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14‐2 正木誠司、殲滅戦(中編)
しおりを挟むこれは、思った以上に手振りが重要になるな。大声出さないと聞こえないぞ多分。
ガスマスクのゴーグル部分が黒いので途端に表情がわからなくなる。ヨハンが何か言っているが、声がこもって聞き取りづらい。手で合図し合い意思の疎通をはかる。
なになに? 足首は、無事か?
「うるせぇほっとけ! いつまで引っ張る気だ!」
「確認しただけだ! それに大声は出してないだろ!」
「動きがうるせぇんだよ!」
【マスター、作戦を開始します】
「頼む!」
大声で言いながら頷き、軽くポチに触れる。するとポチは空気を噴出させて天井付近に上がり、一気に加速して魔物の群れの真上に移動した。
俺はそれを合図に、軽く物を投げるような仕草を何度もする。あらかじめ決めておいた、バリケードを越えて前進しろという指示だ。
銃撃は指示があるまで絶対にしないように伝えてある。
ヨハンが選出した落ち着きのある八人だ。指示通りに動いてくれるはずだ。
従業員たちがバリケードを越え始めると同時に、ズドンッという音がしてゴブリンの群れの中にバッカンが落ちた。ストレージから落下物作戦第一弾開始だ。
床からの距離が五メートルほどある天井付近から、二百キロ近い一立米の金属製の箱が降ってくるのだから、下にいる魔物からすればたまったものではないだろう。
密集しているので四五体は潰れたトマトのようになる。それが立て続けにズドンズドンと行われるので、魔物は慌てふためき戸惑いを隠せていない。
だが、ここで俺の不手際の影響が出た。
光弾突撃銃を構えた従業員たちもまた困惑したようにきょろきょろしているのだ。何が起きているのか誰か知っている奴はいないかという感じだ。
そりゃそうだ。伝えてないからわからないよな。すっかり忘れてたわ。
俺は一旦、ガスマスクを外して叫ぶ。
「心配するな! あれを指示したのは俺だ! これからもっと偉いことになるぞ! ガスマスクは絶対に外すなよ! 驚いて誤射するんじゃないぞ!」
俺は即座にガスマスクを装着し直し、ホログラムカードを引き延ばして左斜め前に設置する。そして事前に打ち込んでおいたメッセージ連絡を送信した。
【かしこまりました。エルバレン商会従業員の皆様、これよりカプサイシンダスト作戦を開始します。速やかにガスマスクの着用をお願いします。五秒前、四、三──】
エレスがカウントダウンを大音量で伝えた直後、ポチの側から刺激物の粉末が入った大袋が出た。ポチは素早く袋の底に脚を引っかけて器用に逆向きにする。
大袋の重みでポチが一気に下降するが、それは極々僅かな間。大袋の中身がざらあっと流れ落ちると、あっという間に天井付近に戻る。
魔物の群れに大量に落下した刺激物の粉末は粒子が細かく、床に当たると同時にぶわりと舞い上がり粉塵になる。まさにカプサイシンダストだ。
もっとも、そう名づけただけで実際はカプサイシンではないが。
見た目も味も似通ってるから別によかろうて。
こっちの世界の名称だとしっくりこなかったしな。
それはそうとして作戦は大成功。魔物の群れは咳き込み、悲鳴や奇声を上げ、顔を掻きむしったりドミノ倒しになって悶えたりと、阿鼻叫喚地獄の様相を呈している。
「上手くいったな!」
「ああ! 驚くほどな!」
作戦は単純明快なものだった。
まずはバッカンの落下で前列付近の魔物を波型に潰し、前方三、後方二のW字状の波型に並んだ一立米の箱型バリケードを完成させる。
次にカプサイシンダストを発生させて魔物を大混乱に陥らせ、隙を突いて箱型バリケードに接近し、それを盾にしつつ魔物を殲滅する。
ただ、この作戦には危惧する点があった。それは床の汚れだ。
刺激物の粉末が上手く舞い上がらないと効果範囲が狭まり、持続時間も短くなる。なので、なるべく床が汚れていない場所に落とす必要があったのだ。
そこで俺は『バッカンから三十メートルほど奥に落とせ』とエレスに指示した。
昨日、前線を上げたことで三日の間に酷く汚れた床の先が前線になった。そこにバッカンを落としてバリケードを作れば、また付近が血で汚れる。
だが、その奥は魔物が押し合いへし合いしながら前に進んでいただけの場所なので、床がほとんど汚れてはいない……はずだ。そう予想した。
つまり、俺たちがまだ銃撃していないのも、床を汚さないようにする為だった訳だ。
ちょっとした希望的観測も含まれてはいたものの、結果は見ての通り。
魔物の涎や糞尿、共食いの汚れなんかが心配だったが杞憂に過ぎなかった。粉末は床に粘着せずに見事に舞い上がってくれた。
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