからだな……」
  近くに掃除用具入れのロッカーがあった。そこにもたれかけようとそっちに向かって歩く。
  だがそこに誰かの足が見えた。誰の……?
「なぁ……誰かいるのか……?」
「……いる………」
もの静かな声が聞こえる。苦しそうではないがどこか孤独な……昔の私みたいな……
「……君、怪我は?」
「…その言葉……そのまま…返す…………」 
「……大丈夫だ。その様子だと君も問題なさそうだな。」
「うん……」
  …なんでだろう。こんな時なのに私……落ち着いてる。さっきのことが夢みたいだ。
「ねぇ……君。名前は?」
「……瑠々…」
「瑠々…か。いい名前だな。私は鈴桜だ。」
「……鈴桜…覚えておく………あと…あなたはここで…寝たほうがいい……顔が…疲れ果ててる……」
「あぁ……ごめん……少しだけ休ませてもらうよ…………」
  瑠々の言葉に甘え、少し休むことにした。
  少し……だけ…………

  
  ────目が覚める。隣にはさっき知り合った瑠々がいる。
  今まで起こってたことがすべて嘘みたいな気がする。
「この先……どうしますか……?」
  この子は何を言っている。この先も何も、いつも通り……
「教室に戻らないと…授業が始まってしまう……」

「……鈴桜…もう……いつもの日常はない……」
  その一言でさっきまでの事が嘘じゃないとわかった。
  ────もう、夢乃はいない。私は……夢乃を見捨てたのか? あの状況で、もし私があの変なのに襲われていたら夢乃なら私を助けたはず……
  だけど私……私は………

「…夢乃……私……最低だな…………君がいなかったら私……なのに……」
  自然と涙が溢れてくる。止めたくても止まらない。
  世界でたった一人の私の友達。だがもういないなんて、酷すぎるではないか。
  私は彼女に何かしてあげられた…? 彼女を楽しませることも、喜ばせることもできていなかったのでは……?
  ───だが、以前夢乃は言っていた。あなたと出会えてよかったと。その言葉が、たったその一言が嬉しくて。

  ────結局、瑠々の持っていた少量の水だけを飲み、なにも口にしないまま1日がたった。鈴桜の中には悲しみと後悔だけしか残らず、何もできずにただ時間がたっていった。

  
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