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10‐2 正木誠司、新たな力を得る(後編)
しおりを挟む伊勢さんの硬直が解けるのを待っていると、ホログラムカードから電子音が鳴った。連絡が入ると鳴るように設定したものの動作確認はしていなかったので、ちゃんと機能していることに安心しながら目を遣ると、エレスからメッセージ連絡が入っていた。
内容は【機能拡張Ⅱの取得おめでとうございます】というもの。取得して間もなくの素早い対応。戦闘中にすることでもないだろう。それだけ余裕があるってことか。
エレスには、すごく便利そうだ、とだけ返信しておく。ありがとうと返すのはなんだかおかしい気がしたからな。
そうこうしているうちに、伊勢さんの硬直が解けたようだ。ホログラムゴーグルを消し、俺に怪訝そうな目を向ける。
「正木さん、少し前までLV1でしたよね?」
「うん、魔物をいっぱい仕留めたから上がったんだ」
「いっぱいって、どれくらいですか?」
「ゴブリンを十体くらいかな。ハイオウガも一体」
「で、でもSTRが5のまんまですよ?」
「STRは筋力だよ。攻撃力って訳じゃない」
伊勢さんが首を傾げる。多分、思い切り勘違いしているなこれは。
「俺は剣とか槍で戦ったんじゃないんだ。遠くから銃で狙い撃ちしてたんだよ。筋力を上げても銃の威力には影響がないだろう?」
「あ、そういうことだったんですね」
伊勢さんは合点がいったという感じで両手を合わせて軽く頷くと、「それなら、私にもできるかも」と言った。
「銃を持てば誰でもできることだよ。怖さを感じなければね」
俺がそう言うと、伊勢さんの表情が曇った。恐怖心に負けて、何もできずに逃げたという三日前のことを思い出しているのかもしれない。
それが普通だ。だから恥じることはなにもない。俺だって機能拡張で精神構造をいじってなければ、こんなに早く行動することなんてできなかったと思う。
でも、伊勢さんはそうは思わないんだろう。ゲームをしたことがないゆえの理解力の乏しさは、俺の『SKILL』が『LIMITED SECRET』を頭に付けたものに変化していることにも気づいていない可能性がある。
同じような能力値のLV1の男が、銃で魔物を殺しただけとしか思っていないのだとしたら、自分にもできると思い込んでも仕方がないのかもしれない。
説明をした方がいいのだろうか?
どうしたものかと軽く頭を悩ませながら散歩を続けていると、曲がり角でばったりとヨハンと鉢合わせた。俺の顔を見るなり笑顔で何かを言う。右足首を指差しているので「もういいのか?」といったところか。
こいつ、面白がってるな。
苦笑して軽く数回頷くと、笑いながら肩を叩かれた。商会長のジョニーはこいつと付き合ってきたのか。そりゃ軽口の叩き合いにもなりそうなもんだ。
俺とヨハンがそんな感じでじゃれ合っていると、伊勢さんがヨハンに向かい異世界言語で話し出した。
「なんて言ってんだジェイス?」
【『私にも魔物と戦わせてほしい』って言ってる】
ヨハンは困った顔で俺を見るが、生憎と言葉が通じない。俺は肩を竦めるほかない。
俺の様子を見て、ヨハンは溜め息を吐いてから、ついてこいといったように手振りで示した。なんか俺の所為みたいになってんな。いや、多分そうなんだろうが。
伊勢さんが鼻息荒い様子で、体の前に両手で握り拳を作って見せる。
「銃を貸してもらえることになりました!」
「ああ、うん、よかったね」
役に立ちたいという思いが強ければ、いつかは通る道なのだろうが、勘違いが元になっている可能性があるというのが気になるところ。
ヨハンからしてもそれが感じられたのかもしれない。二人の会話の内容はおそらく、「他にも役に立つ方法はある」と諭すヨハンに、伊勢さんが頑固さを見せたって感じだろうな。
【なっちゃん、おいらは心配だな】
「ジェイス、私も前に進みたいの」
【それはわかるけどさ】
ジェイスが俺につぶらな瞳を向ける。なにか言いたげだが、ハリネズミの表情なんて読めないぞ俺は。ただただ可愛いだけだ。
「大丈夫だろ。向こうにはエレスがいるし、ポチもいるから」
【ポチ? あ、そうか。正木さん、なっちゃんとPT組んでくれないか?】
ポチをスルーした後の思い付きのような提案に少しばかり悩む。確かにPT機能はソウルメイトの画面にあった。働きに応じてメンバーに経験値が分割配分される機能だ。
ソウルメイト限定の機能で、俺も考えてはいた。だが、それが根本的な解決に繋がるとはどうしても思えない。伊勢さんには悪いが、正直あまりいい気はしない。
勘違いするってことは、それだけ俺が軽く見られたってことだからな。命懸けだったし、簡単じゃなかったんだぞ。
どう答えたものかと思案する俺の耳元に、ジェイスがすいっと近寄り小声で言う。
【言いたいことはわかるよ。でも考えがあるんだよ】
「なんだ?」
【スキルを取得するのさ。今は肩に力が入っちゃってるけど、なっちゃんは人を治療する方が向いてるんだ。だからそっちで役に立てることに気づいてもらえれば、卑屈にならなくて済むと思うんだよ】
「主人が何もできなくて凹む未来が見えてるみたいな物言いだな」
【どれだけやっても、満足できない人っているだろ? なっちゃんはそのタイプなんだよ。もっと上手くできたんじゃないか、とか考えちゃうんだ】
濁して返してきたが、承認欲求が強めってことだな。憧れの看護師っていう理想とする姿を自分の中で大きくしてるから、自分が小さく見えて気を落とすんだろう。
そんな伊勢さんが勇んで現場に出て、自分が勘違いしていたことに気づけば、俺がしている想像以上に厄介なことになりそうだ。
しかし、ジェイスがする耳打ちの仕組みってどうなってるんだろうか?
本体は伊勢さんの耳にあるんだが。まぁ、神器だからで済ますしかないか。
溜め息が出る。ジーナもいるのに、格納庫前に着いてしまった。
「仕方ない。PT登録するから申請出してくれ」
【ありがとう正木さん、なっちゃんがスキルを取得できたら教えるよ】
俺は軽く頷いて、先行するヨハンと伊勢さんの後に続いて格納庫内に入った。
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